第二章 衝撃の事実
第7話 衝撃の事実①
夢を見た。
私自身の葬式の夢で、長男である裕喜が喪主となり、真琴とともに弔問客へ挨拶をしていた。
夢にしてはやけにリアルで、見ているうちに「これって現実なんじゃないの?」と思うようになった。
もしかしたら、大蛇の女神のお情けなのかもしれない。
それとも、私に子供たちの姿を見せることで発破をかけているのか。
どっちにしても、子供たちの現状を知ることができるのはありがたい。
葬式は大々的にしなくていからねと、警部補時代に冗談っぽく子供たちへ言ったことがあった。でも、そうはならなかったようだ。
いや、母親である私の意を汲んで質素にはしていたが、弔問客が多すぎたのだと見ているうちにわかった。間借りした葬儀場前の狭い歩道に人が溢れている。
本当に大勢の弔問客が来ていた。そのほとんどが警察関係者だろう。
中にはテレビカメラを持ったお呼びでない客もいたようだが、それらは裕喜をはじめとした見覚えのある弔問客によって追い返されていた。
ちょっと不思議だったのは、私が顔を知らない女の子たちが多く来ていたことだ。
誰だろう、この子たち。制服の子もいるから警察官? 真琴の同期? でもその割には、娘の近くではなく棺桶の近くに集まって、やたらと泣いていた。
棺桶の蓋は閉じられていて、誰も見られないようになっている。
一目顔を見たいと私の叔父や叔母、そして私の弟も裕喜に訴えていたが、とても見せられるものではないからと言って断っていた。
私の母――つまり裕喜と真琴の祖母が、私の死に顔を見て気絶したらしい。そう語ると、皆押し黙ってしまった。
それよりも驚いたのは、近本警務部長が来てくださったことだ。
近本警務部長は、警察庁にいたころは裕喜の上司で、後に私の上司となっていた。つまり、バリバリのキャリアだ。
今はまだ警視長で、地方県警本部の部長職に就いているが、幾度が地方での異動を重ねた後、
近本警務部長は、まだ四十代だしね。
五十代半ばか後半の警視長なら、「たぶん異動しながら、このまま定年を迎えるのかな」と警察官なら誰もが考える。でも、彼はおそらくそうではない。
奉職二十九年の勘がそう言っている。
彼は有能な――――
「まぁ! 殿下!」
唐突に響いた女性の声で、私の思考が停止した。
デンカ? 誰、それ……と考えて、我に返った。
私は異世界に来たのだ。
子供たちや部下、上司を夢でみたことで、まだ日本にいる感覚になっていた。
ゆっくりと体を起こそうとして、頭に激痛が走る。
起き上がることができずに、バフンと枕へ頭が落ちた。それにしても、やたらと体が重い。
「おやめください、殿下! 毒を飲まれて倒れられたばかりなのですよ」
女神様の話では、王女が自殺してから翌日の体へ転生させていると言っていた。でも……今はどのくらい時間が経っているのかがわからない。
確かに体はダルいし、頭も痛い。少しめまいもしている。
毒物を飲んだことはないが、服毒自殺をした後ってこんな感じなのだろうか。
「私は……死んだのではないの?」
近くの女性たちへ声をかけるのと同時に、私は彼女を観察してみた。
年の頃は十五~六歳だろうか。こういう場所で働くのであれば、もしかしたらもう少し年齢が高いかもしれないから、童顔なのかもしれない。黒い質素な女官用と思われるワンピースと白いエプロンが似合っている。
一人は結い上げた栗色の髪と、眼鏡をかけた緑色の瞳が愛らしい少女だった。もう一人は目が覚めるような赤毛に、こちらも緑色の瞳を持つ少女。
彼女たちは私の問いかけに対して、ゆっくりと首を横に振った。
「いいえ。女官長であるラクリマ様が、すぐに解毒の魔法をかけてくださいましたので、大事には至りませんでした」
「女官長、魔法……」
「はい。ラクリマ様は私たち第一王女殿下付き女官のまとめ役でもありますが、かつてはお得意の聖魔法で、教会や騎士団のお役に立った偉大なお方なのですよ」
なにそれ? 教会はともかく、キシダンって……日本のロックバンド……なわけないか。
ちなみに私は学生時代から、アルファベットで大文字のBと小文字のzが名前のバンドのファンだったけど。
元夫はバンド名に空集合(∅)を入れ、「どこにも属さない、誰にも似ていない」という意味を持たせたバンドや、TとMなネットワークが大好きだったっけ。
……いや、そんなアホな話、いま考えるべきことじゃないわ。
王族がいる世界だから、キシダンとは中世の世界観にある、あの騎士のことだろう。ということは軍隊か。看護師資格をもった女性が陸上自衛隊へ入ったような感じだろうか。
……ダメだ、私。すぐに日本の組織で例えようとしている。
だけど、そういう考え方をしないと理解しにくい。なぜならこの世界がどういう仕組みなのかが全然わからないのだ。
それに……私は誰?
