眠れない亡霊を眠らせる攻略【ワンガル】#8[前編]

 今日の星にはいつもより多くの仕事が課された。ここのところ定時ダッシュを決めるため仕事に精を出しているのだが、それがやる気があると判断されたらしい。それでも定時で上がれる量ではあるのだが、星は定時に仕事を終えたいのではない。定時に上がりたいのだ。仕事が増やされ、定時まで仕事をしてそれから帰宅する支度をして帰路に着かなければなくなった。いまの星には、その数分の差すら惜しかった。


「鷹野くん。最近、頑張っているね」

「ありがとうございます。お疲れ様でした」


 上司の称賛すら聞かずに会社を飛び出す星は、配信のこともあって名物と化していた。星はそれを惣田から後々に聞いたのだが、そんなことはどうでもよかった。


 必死の思いで定時に仕事を終え、手早く帰り支度を整える。星が部署を飛び出す頃には同僚たちも仕事を片付けていた。それでも星ほど急いで部署をあとにする社員はいなかった。


「鷹野くん」


 前から歩いて来る人物を無視して行こうとしていた星だったが、その人はやはり声をかけて来た。話しかけられて無視をするのはさすがに星でも気が引ける。それはきっと、青山の思惑通りなのだろう。


「攻略は順調?」

「特に問題はありません」


 冷たく言い放つ星にも、青山の鼻につく笑みは崩れない。


「探査機のほうはどうなってる?」

「少女たちが俺の不在中に素材を集めて来てくれています。そちらも順調です」

「今日も攻略に行くんだよね。また何か協力できることがあればするよ」

「ありがとうございます」

「鷹野、青山」


 暑苦しい笑みが歩み寄って来るので、星はまた顔をしかめた。早々に切り上げて帰宅したいのだが。

 だが、星には気になり続けていることがあった。


「惣田。俺が青山さんに貸しになったことを二分で答えてくれ」

「二分か……」


 惣田はあごに手を当てる。その考える時間は要らないという意味の二分だったのだが、と星は溜め息を落とした。

 その星の様子を察して、青山が口を開いた。


「それを言うと鷹野くんが協力を遠慮しそうだからまだ言わないことにしておくよ」

「はあ……」

「確かに、青山から直接に聞いたほうがいいな」

「そう。まあ特に興味はないけど」

「鷹野くんのほうから訊いたのに……」

「じゃあ俺はこれで」


 挨拶もそこそこに駆け出す星を、惣田も青山も引き止めることはなかった。


 息を切らせながら星が帰宅すると、レディはやはり台所に立っていた。


「おかえりなさい。お仕事、お疲れ様でした」

「ありがとうございます」


 恋人と同棲していたらこんな感じなのだろうか、と星は考えた。レディは神々しすぎてそんな空想すら浮かばないのだが。


「今日はケレスタニアの郷土料理を作ってみました」


 自信満々の笑みでレディは食事をテーブルに運ぶ。その内訳は、驚くほど大きな肉の塊と恐ろしく細かい野菜が入った白いスープとフランスパンだった。


「肉料理なんですね」

「いえ、野菜のスープです」

「そ、そうですか……」


 自分の失言を呪いつつ、白いスープを口に運ぶ。むせそうなほど濃いコンソメスープだった。


(コンソメスープだとして……この白さはなんなんだ……)


