第十二話 車窓の先に

 九月の最終土曜日。それは私の通う学校で学校祭が行われる日だった。いつもより早く家を出た私は、地味めの私服にノートがギリギリ入るくらいのショルダーバッグという出で立ちで家を出る。それから通学路ではない最寄りのバス停へと足を向けた。


 各種準備のために早めに登校する同校の生徒たちとすれ違う時は、自分が学校で影の薄い存在であることを理解していても緊張が走った。幸い、お祭り気分にあてられて上気した彼らの眼中に私が映るようなことはなく、私は学校から離れる方向へ向かうバスに問題なく乗車することができた。


 私は市内にある駅の前で降車した。普段は多くの人が行きかうであろうこの場所も、土曜日の朝早い時間帯とあっては人通りもまばらだ。私は駅前広場にあるベンチの一つに腰かけると、スマホを取り出してSNSを開いた。


――着きました


 私は業務連絡的にその一文を送る。それから気温もすっかり落ち着いて過ごしやすくなってきた秋口の空気を吸い込み、大きく一つ伸びをすると、ショルダーバッグから文庫本を取り出してしおりを挟んだページを開いた。


 二十ページほど読み進んだところでポケットに入れていたスマホが振動する。見ると、そこには一件の通知が届いていた。


――今着いた どこにいる?

――広場のベンチにいます


 そのやり取りら少しして、駐輪場のある方向から彼が姿を現した。私が立ち上がって手を振ると彼もそれに気づいたようで、こちらに進行方向を定めたのが見て取れる。


 しかし、上げていた手を下ろした私はふと考える。今私はどんなふうに手を振っていただろうかと。そして考えれば考えるほど、それがあまりにこの二人の関係に不相応なものだったことが自覚され、私は急に羞恥の熱が顔に溜まり始めるのを感じた。


「おはよう。沙夜」

「あ、お、おはようございます」


 羞恥の熱が引ききるよりも先に発された私の言葉は見事にどもっていた。見ると、彼は私の挙動不審具合に首を傾げている。


「えっと、八時三十五分発ので良かったんですよね?」

「え? あぁ、うん」

「じゃぁ早いところ切符買っておきましょう」


 私は若干早口気味にそう言い切って駅の構内に向かって歩き出し、その間に無駄に上昇した体温を鎮めようとした。これは単なるお出かけなどではないぞと自分を諫め、ともすれば浮ついていると見られかねない先程の自分の行動を反省する。


 その反省の一環として、私は今ここにいるきっかけとなった第六回目の地方紙調査のことを思い返した。



 

 三連休の中日、午前中の調査が見事に空振りに終わり、何の成果も得られないことに二人の間の空気がますます暗然としてきた時だった。手に取った二年前の三月末頃の見出しに、私は雷に打たれたかのような衝撃を覚えた。


――家庭内暴力及びいじめ対策基本方針策定 殺人事件が関係か


 刹那の硬直から解かれた私は、記事の内容に素早く目を走らせる。読み進むにつれて心臓の鼓動は速くなり、それに駆り立てられるように意識の外から言葉が漏れた。


「一月だ――」

「ん?」


 私の呟きに彼が反応した。私はその記事にくぎ付けにされた視線を一瞬にして振りほどくと、彼の方に勢いよく振り向いて興奮気味に言った。


「一月上旬の記事です! すぐに確認しないと!」


 私は机の上に重ねてある新聞の山を崩し、一月十日に最も近い日付の新聞を探り当てると、それを開いて机の上にたたきつけた。


――森の中で女子生徒の遺体発見 狂気的な犯行


「おい、なんだこれ……」


 彼も同じ記事の内容を見て驚きと畏怖の表情をたたえている。その内容はおよそ次のようなものだった。


 二年前の一月十日、森の中で十代と思われる女子のバラバラ遺体が発見された。第一発見者は一般人の男性で、現場付近を通った際にカラスが集まっているのを不審に思って近づいたところ、切断された四肢や頭部を発見したのだという。被害者は付近に落ちていた制服から市内の中学校に通う生徒であると見られており、警察が捜査を進めている――。


