第5話 異世界への異動はお断りします⑤

「王位を継いだ上で、人間たちを救ってもらいたい」


 あまりに突飛な唐突な申し出だったこともあり、一瞬、言語処理が遅れてしまった。

 女神の発言がぐるぐると脳内を回り、一緒に私の思考も巡る。


 転生? なにを言っているの、この女神様は。っていうか、アンクティークゥムってどこよ? あ、さっき言っていた「異世界」のこと? つまり、異世界に転生しろってこと? そして人間を救う? 世界恒久平和が最終目標ってこと? 一個人にそんなことできるはずがないじゃない。意味が分からない。っていうか、なんで私なの?

 そもそも異世界なんて本当にあるわけ?


「ある」


 女神は私の心を見透かしたように即答した。

 ここまで迷いなく返答するのであれば、自らを神と言った言葉に間違いないのかもしれない。


 ヤバい。神様にタメ口きいちゃったけど、大丈夫だろうか。……いえ、それに対して謝罪が必要だとしても、今は保留にしてもらおう。

 なぜなら相手が神様でも、できることとできないことがある。


「仮に異世界が実在したとしても、お断りよ」


 私が答えると、女神はやや意外そうな顔をして「ほう……」と呟いた。


「理由を問うても良いか?」


「元の世界に帰りたいから」


「すでに肉体は死んでおるが……」


「それでもよ」


「なんの力も持たぬ人間は、死してできることなど無いぞ」


「それも理解しているわ。でも私は子供たちの行く末が心配なの。だから幽霊になっても見守りたいと思ってる」


 強い口調で返答し、私は大蛇の女神を睨みつけた。


 キャリアとして邁進する息子。警察学校を卒業したばかりの娘。すでに社会人とはいえ、我が子を心配しない親などいない。

 子供が五十代になっても還暦を迎えても、私が九十代で子供たちが七十代に突入したとしても、親は子供を心配するものなのだ。


 まして母親である私が、実の父親に殺されている。


 私と尚巳は他人同士だから、離婚したら本当に家族ではなくなる。ほぼ関係がなくなるから、単なる被害者と殺人者で終わる。

 けれど、あの子たちはそうはいかない。


 被害者の子であり、殺人者の子。


 こんな複雑な立場に置かれた子供たちは、周囲からどう見られるのだろう。

 さらに尚巳が有名人だったことや、私のキャリア、子供たちの職業やキャリアなども考えると、マスコミの餌食にされることは想像に難くない。


 もっとも問題なのは血縁者から殺人者が出たこと。子供たちは警察官を続けることが難しくなるはずだ。

 過去の事例から考えても、子供たちが辞職する可能性は高いと予想できた。


 愚かな両親のせいで……子供たちの未来が潰されるかもしれない。

 せめて心配が少なくなるまでは、子供たちを近くで見守りたい。


「……なるほどのぅ」


 私が頭の中で考えていたことが一段落したところで、大蛇の女神は重苦しいため息をついた。

 吐息のタイミングから考えて、やはり大蛇の女神は私の心を見透かしているとわかる。

 もう一度、女神は目を閉じ無言となった。


 それから、どのくらいの時間が経っただろう――


 女神様がなにを考えているのかはわからない。でも、私が断ったことでいろいろ考えなければならないことが出てきたということか。


「女神様でも悩むのね」


「そうだの。これまで転生を受け入れた者たちが、あまりにアッサリと王女の体へ入ってくれたゆえ、断られると考えてなかったのでな」


「え? 『者たち』って……何人くらい転生させたわけ?」


「数えたことはないが……人間の、両手両足の指の数は軽く超えたと記憶しておる」


「え? そんなに……?」


「ゆえに、探すしかのうなったのじゃが……」


「探す?」


「……こちらの話じゃ」


「あ、そう。でも転生者、多すぎでしょ。何回も体に入られる王女様も可哀想よ」


「心配いたすな。皆、王女が自害してから翌日の体へ転生させておるゆえ」


 そう……。自殺したんだ、王女様。私は転生を拒否しているから、彼女の自殺の理由を質問してもいいのかわからない。でも気になる。


「王位継承者としての重責に耐えられなくなったと申しておったな」


 プレッシャーに弱いタイプか。いるわよね、そういう子。

 だけど自殺するのは良くない。王族なのに国民に対しての責任をまるで考えていない。あまりに自己中心的だ。


 それにしても、他の転生者たちも、よく王女の体に入ろうと考えたものだ。

 女王になるわけだし、その重責を考えただけで嫌にならなかったのだろうか。

 私の感覚で言えば、警察庁長官になるってことだもの。その責任を考えただけで胃が痛くなる。


「私以外の転生者は、本当に喜んで異世界とやらへ行ったの?」


「ほとんどの者が嬉々として転生した。『これがマンガやラノベでよくある、異世界転生かー!』だの、『生まれ変わったら王女様なんて、すっごくステキ!』と叫んでおったな」


「あぁ……今はそういう作品があるらしいわね」


 マンガやライトノベルを読んで知っているから、現実世界で非現実的な事象が起こってもすんなり受け入れられるってこと?

 若いってすごい。ずいぶんと高い適応能力。自分がどうなるのか、異世界はどんな世界なのかわからないのに、喜んで飛んで行けるなんて。


 私の世代より少し上の世代のマンガ家が、何年か前に異世界召喚ものの少女マンガを描いていた。

 かなり面白かったので私も全巻通して何回も読み込んだが、だからといって異世界へ憧れたり、行きたいとは考えたりはしなかった。


「そなたもマンガとやらを読むのだな」


「学生時代が、マンガ全盛期の人間だしね」


 正確に言えば、その少し前に読んでいた世代だけど。

 発行部数がギネス認定された、某週刊少年マンガ雑誌の黄金期の頃に学生で、弟と一緒にお金を出し合い、雑誌を買って読んでいた。


 今は転生ものや異世界転移ものの作品が多いと、まだ娘が学生だった頃に聞いたことがあるし、娘のマンガを借りて読んだこともある。

 ずば抜けた魔力だとか、理由がどこからくるのかわからない人の枠を超えた身体能力だとか、異世界の一般常識を越えたスキルだとか……ずいぶんとご都合的な能力があるものねと感心したものだ。

 娘はそれをチート能力というのだと言っていた。


 つまり、そういう世界観に慣れているから、彼らは私のように拒絶することなく――――


「……ねぇ、女神様。質問してもいいかしら?」


「なんでも」


「どうして、そんなにたくさんの人間が王女様の体へ入ったわけ?」


 私は、不意にその疑問に辿り着いた。

 いや、なぜ今まで話していて気づかなかったのか。

 すでに異世界転生を望んだ人が、両手両足の指の数を超えるほど転生している。だけどだからと言って、たった一つしかない王女の体へ何人もの魂が入っているわけではないはずだ。


 なのになぜ、女神自らこんなアラフィフのオバサンに頭を下げるのか。


 そういえば、大蛇の女神は先程「皆、王女が自害してから翌日の体へ転生させておる」などと言っていた。

 そこから考えると、転生した人たちは王女の体から出て行った、もしくは入らなかったと考えるしかない。


 だとしたら、どういった理由なのか。

 王女の体に入るか否かは別にして、その辺りを知りたい。


「王位継承の争いに負けたからだ」


To be continued ……

――――――――――――――――――――――――――――――――

●○●お礼・お願い●○●


最新話まで読んでいただきまして、ありがとうございました。


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