【再戦】幻惑と戦う攻略【ワンガル】#6[後編]

 アリシアのドット絵が四階の螺旋階段に到達する。



 ――【 魔法解除開始 】



「さあ、ついに悲願のマトゥイ戦へと続く螺旋階段となりました。ここまで戦闘少女のステータスは正常、武器の耐久度も充分です」

『戦闘少女たちの勝利を祈りましょう』



 ――【 魔法無効化失敗:幻惑 】



 カン、という甲高い音とともにその文字が表示されると、星もレディも眉をひそめた。この螺旋階段の上には主のマトゥイが待ち受けている。その力が螺旋階段まで及んでいるのかもしれない。



 ――【 魔法解除開始 】



 リトが再び無効化を試みる。魔力の残量も考えると、そう何度もその作業をするわけにはいかないだろう。



 ――【 魔法無効化失敗:幻惑 】



 カン、と不吉な音が響く。リトの力が何かに弾かれているのは確かだった。



***

[リトちゃんの魔法が失敗するってあり得る?]

[可能性としては充分にあるだろうけど]

[上が邪魔してんのかな]

***



《 しれーかーん 》



「どうした?」



《 この上は解除できないかも〜。もっかい試してみてもいいけど、たぶん無駄なんじゃないかなあ 》



「そうか……。わかった。みんな、碍魔の守りは持ってるな?」


 星の問いに、五人は揃って頷いた。

 幻惑除けとは別に五人に持たせた「碍魔の守り」は、ダンジョンにかけられた魔法を65%の確率で弾くものだ。確率としては低く心許ない魔道具だが、もうひとつ上の物を使用するには装備欄の容量が足りなかった。

 この先は、五人の耐性頼みになる。


「充分に警戒して進んでくれ」



《 はい! 司令官! 》


 ――【 索敵開始 】



「さあ、魔法解除失敗となりました。レディさん、どう見ますか?」

『すでにマトゥイに気付かれているということでしょう。階を上がった瞬間に攻撃を仕掛けて来る可能性があります。充分に注意したいところです』



《 索敵開始! 種類はマトゥイ! 育成具合は中程度! 戦闘開始します! 》



***

[頑張れ〜!]

[負けるなよ〜!]

[今度こそ倒してくれ!]

[中級の魔物の育成具合中程度ってちと怖いな]

[誰が特異攻撃使うんかな]

***



 カメラが少女たちの背中を映し出す間もなく、太陽に崩れた顔がついた細い体型のマトゥイが魔法を放った。戦闘少女たちは陣形を保ったまま攻撃を避ける。


「さあ、開戦となりました。マトゥイ戦をご紹介します。戦闘少女たちもすぐ攻撃を仕掛けられる体勢でありましたが、マトゥイのほうが一瞬だけ速かったようです。先手を取られましたね」

『はい。ですが何も問題ありません』

「引けを取らないアリシアの魔弾! マトゥイがふらついた隙を突くエーミィ・ポンド! しかし火球がエーミィを狙う! ここは焦らずルーンアックスで弾きます。そこへ飛び出すモニカ・ソードマン! もはやその速力に勝てる魔物はいない!」



***

[アリシアちゃーん! 頑張れ〜!]

[エーミィ! エーミィ!]

[さすモニ]

***


「さあ黙っていないのがリト・ワイズマン! 魔法解除失敗の憂さ晴らしをするかのように魔法を浴びせます!」

『あれだけの速度で魔法を放てるなんて! さすがと言わざるを得ません』

「もちろんポニーの遠距離攻撃が後ろから狙っている! クロスボウから放たれる天弾は効果が抜群だ!」



《 アリシアちゃん! 》



 モニカの焦った声が呼ぶ。一瞬だけ動きを止めていたアリシアが、その隙を突いた攻撃によろめいた。



《 アリシア! 何してるのよ! 》

《 ……終わらないの…… 》

《 何が! 》

《 チャージが終わらない……! 》



 アリシアのステータスを見ると、特異攻撃のエネルギーの充填の計測針が80%前後を激しく揺れている。チャージしては下がり、またチャージしては下がり、を繰り返していた。



《 アリシア! そのエネルギーをあたしに寄越しなさい! 》



 エーミィの声に、アリシアがゆっくりと顔を上げる。エーミィに向けてショットガンを構えたが、その手が激しく震えていた。

 星は少し乱暴にマイクのスイッチを入れる。


「アリシア! 頑張れ!」


 その瞬間、アリシアが弾かれたように手に力を込めた。その瞳に光が宿る。



***

[頑張れー!]