「これ、隣の市であった事件だったのか……。くそっ。市内で起きた事件って頭しかなかったから全然気づけなかった」


 初回の地方紙調査の際、市内で寺嶋満月が行方不明になっているのが判明したことがかえって私たちの視野を狭め、市内で何かが起きているのではないかという先入観を与える結果となっていた。彼と同様に私もそのあまりに単純な視野狭窄に気づけない自分に腹立をたてる。少し視野を広げていさえすれば、この程度の情報なぞネットからすぐにでも拾ってくることができたはずだった。


 私はすぐさまスマホを取りだし、この事件の顛末を調べ始める。しかし、どのサイトを訪れてもこの事件に結末と呼べるようなイベントが発生したという事実が確認できない。どのサイトも、最後は異口同音に締めくくられている。


「この犯人……まだ捕まってないみたいです」


 私はそう呟いて、事件についてまとめられたサイトを閉じた。


「え!? じゃぁまさか……!」


 彼の早合点に私は無言で首を横に振る。確かに大雑把に見れば、この殺人事件と五十沢幽の事件は同地域で起きている事件という括り方ができる。しかしそれだけで、五十沢幽の事件と違う市で起きた二年前の事件を結び付けるのは現状では無理があると言わざるを得ない。


「少なくとも現状私たちが持っている情報でそう判断するのは難しいと思います。でも、同一犯ではないとも言いきれません。この事件を調べる価値はあると思います」


 私がこの事件を調べようと提案したのは、「同一犯ではないとも言い切れない」という消極的な理由だけではなかった。〝私〟に植え付けられたあの恐怖が胸の中でわずかに疼いたような、そんな不気味な直感があったのだ。


 こうしてしばらくの間停滞していた捜査がやっと動き出す兆しを見せ始めた。これが犯人に近づく道なのか遠のく道なのかはわからないが、何もできないまま無為に時間を過ごすよりはずっといいということだけは確かだ。その気持ちは当然彼も同じだったらしく、彼は私の提案に力強く頷き返して応じた。


 そこから私たちは役割分担をすることにした。私が地方紙の内容を確認し、彼がスマホで事件の情報を集めた。ネットの情報は正確性に難があるが、情報収集の速度では地方紙を追いかけるよりも圧倒的に分がある。内容の正確さはその都度地方紙と照らし合わせればいいと考えていた。


「うぁ、エグイなこれは……」


 彼がスマホの画面を睨みながら顔をしかめた。私も新聞の内容を見て同様の反応を示す。


「遺体の四肢が植物のように植えられていたって……デマじゃないよな?」

「デマじゃない……ですね」


 私は次の新聞の記事の内容を確認しながらそう答えた。警察の発表内容がまとめられた記事だ。


「こんなん、人間のやることじゃねぇよ……」


 彼の言う通りだ。これは人間のやることじゃない。これはもはや悪魔や怪物の類がなせる業だ。しかしだからこそ、〝私〟はこの事件と五十沢幽の事件に共通点を見出している。彼には言えない五十沢幽の最後――その残虐性がこの事件とおどろおどろしい共鳴を示し始める。


 急激に具合が悪くなってくるのを私は奥歯で噛み殺した。冷汗があとからあとから滲み出てくる。それでも私は新聞の記事から目を離さなかった。


「被害者は瀬戸瑠海で当時中学二年生か――。二年前の一月っていえば、俺たちも中二だったし、一応同い年ってことになるのか」

「そうなりますね。警察の発表によると司法解剖の結果、バラバラになっていた全ての部位が同一人物のものであることが確認されたらしいです。ただ、冬の屋外に放置されていたために死亡時期の推定は困難だったみたいですね……」


