新しい司令官たち[後編]
翌日の昼休み。星がラウンジでダンジョン情報を確認していると、やはり惣田と青山は声をかけて来た。
「鷹野、進捗どうだ?」
「通信障害の件はどうにかなりそうだよ」
「それはよかった」
暑苦しい男と胡散臭い男は、やはり当然のように星の向かいに腰を下ろす。星も資料を裏返すことはなくなっていた。
「レディさんと少女たちに訊いてみたけど、来てもいいそうだよ」
「そうか! それなら、さっそく今日だ!」
「えっ、いきなり?」
「善は急げと言うしね」
暑苦しく笑う惣田と胡散臭い微笑みの青山に、やはりただ私欲のためではないだろうか、と考えつつ、星はスマートフォンを取り出した。
「レディさんにメールしてみるよ。食事を用意してくれるかもしれないし」
「おっ、レディさんの手料理か? それは贅沢だな!」
「僕たちの分は気にしなくていいよ」
「いや、お礼にって言うと思うし……。最近は料理が楽しくなってきたみたいだから、喜ぶかもしれない」
「それは楽しみだ。女神の手料理なんて、きっと絶品に決まってる」
「……そうだな」
思わず“間”を作ってしまった星に、惣田と青山は揃って首を傾げる。レディの料理が絶望的とまでは言わないが破壊的であるということは、この場で言及する必要はないだろう。
「というか、鷹野。いつもレディさんに料理作ってもらってるのか?」
「レディさんが食事くらい用意させてほしいって言うから……」
「羨ましいもんだ。帰ったら美女と美少女が迎えてくれるのか。よく平然と実況ができたもんだなあ」
「鷹野くんだから、かもしれないね」
青山が含みを感じさせる微笑みで言うので、星は眉をひそめた。
「青山さんにそんなこと言われる筋合いはないですけど」
「鷹野くんって野良猫みたいだね」
「レディさんと少女たちに受け入れられたからって調子に乗らないでもらえますかね」
「ごめん……」
「じゃあ、今日は真っ直ぐ鷹野の家でいいか?」
「いや、途中でトランシーバーを買いに行くよ」
「トランシーバーってことは、こっちと向こうが繋がる周波数を見つけたの?」
「工廠の聖霊とモニカが見つけてくれたみたいで……。異世界とは言っても、次元は同じなのかもしれない」
その実、星はその仕組みをよくわかっていない。それでも、知識のない自分より機械工学の専門家である工廠の聖霊に任せておけば問題はない、と認識している。工廠の聖霊はたまにホーム画面に顔を出すのを見たくらいで正体は掴めていないが、戦闘少女たちが信用しているならそれで充分だろう。
「よし。じゃあこの
「昔取った杵柄?」
「親父がアマチュア無線が趣味でな。若い頃はよく仲間内で通信していたんで、なんとなく知識がついたんだ」
「へえ。惣田にも取り柄があったんだね」
「人間、誰しもひとつくらいは取り柄があるものですから」
「お前ら……」
昼休みが終わると、星は攻略のことを一旦、頭の中から消し去る。そうしなければ定時に仕事を終えることができないからだ。攻略のことは考えなければならないが、それで仕事が滞って定時に上がれないのでは意味がない。仕事のときは仕事に集中する。司令官でなくても基本のことだ。
このとき、部署では「鷹野の定時退社を妨げてはならない」という掟が生まれていたらしい。それも、しばらくしてから惣田に聞かされたことだ。
無事に定時で仕事を切り上げ部署を飛び出す。そのまま会社からも飛び出そうとしたところで、ふたりとの約束を思い出して踏みとどまった。早く帰りたいのは山々だが、約束を違えるわけにはいかない。戦闘少女たちの司令官として、恥ずべき行いはできない。
程なくして、惣田と青山が並んでエントランスに出て来る。早く帰りたくてうずうずしている星とは対照的に、のほほんとした表情をしていた。
「鷹野、待たせたか?」
「置いて帰ろうかと思ったよ」
