新しい司令官たち[前編]

 鷹野星の昼休みは忙しい。自分が食事を取らなければならないし、戦闘少女のステータスとダンジョンの情報も頭に入れなければならない。そこから攻略法を練らなければならない。そして、新しいの問題の解決策を考えなければならない。昼食がおざなりになるのはいつものことである。


「鷹野」


 かけられた声に顔を上げると、惣田と青山が歩み寄って来るところだった。


 星がのちに惣田から聞いた話では、部署で「昼休みの鷹野に声をかけてはならない」と噂になっていたらしい。平然と声をかける惣田と青山が「勇者」と称されていたことは、またそれからしばらくしてから聞いた話だ。


 惣田と青山は当然のように星の向かいの椅子に座る。


「昨日は危なかったな。冷や冷やしちまったよ」

「何が原因で通信障害が起こったかはわかったの?」

「海底都市は古い迷宮だから、複雑な魔力が影響したんじゃないかって、レディさんが……」


 はっきりした原因はわかっていない。そもそも、異世界から指示を出して攻略するということ自体、女神であるレディにとっても特殊なこと。通信障害の原因を究明することはできないだろう。


「いまは何を考えてるところなんだ?」

「また通信障害が起こったときのために、通信用の魔道具アイテムを作れないか考えてたんだ」

「普段の通信はレディさんの力……魔法だったね。通信機で繋がることができればいいんだけど……」

「だが、ワンガルは異世界だろ? 周波数を合わせるような通信機は使えないんじゃないか?」

「いま、工廠の聖霊が調べてくれてる。もし物理的に繋がることができる魔道具アイテムがあったとして、こっちと向こうで同じ物を用意できるか……」


 素材一覧の紙を手にする星に、惣田があっけらかんと言う。


「それは探査機用の素材でできるだろ。こっちと向こうで同じような物を用意できるのは確定したんだろ?」

「ああ、そっか……。それも聖霊頼み、か……」

「聖霊は戦闘少女の補助役だよね。それだけの能力があるなら積極的に頼るべきだよ」

「そうですね。基地に関係者以外は入れないですからね」

「なんで俺だけ敬語なの?」


 青山が困ったように笑うのを、星は肩をすくめるだけで流した。星と青山は同期入社で、敬語が必要な身分ではない。だが、これは星なりの線引きである。


「今日は攻略に行くのか?」

「また通信障害が起こると困るから、対策ができるまで攻略には行かないよ」

「それがいいね。僕たちも直接的に手伝うことができればいいんだけどね……」


 悩ましげに首を捻る青山を、星は観察するように見つめる。その視線に気付くと、青山はまた困ったように眉尻を下げた。


「え、なに……? 何か気に障ること言った……?」


 星には、しばらく考えていることがあった。攻略に必要なことで、戦闘少女たちの力となるもの。それを独断で拒み続けるのは得策ではない。そのための踏ん切りをつけなければならない。それを、いまのいままで躊躇っていたのだ。


「……レディさんと少女たちに、ふたりを連れて行ってもいいか訊いてみるよ」


 探るように言う星に、惣田と青山は顔を見合わせる。星は若干の居心地の悪さを感じつつ続けた。


「これから、ダンジョンの難易度はどんどん上がっていく。俺の力だけじゃどうにもできないことがきっと出てくる。ふたりが本気で力になりたいと思ってくれてるのはわかるから」


 惣田は明るく笑い、青山は力強く頷く。この後に及んで、レディと戦闘少女たちに会えることではしゃぐのでは、と思っていた星には、予想外の表情だった。


「そう来なくっちゃな! 自分の力で可愛い子たちの手助けをできるなんて、こんな役得なことはない!」

「異世界を救う手助けをできるなら光栄だよ」


 星はここで「ありがとう」と言うべきだと頭ではわかっていたが、なんとなく言葉に詰まってしまった。疑っていたことへの後ろめたさと、手助けをする労力を厭わないことへの心強さが、星に口を噤ませた。惣田と青山はそれもわかっているというような表情をしているので、星はなんとなく悔しい思いだった。


「でも、彼女たちが嫌がるなら素直に諦めてくれ。彼女たちは『戦闘少女』なんて名称をつけられているけど、ひとりひとりが自分の意思を持った女の子だから」

「そりゃそうだ。もちろん無理強いはしない」

「いままで通り間接的にでも僕らとしては構わないから」


 相変わらず暑苦しい惣田と胡散臭い青山だが、戦闘少女たちを正しく導き世界を救うためには多くの知恵が必要だ。例え星個人が鼻につくふたりだとしても、きっとその力を借りることが得策だろう。星の力だけでは限界がある。ふたりなら、戦闘少女を裏切るようなことはないだろう。


 定時に仕事を切り上げて帰宅すると、レディは珍しく、ダイニングのテーブルでお茶を飲んでいた。星が仕事を増やされて電車が一本、遅くなったため、料理を作り終えたあとの余裕ができたのだろう。