 新聞の内容を要約して話すだけだというのに、体に走る悪寒が私の喉を絞って声を細くした。私は腹に力を入れ、必死にこの拒否反応に抗おうとする。


「これ、見てください」


 私は今自分が凝視している一文を指さし、彼にそこを見るように促した。彼はそれに従ってその一文を読み上げる。


「警察は四年前の事件の模倣犯である可能性も視野に入れて捜査を進めている? 四年前の事件ってなんだ?」

「その事件について調べてもらえないですか? 私はまだ新聞の方をあたりたいので」

「よしきた」


 彼は返事をするなりすぐにスマホの画面を叩き始めた。そして数分と経たぬうちに目的の情報を探り当てる。


「あったぞ。瀬戸瑠海の事件から四年前――今からだと六年前になるな。その年の八月に同じ市の小学校の花壇に小学生のバラバラ遺体が植えられる事件があったらしい。犯人はその子の母親で、あとでクスリをやっていたことが発覚してる。既に懲役三十年の実刑判決が出てるみたいだ」


 警察が模倣犯の可能性を考慮するのも頷ける内容だった。バラバラ遺体を植えるという狂気的かつ独特な犯行は、偶然一致しましたの一言で済まされるようなものではない。しかしそうなると、なぜ犯人は四年も昔の犯行を模倣する必要があったのだろうかという話になってくる。


「これ、第一発見者が小四ってマジかよ……」

「え、小学生?」

「あぁ、夏休み中に花壇の世話をしに来てそれを見つけちまったってよ……トラウマどころの話じゃねぇだろこれ」


 彼の言う通りだ。これだけショッキングな事件に遭遇したともなれば、メンタルケアの処方は必至だろう。だがそれでも、今〝私〟に起きているこの拒否反応と似た後遺症を背負うことになっても何ら不思議ではない。そしてこんな考えが頭に浮かんだのは、自身に起きている拒否反応への抵抗が限界を迎えようとしているからだった。


「すいません。ちょっとお手洗いにいってきます」


 私は努めて気丈に振舞いながら閲覧室を出ると、口元を手で押さえて走り出した。トイレに駆け込み、便座の蓋を開け、そこに込み上げたものを全てぶちまける。出すものを出し切ったあと、私の体は少しだけ震えていた。五十沢幽として死んだときのことをこれほど長く意識したのは初めてのことだったので、その反動が来たのだろう。


 この拒否反応は彼に見せられない。これだけ強い反応を彼の前で示せば、五十沢幽の最後がどれだけ壮絶なものだったかを悟られかねない。私は彼がそれを知るのは私たちがこの事件の終着点に辿り着いたときでいいと思っている。いや、そうでなければならないと思っていた。


 私は口を何度か水ですすいでからトイレを出た。喉の奥にはまだ酸っぱい感じが残っているが、体の震えは止まっている。私は何度も自身に大丈夫だと言い聞かせながら閲覧室に戻った。




 衝撃の事件が発覚した次の週の木曜日、家で課題をこなしていた私のところに彼から初めて通話の要求があった。私はまだ母が返って来る時間ではないことを確認し、OKの返事を返すと、一分とたたぬうちに私の携帯が振動した。


「悪いな、こんな時間に。今周りに人いないよな?」

「はい。大丈夫です」

「じゃぁこれから送るURLの内容を確認しながら聞いてほしいからスピーカーモードにしてくれ」


 私は彼に言われたとおりにして、スマホを机の上に置く。すると間もなくしてチャット欄にURLが送られてきたので、私はすかさずそれをタップした。


 飛ばされたのは某有名掲示板のスレッドで、スレッドのタイトルには〈バラバラ遺体が植えられていた事件について考察する〉とあった。私はそのデリカシーのないネーミングに思わず一瞬顔を歪める。


「最近ずっと掲示板で瀬戸瑠海の事件についてのスレッドを見てまわっててさ、まぁほとんど好き勝手にものを言い合ってるだけなんだけど、その中にちょっと気になるのが見つかって。146番目の書き込みを見てくれないか?」