「ごめんごめん。上司に捕まっちゃって」
「さっさと行くぞ」
先陣を切って歩き出す星に続いて惣田と青山も会社をあとにするが、その足取りがあまりにのんびりしているため、早くしてくれ、と星が何度か催促した。
星のマンションの最寄り駅には、歩いて行ける距離に電気屋がある。そこで惣田の手解きを受けながらトランシーバーを買うと、三人は一路、星のマンションへと向かった。
家に帰ると、レディはお茶を飲んでいた。三人が電気屋に寄っているあいだに料理は完成しているようだ。
「おかえりなさい。お仕事お疲れ様でした」
「ありがとうございます。レディさん、紹介します。僕に協力してくれる惣田と、青山さんです」
それぞれを手のひらで差すと、レディはドレスをつまんで辞儀をする。
「お初にお目にかかります。ワンガル案内女神のレディと申します」
惣田と青山が呆然としているので、星は惣田を肘で小突いた。ようやく我に返った惣田が軽く会釈をする。
「どうも。惣田大志です」
「青山怜侍です」
「お食事を用意しています。どうぞお掛けになってください」
「ジャケット、預かるよ」
星に促されてジャケットを脱いだ惣田と青山は、ダイニングテーブルの奥側に並んで座る。その正面に星が腰を下ろすと、おい、と惣田が声を潜めて言った。
「お前、こんな美女とふたりでよく平然と実況できるな」
「思わず見惚れてしまったよ」
「確かに美女なのは間違いないけど……」
惣田や青山と違い、星は最初、知らぬ間に自分の部屋がホームにされたことの戸惑いが大きかった。レディが美女であるのはどう見ても明らかだが、この部屋がホームの役割を持った説明がすぐに行われたためそれを気にしている場合ではなかったのだ。その後もレディと遠慮なく実況解説できているのは、レディが曾祖父と関係のある人物だったからではないか、と星は考えていた。
レディの料理が用意されると、惣田と青山もそのことが頭から抜け落ちたようだった。
今日のレディさんの手料理は、どす黒いビーフシチューとマヨネーズ度数の高いサラダ。食パンだけが原型を留めて並んでいた。星はすっかり慣れたもので平然と食事を始めるが、惣田と青山の顔は引き攣っている。女神でも、なんでも完璧というわけにはいかないのだ。
やはり、惣田と青山から味の感想が出ることはなかった。
レディが食後のお茶を用意していたとき、誰かがホーム画面を覗いた。様子を窺うのはモニカだった。
『司令官、お仕事お疲れ様です』
「ありがとう」
『なんだか賑やかだと思いましたが、新しい司令官が来てくださったのですね?』
「ああ。紹介したいから、みんなを呼んでくれるか?」
『はい』
モニカがホーム画面から離れると、すぐにエーミィとの話し声が聞こえた。エーミィはホームにいたようだ。
「おい、鷹野。毎日こうやって美女と美少女に囲まれて暮らしてるのか?」
「別に一緒に暮らしてるってわけじゃないだろ。俺の部屋がホームと繋がったのはただの偶然なんだから」
決して偶然というわけではないが、そのことを惣田と青山に話す必要はないだろう、と星は判断している。レディと曾祖父の関係は、作戦には必要のない情報だからだ。
「なんつー羨ましい偶然だ。俺だったら実況どころじゃないぜ」
「惣田だったら話は変わるだろうけど、鷹野くんは親しみやすいからね。初めからあまり警戒はされてなかったんじゃない?」
「まあ……。でもいまも別に警戒してないですよ」
「僕たちが鷹野くんの友達だからだよ。そうじゃなかったら、きっと警戒されていたはずだ」
「そんなことないと思いますけど……。少女たちは初めから普通に接してくれましたし。レディさんも特に警戒してなかったですし」
「鷹野くんが警戒する必要のない人だからだよ」