 白いのは牛乳だと思っていたが、その風味は欠片も感じられない。とにかくコンソメが濃いのだ。


「次のダンジョンの詳細をまとめておきました」


 レディの手料理のありがたいところは、味の感想を求めないところだ。求めたところで星がお世辞しか言えないことをわかっているのかもしれない。

 後々の胃もたれを覚悟しつつ完食すると、レディが食器を片付けているあいだに星は資料を手に取った。


「次のダンジョンは『海底の迷宮』でしたね」

「はい。かつての海底都市が地盤の変化で地上に出て来たとされている都市型のダンジョンです」

「海底が上がったのか、地上が下がったのか……」

「ダンジョンは謎に包まれていますからね。それすら逸話である可能性もあります」


 レディもテーブルに着き、作戦会議が始まる。


「海底の迷宮は亡霊系が多く出るダンジョンで、魔獣ごとに効果のある攻撃が変わってきます」

「出る魔獣は最下位御三家とアンデッド、スケルトン、グール……主にデュラハンですか」

「はい。アンデッドには物理攻撃も有効ですが、余裕があれば魔法のほうが効果的ですね」

「エーミィかモニカの物理攻撃か、ポニーかリトの魔法……どちらを狙うかはそのときの状況によりそうですね」

「そうですね」


 魔獣の資料を見ると、とても綺麗にまとめられている。星の上司は資料のまとめ方が下手だと定評がある。確かに上司の資料はわかりづらい。きっとレディのほうが有能だろう。


「スケルトンには魔法しか効きません。ポニーかリトが請け負うことになりますね。グールには物理効果が有効です。エーミィかモニカの担当になりますね」

「それも状況による、ということになりそうですね」

「そうですね。アリシアはそのサポート、という形になるかと」


 エーミィのルーンアックス、モニカの剣は「物理攻撃」系の攻撃になる。アリシアのショットガンも通常の弾薬であれば「物理攻撃」系の攻撃となるが、弾薬を「魔弾」に変えれば魔法と同じ効果を発揮することができる。アリシアには臨機応変に動いてもらうことになるだろう。


「主のデュラハンは『亡霊王』と呼ばれています。物理攻撃でも魔法でも有効です。ただ、コシュタ・バワーという馬に乗っていて、そちらも撃破する必要があります」

「実質、二体と戦わなければならないんですね」

「はい。コシュタ・バワーが攻撃して来ることはありませんが、先に機動力を奪う必要があるでしょう」


 星は頭の中に「デュラハン」を思い浮かべる。単体での出現の場合もあるが、確かに馬に乗っている描写もある。馬も一体の魔獣なのだとすれば、いままでの主戦と戦術を変える必要があるだろう。

 そこへ、エーミィがホーム画面に顔を覗かせた。星とレディの視線を受けて、エーミィは通信を繋ぐ。


『お疲れ様。進捗いかがかしら』


「ダンジョンの魔獣を確認していたところだよ」


『次は“海底の迷宮”だったわね。アリシアを中盤に配備するといいわ』


「アリシアを中盤か……」


『あたしとモニカはアンデッドとグールを請け負うから、アリシアにはポニーとリトのサポートをさせるといいわ。背後に現れた場合でも、アリシアの攻撃が有効でしょうね』


 アリシアに通常の弾丸と魔弾を持たせれば、使い分けることでどの魔獣にも対応することができる。前後どちらもサポートすることができるだろう。


『デュラハン戦でも中盤のアリシアと後衛のポニーでコシュタ・バワーに攻撃してくれれば、あたしとモニカとリトはデュラハンに集中できるわ』


「なるほど……。アリシアが一番に動き回ることになるか」


『特に問題はありません』


 画面外からアリシアの声がする。そばで聞いていたようだ。


『むしろ自分の力を役に立てることができるなら喜ばしいことです』


「そうか、ありがとう。頼もしいよ。デュラハン戦ではコシュタ・バワーを先に討伐するべきだよね」


『少しコツのいることだけれど、それぞれに特異攻撃を狙ったらどうかしら』


「ほぼふたり同時ってことか……」


 これまで、主戦は一体を相手取っていた。そのため、特異攻撃を狙うのはひとりに集中すればよかった。ふたり同時に特異攻撃を狙うとなると、エーミィの言う通りコツのいることになるだろう。