 私は指で弾くようにしてスクロールを一気に進め、目的の投稿を探し出す。投稿日は今年の四月で、リンク付きの投稿となっていた。


――この事件が最近起きた行方不明事件と絡んでるって騒いでるやつ見つけたんだけどwwww


「見つけましたけど……」

「その投稿のリンク先に飛んでほしい」


 私は若干訝しがりながらもそのリンクをタップする。出てきたのはとあるSNSアカウントの投稿だった。


――寺嶋満月の行方不明が瀬戸瑠海殺害事件と絡んでるかもしれないって記事書いて編集デスクに持っていったらどこも取り合ってくれないのマジでなに 見る目なさ過ぎだろ タヒね無能ども


 私はその文章に登場する見覚えのある文字列に唖然とした。私はすぐにその投稿の発信者を調べようとアカウントのプロフィール欄を開く。そこには〈フリーのジャーナリスト〉という肩書と、今まで寄稿してきた出版社の名前が列挙されていた。


「もう俺の言いたいことは分かったかもしれないけど、どうも寺嶋満月の行方不明と瀬戸瑠海の殺人事件に関係があるかもしれないって考えてた人がいるらしいんだ」


 瀬戸瑠海の事件があまりにショッキングな内容だったので、それをダシに数字を稼ごうという魂胆でこのジャーナリストが記事を書いている可能性も十分にある。だが、もしもそこに何かしらちゃんとした根拠が存在していたとしたら――そう思うと私は居ても立っても居られないような気がした。


「で、こっからが本題なんだけど、昨日のうちにこのアカウントに『最近起きた女子生徒の行方不明事件について情報提供したいのですが、いかがでしょうか』ってDM送ったんだ。そしたら今週の土曜日にアポが取れた」

「え、直接会うんですか?」

「あぁ。あちらさんが『ネットからのタレコミだけじゃ信用できないから』ってさ。まぁ俺の方も実際に会って話した方が良いと思ってたから好都合だったけど」

「でも今週の土曜日って……」

「そ。学校祭。でも流石に今年は友達とワイワイやるって気分でもないし、仮病使うことにする」


 恐らく土曜日にアポがとれなかったとしても、彼は最初からそうするつもりだったのだろう。電話越しにではあるが、彼からはそんな空気が感じられた。何より、それは私も同じだった。


「私も一緒に行かせてください」

「え……? 沙夜も?」


 彼は私からの意外な提案に一瞬困惑したかのような反応を示す。しかし、次にスピーカーから聞こえてきたのは私の意志を再確認する質問だった。


「親にはどう説明するつもりなんだ?」

「説明するつもりはないです。そもそも学校祭があることも話してません。話したら絶対無理して学校祭に来ちゃうと思ったので」


 私は彼と一緒に行くことを決意した瞬間に考えたことをそのまま言葉にした。そのまさに即答というに相応しい私の返答は、彼に決意の強さを伝えるという意味でも功を奏したようで、彼はそれ以上言及しようとはしなかった。


「おっけ。じゃぁ土曜日の日程は明日中に送るから」

「わかりました」

「ん。それじゃおやすみ」

「おやすみなさい」


 短い挨拶を交わしたあと、電子音が通話の終了を知らせた。

 



 こうして私たちは学校祭をバックレた。そして今まさに現在進行形で電車に乗り、岩尾力也という男を訪ねようとしている。


 土曜日の朝一番に郊外へ向かう電車に乗る人は少ない。同じ車両には私と彼以外の乗員が五人しかいなかった。二両編成だが、両方合わせても乗っているのは二桁いくかいかないかといったところだろう。


 窓の外を見るとそこには豊かな自然をバックにしたのどかな田園風景が広がっていた。あぜ道にはところどころに人の姿が見受けられ、朝日を受けて輝く黄金色の絨毯の中をコンバインがゆっくりと移動している。