青山にわかったようなことを言われるのは癪だが、思い返せば確かに、と星は考える。レディが星に警戒していなかったのは曾祖父の件があるからだが、もし美女と美少女に出会えたことで浮ついて、下心を懐けば彼女たちも素直に接してくれることはなかっただろう。そもそも、女神と異世界の少女に対して下心を持つことはないのではないだろうか、と星は考えていた。
ややあって、アリシアがホーム画面に顔を出す。その表情はどこか明るかった。
「みんな揃ったかな」
『はい! 全員ここにいます』
「じゃあ、紹介するよ。僕の同僚の惣田と青山さんだ。探査機の件で知恵を貸してくれたふたりだよ。これから、この司令室で一緒に作戦を練ることになる」
『とても心強いです。よろしくお願いします』
「攻略中は僕が指示を出すから、このふたりのことは無視していいよ」
「おいおい」
不満げな惣田に、アリシアはくすくすと笑う。確かに警戒している様子はなかった。
『では、こちらも改めて紹介させてください。私はアリシア・モーメントです。それから、特攻隊長のエーミィ・ポンド』
『よろしくお願いするわ』
『遠距離特化型のポニー・ステラ』
『はい! よろしくお願いします!』
『魔法の精鋭、リト・ワイズマン』
『よろしく〜』
『作戦のブレイン、モニカ・ソードマンです』
『よろしくお願いいたします』
「うん、みんなよろしく。僕たちも作戦を成功させるために尽力するよ」
「大船に乗ったつもりで任せてくれ」
『はい。とても心強いです』
アリシアは安堵したように微笑んでいる。ポニーの言っていた通り「三人寄れば文殊の知恵」である。
「探査機の件はどうなってるかな」
『工廠の聖霊が頑張ってくれて、いまは八割ほど出来上がっています。次の次の作戦には間に合うはずです』
「そう。優秀なんだね」
「こちらに少女たちのステータスをまとめてあります。それから、こちらは次に攻略する『エメラルドの森』の情報です」
レディが惣田と青山にそれぞれ資料を手渡す。律儀にふたり分を用意したようだ。
ふたりが資料に目を通しているあいだ、星はトランシーバーを持ち出した。
「通信機を用意したよ。周波数の調整をしよう」
『はい』
アリシアと替わってモニカがホーム画面に顔を出す。その肩に小さい少女が乗っていた。工廠の聖霊だ。モニカの手には通信機がある。
モニカと聖霊が星に指示を出し、周波数の調整をする。トランシーバーの雑音が消えたとき、モニカがホーム画面の通信を切った。
『司令官、聞こえますでしょうか?』
くぐもってノイズ混じりの音声だが、トランシーバーから確かにモニカの声が聞こえる。
「ああ、聞こえるよ。これで今後、通信が切れることがあっても断絶されることはないな」
『はい』
モニカがホームの通信を入れる。その肩の聖霊は、どこか誇らしげな表情をしていた。
「聖霊もありがとう。今度、何かお礼を用意するよ」
聖霊は嬉しそうに飛び跳ねる。こちらの言葉を完全に理解しているが、声を発することはないようだ。
「どこに聖霊がいるの?」
青山が不思議そうにホーム画面を覗き込む。惣田も同じような表情をしている。
「モニカの肩のところ。短い髪の小さい子がいる」
「うーん……? もしかして、鷹野くんとレディさんにしか見えないのかな」
「実は、私も工廠の聖霊が見えたことはないのですよ」
レディが穏やかに微笑んで言うので、今度は星が首を傾げる番だった。
「そうなんですか?」
「はい。聖霊は臆病な生き物です。安心できる者の前にしか姿を見せないのですよ」
「へえ……。鷹野は聖霊からも気に入られてるのか」
工廠の聖霊は、これまでも度々、戦闘少女の肩に乗っているのを見たことがある。人懐っこく見え、誰にでもそうなのだろうと星は思っていた。もし聖霊が心を開いてくれていなければ、通信機の確保もできなかったかもしれない。星は、また曾祖父の存在に感謝していた。