『コシュタ・バワーの速力についていけるのは、おそらくモニカになると思います。機動力を奪ってしまえば、デュラハンは私かエーミィで請け負えるはずです』


「なるほど……。じゃあ、エーミィがデュラハンの気を引いて、モニカがコシュタ・バワー、アリシアがデュラハンでどうだろう」


『ええ、いいわ』

『お役に立てるよう頑張ります!』


「期待してるよ。主と戦っている最中に雑魚魔物が出て来ることはないんでしょうか」

「主の領域に雑魚魔物が出ることはありません。そもそも主の領域には入れませんから」

「なるほど……。ダンジョンが変化している可能性についてはどう対応しましょうか」


『今回に関しては、デュラハンに絞った作戦がいいかと思います』


 冷静なモニカの声が画面外から聞こえた。


『いままでの主と違い、デュラハンとコシュタ・バワーの二体を同時に相手取ることになります。それも、個別ではなく合体した状態です。戦闘は特殊なものになります。別の主になることを考えて中途半端な作戦にするより、デュラハンに絞ったほうがいいかと思われます。デュラハンでなくなったとしても、私たちなら対応できるはずですから」


「なるほど。わかった。その方向でいこう。装備は俺とレディさんで考えておくよ」


『ポニーに手榴弾を持たせるといいかもしれません』


 アリシアの言葉に、星はアイテム一覧を捲る。倉庫の備蓄も充分で、素材も揃っているため量産することも可能だ。


「手榴弾も扱えるのか……」

「ポニーは投擲が得意ですから。弓やボウガンより手榴弾のほうが的確に扱えるかもしれません」

「確かに、街角の女王戦での投擲の威力は凄まじかったですね。ただの石だったのに……」


『手榴弾ならひとつ十五分で作れるわ。司令官とレディ様が準備をしているあいだにいくつか作れるはずよ』


「そう。じゃあ、開発に回してくれ」


『ええ』


 手榴弾は装填の手間が省けるため、速力を必要とする戦闘で役立つことだろう。デュラハンのステータスに合わせた数より多めに用意することにした。


「今回は、いつも以上にこちらの指示を出せない。その都度、自己判断で戦ってもらうことになる」


『はい。私たちも作戦を練ります。ランダムと言っても出現する魔物は変わりませんから。連携を取れるようにしておけば、どんな戦闘でも指示なくこなせるはずです』


 アリシアの声は自信を湛えている。仲間たちへの信頼を感じさせる言葉だった。






[眠れない亡霊を眠らせる攻略【ワンガル】#8]






「はい、ではお時間になりましたので始めていきましょう。こんばんは。実況の月輔です。解説はお馴染み案内女神レディさんでーす」

『よろしくお願いしま〜す』



***

[こんばんは!]

[今日は亡霊系の魔物と戦うんかな]

[どんなダンジョンだろ]

[わくてか]

***



「はい。本日のダンジョンは『海底の迷宮』となります。かつての海底都市が地盤の変化で地上に出て来たとされている都市型のダンジョンです」

『亡霊系の魔物が存在し、種類ごとに有効な戦い方が変わるので難易度が少々高いダンジョンとなっております』



***

[海底都市が地上にあるのか]

[海底都市ってほんとにあったんだ]

[ロマンを感じるな]

[その民が亡霊化したんかな]

***



「では本日の編成です。前衛左前をエーミィ、前衛右後ろをモニカ。中盤をアリシア。後衛左前をポニー、後衛右後ろをリト、となりました。海底の迷宮には亡霊系の魔物が三種類、存在します。それぞれ効果的な攻撃が変わりますので、この編成となりました」

『変則的ではありますが、主戦を想定すると安定した編成ではないかと思われます』



***

[アリシアちゃんが中盤なんだ]

[珍しい編成だな]

[いつもと違って誰でも倒せるってわけじゃないんだな]

[難しそうなダンジョンだな]

***



「今回の主はデュラハンです」


 レディが液晶に「デュラハン」を映し出す。


「亡霊王と呼ばれる魔物で、ご覧の通り馬に乗っています。馬もコシュタ・バワーという個別の魔物です。ですので今回は、二体同時に相手をすることになります」

『いままで以上に少女たちの連携が必要になりますね』



***

[一気に難易度が上がったな]

[でも少女たちなら楽勝って感じがする]

[フラグ建設を感じるコメントだな]

[建設反対!]

[隣人からのクレームかよ]

***



「はい。では最初のマスに進んでいきましょう。アリシア、進んでくれ」



《 はい! 司令官! 》






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