「昔は田舎って不便だなって思ってたけど、人工物に囲まれた生活してるとたまにこういう景色が恋しくなったりするんだよな」


 同じように窓の外を眺めていた彼がふとそんなことを呟いた。私はそれを聞いて彼も五十沢幽も、もとは地方の出身だったことを思い出す。もしかすると、今彼は故郷で五十沢幽と過ごした日のことを思い出しているのかもしれない。そう思うと、何とも言えない感情が私を揺さぶった。


 ひとまず私は彼の呟きに「そうですね」とだけ返し、外の風景に視線を戻す。〝私〟には故郷と呼べるような場所はもうない。しかし今、どこか郷愁に似た切ない気持ちが湧いてくるのはなぜなのだろう。あるいは、何か別の感情がそのような錯覚を起こしているのだろうか。


 そんな黙想に耽りながら車窓の外を眺めていると、景色は次第に慎ましい住宅街のそれへと変わっていった。時間を確認すると、到着予定時刻まであと二分となっていたので、私は念のため切符の所在を確かめる。


 電車から降りて駅のホームに足をつけた私たちは、改札を通ると構内の歩道橋を渡って反対の出口から駅を出た。そこから地図アプリを頼りに待ち合わせ場所であるカフェへと徒歩で向かう。徒歩でおよそ30分ほどの道のりなので、バスを使っても良いような距離ではあったが、カフェの開店が十時であることを踏まえると急ぐ必要性はあまりなかった。


「そういえば今更ですけど……」


 二人で住宅街の中を歩きながら、私はちょっとした懸念を彼にぶつけた。


「ジャーナリストに五十沢さんの情報を提供するって、大丈夫なんですか?」


 これから会う岩尾力也という男がこれまで書いてきた記事を読むに、それがセンセーショナルな話題で世間を煽るような傾向が強いものであることがわかってきたため、私は心配になっていた。


「まぁ情報提供するって言っただけだしな、どれだけ話すかはこっちの自由だろ」


 彼の言うところはつまり、こちらは情報を小出しにしつつ相手からは欲しい情報を聞き出すという高度なやりとりが必要になるということだった。相手の性格にもよるが記事から受ける印象からして、なかなか難儀な会談になりそうな気配がする。


 待ち合わせ場所であるカフェは住宅街の中に溶け込むような立地をしていた。私たちは店員に人と待ち合わせしていることを伝えると、案内されてテーブル席に着く。お店に入って席だけ占領するというのも流石に申し訳ないので、私はカフェオレ、彼がコーラとサンドイッチを注文した。


 店の入り口のドアが開くたび、私たちは視線をそちらに向ける。最初は中年の女性、その次は若い男女の二人組と、見るからに待ち合わせ相手ではないことがわかり、その度に私たちは緊張のために詰まっていた息を吐きだした。


「遅いですね」


 待ち合わせを予定していた時間からもうすでに十分以上が経過していた。私は少し不安になって隣に座る彼にそれとなく視線を送る。


「待ち合わせ場所は間違ってないと思うけどな……」


 彼もスマホの画面を見ながら唸っている。なんだか雲行きが怪しくなってきたなと思い始めた時、店の入り口のベルが今までの中で一番大きな音を立てた。


 入ってきたのは無精ひげを生やした中年の男性で、その出で立ちはまさにチャラいという言葉の具現化だ。チェーンをつけたダメージジーンズを履き、アロハシャツのような派手な上着を黒いTシャツの上に羽織っている。


 男は店員と何やらやり取りをした後、店員に案内されて私たちのいる席まで歩いてきた。まさかとは思っていたが、その悪い予感は的中してしまったらしい。


「あんたらが情報提供者さん?」

「そうですが……」


 彼も私と同様にその男の発する空気に気圧されているらしく、若干委縮しているような声で応えた。男はそれを聞いて対面の席にどかっと腰を下ろすと、二枚の名刺を片手でこちらに差し出しながら自己紹介をした。


「岩尾力也。フリーのジャーナリストだ。今日はよろしく、お二人さん」


 男の発した軽薄な声に、私はこの会談の波乱を確信した。

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