「ポニーちゃんの能力値だけど」青山が言った。「装備を変えれば、ポニーちゃんを中盤で運用できるんじゃないかな。モニカちゃんを後衛にすれば、後方から魔物が出現した時にも即座に対応できるんじゃない?」
「だが、主は前方からしか出現しないぜ? 主戦でモニカの戦力は絶対に必要になる」
「エメラルドの森の主は『トレント』です」と、レディ。「どちらかと言えば、リトを中盤で運用したいところです」
「トレント戦では、リトに特異攻撃を任せればいいんじゃないかな」星は言った。「そうすれば後衛での運用でも問題ないはずです。ポニーの魔法力を強化する装備を作って、ポニーは中盤。エーミィとモニカを前衛にして、アリシアとリトを後衛に配備する」
この声はホーム画面にいる戦闘少女たちにも届いているはずだ。異論を唱える者がいないと考えると、星の戦略があながち間違いではないという証明のようなものだ。
「アリシアを後衛だと、索敵が不便じゃないか?」
「先手を取れなかったとしても、彼女たちなら雑魚に負けることはない。負傷することすらないんじゃないかな」
星はこれまでの戦いを見て来た中でそう判断しているが、ステータスを見たばかりの惣田と青山にはピンときていないようだ。
「モニカ、どう思う?」
『はい。司令官の作戦が最適かと。先手を取れなくても負傷なく勝利できるのは確かです』
「さすが司令官だな。少女たちのことをよくわかってる」
「必ずしも先手必勝というわけではない、ということだね。不意打ちだとしても対応できるのかな」
「モニカなら問題ないですよ。エーミィだって速力が格段に上がっているし、他の子をカバーできる。後方に現れても、アリシアの瞬発力ならポニーとリトのサポートができるよ」
「なるほどね。さすが初回から一緒に攻略を進めているだけある」
「少女たちの能力を本当に信頼してるんだな。能力値だけでは測れないってことか」
『作戦の基本は能力値参照で構いません』と、モニカ。『ただ、司令官はずっとそばで私たちの戦いをご覧になっています。私たちが期待を上回れることもよくご存知のはずです』
自信を湛えたモニカに、ふむ、と青山は顎に手を当てる。
「期待を上回れるという期待にも応えて来たということか」
『さらにふたりの司令官が加われば』アリシアが言う。『この先の攻略がもっと楽になるはずです』
『知恵が増えれば、あたしたちの能力を最大限に活かす方法もきっと導き出せるはずだもの』
「期待に応えられるよう頑張るよ」
「失望させるわけにはいかないからな」
それから、新しい司令官を交えて少女たちの能力値を改めて確認する。次の攻略に参加して少女たちの戦いぶりをそばで見れば、惣田も青山も的確な助言をすることができるようになるだろう、と星は考えていた。
「そろそろ帰ろうか。僕たちは明日も仕事があるわけだし」
腕時計を見遣った青山が言った。もうそんな時間か、と惣田は伸びをする。
「鷹野、泊めてくれよ。そうすればもっとレディさんや少女たちと絆が深まるだろ」
「それは俺が普通に嫌」
「ま、そう言うと思ったよ。じゃあ、俺たちも資料をよく読んでおくことにするよ」
ふたりは少女たちに挨拶をして星の部屋をあとにする。これから攻略のたびに暑苦しい男と胡散臭い男が部屋に来ると考えると、星は少々憂鬱なようにも思えた。
「素敵なご友人方ですね」
レディが優しく微笑むので、うーん、と星は首を捻る。
「いいやつらなのは確かなのかな……」
「きっと良い知恵を貸してくださいますよ」
「まあ、多少なりとも期待しておきます」
「はい」
司令官がふたり増えれば、それだけ知恵が多くなる。それは戦闘少女たちに大きな恩恵をもたらすだろう。それはわかっているのだが、それが惣田と青山となると、星はどうしても素直に頷くことができなかった。
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