迂闊だった。転生前に女神様から王女の名前を聞いておくのを忘れていた。
「ごめんなさい。私の名前を教えてくれる?」
質問をした瞬間、栗色の髪の女官がヒュッと息を呑んだことがわかった。そして「ご自分のお名前をお忘れになるなんて……」と呟く。その声は震えていた。
チラリと横目で見たら、赤毛の女の子なんてボロボロと大粒の涙をこぼしていた。
なんか対応がいちいち大仰だ。高貴な方へ奉公すると皆こうなるのかと戸惑う。
「殿下のお名前は、エレオノーラ・セシリア・サラ・グローリオーススでございます」
遠くのほうから声が聞こえたので、私はそちらへ視線を移動させた。でも、相手は見えない。
……っていうか、この体、やたら動きにくい。病み上がりとはいえ、こんなに動けないものかと苛立ってくる。
首を動かすために、ちょっと肩を起こすのも苦労するのだ。
それにしても『エレオノーラ・セシリア・サラ・グローリオースス』なんて、長すぎて忘れそう。さすが王族。
「そんなことで泣かないのよ、アン、ペネロピ」
「だってぇ。あんなにお優しいサラ様が、サラ様がぁ……」
黒髪の女官にたしなめられると、アンと呼ばれた赤毛の女官は両手で顔を覆った。ペネロピと呼ばれた眼鏡の少女もうっすら目元に涙をたたえている。
赤毛の女の子で名前が「アン」って、無茶苦茶おしゃべりなんだろうか。もう一人は絵本に出てくる水色のクマみたいな名前だし……。あ、いや、今はどうでもいいか、そんなこと。
(ちょっと意外……)
この姫様は私の前世の名前と同じ名前で呼ばれている。さすがに文字は『彩良』ではないだろうし偶然だとは思うが、多少イントネーションに違いがあっても、耳に馴染んだ音だったのでありがたかった。
もう一つ意外だったのは、サラが女官に慕われていることだ。
ラクリマという女性はどうかわからないが、女官たちから「優しい」と言われているのであれば、人間関係はひとまず大丈夫……だと思いたい。
でもどうして、ファーストネームではなくミドルネームで呼ぶのだろうか。通常は『エレオノーラ』のほうで統一させるだろう。
そういえば、欧州へ転勤となった大学時代の友人が、欧米では、職場ではファーストネームで、家族や友人などの親しい人たちからはミドルネームで呼ばれているなんて人もいると教えてくれたことがある。
自らのファーストネームが嫌いな人は、大人になってミドルネームで呼ぶことを希望するという人もいるようだし、これは王女本人の希望とみて間違いないのかもしれない。
「殿下、お体をお拭きしますね」
アンたちをたしなめた女官が私の衣服を脱がしにかかった。……が、ものすごく苦戦している。三人がかりでやっと脱がせたほどだ。
こういう光景、どこかで見た気がする。
あぁ、そうだ……私の母だ。母が寝たきりになった祖母を介護していた姿に似ているんだ。確か祖母はものすごく太っていたから――
To be continued ……
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●○●お礼・お願い●○●
最新話まで読んでいただきまして、ありがとうございました。
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