「おかえりなさい。お仕事お疲れ様でした」

「ありがとうございます」


 星が部屋着に着替えているあいだに、テーブルに食事が用意された。やたら色の濃いおそらく野菜を炒めたであろう物と、作るのに慣れて来たらしい味噌汁。ご飯は冷凍の物だ。


「いただきます……」

「どうぞ、召し上がれ」


 レディは相変わらずにこにこしながら星の食事を眺めている。レディの手料理も、いつか感想を言えるようになるだろうか、と星はそんなことを考えていた。


「工廠の聖霊の調査で、こちらと繋がる可能性のある周波数を見つけました」

「ほんとですか?」

「はい。あとは通信機を開発するだけです。私の魔法が切れても、通信を確保できるかもしれません」

「そうですか……よかった。こちらの通信機を参考にしましょう。向こうにも同じ成分の素材があるので、作れるはずですから」

「はい」


 星が食器を洗っているあいだ、レディはお茶の用意をしている。テーブルに戻った星に温かい緑茶を出すと、今日の話し合いに必要な書類を手に取った。


「そうだ、レディさん。実は、僕には協力者がふたり居て、ここに招いて直接に手を貸してもらおうと思うんですが、どうですか?」

「まあ! 攻略の手助けをしてくださるのですか?」

「はい。ただ、大の男ふたりなので、女性たちには嫌かもしれませんが……」

「探査機で知恵を貸してくださったお方ですよね? 私は特に構いません。お力を貸してくださるならありがたいです」

「そうですか……」

「少女たちにも訊いてみましょう。少女たちは年頃の女の子ですから」

「そうですね」


 年頃の女の子たちは星のことをすんなり受け入れてくれたが、さらに男がふたりも加わることになると気にするかもしれない。これが女性であったなら話は大きく変わったのだが。

 ちょうどそのとき、誰かがホーム画面を覗き込んだ。こちらの様子を窺うのはモニカだった。モニカは星とレディの視線を受けると、通信を繋いだ。


『司令官、お仕事お疲れ様です』


「ありがとう。通信障害の件はどうだ?」


『はい。レディ様の魔力を頼りに、そちらと繋がる可能性のある周波数を検知できました。それを受信できる通信機さえ作れれば、レディ様のお力に頼りきりになることはなくなるかと』


「そうか。周波数となると、通話アプリみたいな物は使えないのかな……」

「この世界にはトランシーバーという通信機がありますよね? それを使えば可能かもしれません」

「なるほど……。では明日、用意しておきます。攻略は通信手段を確保してから再開する。それまでにダンジョンの情報収集をしておいてくれ」


『承知いたしました』


「それと、別の話があるんだ。みんなを集めてくれるか?」


『かしこまりました』


 モニカがホームから離れて行く。レディが用意していた書類に目を通しているあいだに、こちらに話し声が近付いて来た。ややあって、アリシアがホーム画面に顔を出す。


『司令官、お仕事お疲れ様でした』


「ありがとう。みんな揃ったかな?」


『はい。全員ここにいます』


「うん。実は、新しい司令官を招き入れようと思ってるんだ。ただ、大の男ふたりだから、きみたちが嫌なら断ろうと思う」


 アリシアが画面外にいる誰かと視線を交えている。それから、真剣な表情で先を促すように星を見た。


「暑苦しい男と、胡散臭い男だ。直接的に手を貸してくれようとしている。ただ、きみたちは女の子だ。きみたちが嫌なら断るよ」


 また画面外の誰かと目配せしたあと、アリシアは小さく頷いてから星に微笑みかける。


『司令官がそれでよろしいのでしたら、私たちは構いません。以前、この基地にも男性の司令官がふたり居ました』

『生活が覗かれるわけでもないし』エーミィが言う。『そっちから見える範囲は限られてるわよね?』


「うん。いま見ている画角しか見えないよ」


『こちらからも見える範囲は限られているし、レディ様が構わないのならあたしたちも構わないわ』

『司令官のご友人なのですよね?』と、モニカ。『司令官が信用できると判断されたのなら、とても心強いです』

『新しい司令官が来てくださるのはありがたいです!』ポニーが明るく言う。『三人寄れば文殊の知恵、ですから!』

『司令官の友達がボクたちにとって悪い人だとも思わないしね〜』と、リト。『だからぜ〜んぜん問題ないよ〜』


「そうか。ありがとう。予定が合い次第、連れて来るよ」


『はい! お会いできるのを楽しみにしています』


 惣田と青山は真剣ないつも表情で助言をしてくれる。本気で少女たちの力になりたいと思っているのはよくわかる。だが、実際にレディや少女たちに会うと、よからぬことを考えるとまではいかずとも、はしゃいでしまうこともあるかもしれない。作戦に支障を来すなら追い出すだけだ。そして攻略には二度と関わらせない。少女たちを守るために、それくらいの気概が必要だろう。


「じゃあ、次の攻略についてだけど……。こちらで通信機を用意するよ。通信機が整い次第、攻略を再開する。それまでに、この先に攻略するダンジョンの情報を集めてほしい。作戦はこちらで練るよ」


『かしこまりました。次に攻略する“エメラルドの森”の情報はまとまっています。レディ様に提出しましたので、ご確認をお願いします』


「ああ、ありがとう」


『その次に攻略する予定なのが“イェレミス研究所”です。そちらはいま情報を集めているところです』


「わかった。やることが多くて申し訳ないが、休めるときはしっかり休んでくれ」


『なんてことありません! 作戦は司令官に頼りきりですし、これくらい大したことはありません』

『司令官こそ、しっかり休みなさい? 体調管理も司令官の務めよ』


「うん、そうするよ」


 少女たちとの通信を切ると、星は「エメラルドの森」の資料を手に取った。レディによって綺麗に見やすくまとめられた資料は、魔法の存在しない世界で生きる星にもわかりやすい。女神の有能さが星には羨ましく、レディほどの能力があれば、仕事を増やされたいまでも定時ダッシュを決めることができるようになるのだろうか。星はそんなことを考えた。






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