[頑張れ!]

[アリシア頑張れー!]

[あとちょっとだ!]

[頑張ってくれー!]

***



 星はマイクのスイッチを切る。


「エーミィに向けられた銃口! 放たれた弾丸が星屑のように弾けエーミィに吸収された! エーミィのステータスが格段に上がっていきます!」



《 よーく見ておきなさい。これがあたしたちの戦い方よ! 》



「ルーンアックスが青く輝く! これは一体!?」



《 特異攻撃・改! 天空の裁きセレスティアル・ジャッジメント! 》



「決まったぁー! 青い稲妻がマトゥイを貫いた! アリシアのエネルギーをエーミィに分けることで、より強力な特異攻撃へと変貌させた! マトゥイは塵と化す! 戦闘少女たちの見事な勝利です!」

『みんな、よく頑張りました! 花丸です!』



***

[決まったぁー!]

[みんな頑張ったな!]

[頑張れ打ちすぎて指が痛え]

[特異攻撃改って全員分あるんか?]

[まーた楽しみが増えちまったぜ〜]

***



「みんな、お疲れ様! よく頑張ったな!」


 星の賞賛に、アリシアが安堵の笑みを浮かべる。



《 司令官! ありがとうございます! 》



「見事だったよ、エーミィ。機転の効いた行動だった」

『とっても素敵です! 花丸!』



《 ふふん。まだまだ本領発揮じゃないわよ 》



「頼もしいよ。安全を確認しつつ、速やかに帰還してくれ」



《 はい! 作戦終了します! 》



***

[作戦終了〜!]

[みんなお疲れ様ー!]

[よく頑張ったぞー!]

[みんな花丸!]

***



「はい。無事、作戦終了となりました。特異攻撃改には驚かされましたね」

『はい。いつの間にあんな強力な技を使えるようになったのでしょう。弛まぬ努力の賜物ですね』

「ステータスにはありませんでしたから、エーミィが生み出したということなのでしょう。この先も戦闘少女たちが自ら生み出すことができそうですね」

『はい、楽しみです』

「それでは今回の配信はこの辺で。ご視聴ありがとうございました。また次回にお会いしましょう。おやすみなさーい」

『おやすみなさ〜い』



***

[おつー]

[おやすみ〜]

[お疲れ様ー]

[次回も楽しみだ〜]

[次回予告してほしい]

***



 配信を切ったあとの溜め息は、もう習慣のようなものだった。もちろん安堵による溜め息だ。


「よかったー……。無事に攻略完了できましたね」

「はい。アリシアのステータス異常については、モニカに調べてもらったほうがいいようですね」

「チャージが終わらない、か……。解除できなかった幻惑の魔法が何か影響していたんでしょうか」

「それもあり得ます。もしくは、アリシアの魔法回路に異常があったのかもしれません」


 星には、アリシアの動揺ぶりが気になっていた。チャージが終わらないことが、高い精神力を持つ戦闘少女を簡単に動揺させるとは思えない。ゲシュタルトの塔には初めから不安感を懐いていたようだし、近いうちにアリシアと話したほうがいいのかもしれない。

 食事はレディの手料理で終えているし、あとは入浴して寝るだけだ。配信が終わる頃を見計らって先に風呂を仕掛けたほうがいいのかもしれないと考えつつ、風呂を沸かす。


 リビングに戻ったとき、レディは真剣な表情でステータスボードを眺めていた。邪魔をしては悪いとテーブルに着く。


 次の攻略は「バルミューダの湖畔」だ。ポータルが罠だった場合の対策が必要になる。


『司令官! レディ様! ただいま帰還いたしました!』


 アリシアの明るい声がホーム画面から聞こえた。


「お疲れ様。何も問題ないか?」


『はい! 修復も終え、みんなそれぞれ部屋で休んでいます』


 ということは、いまホームにはアリシアしかいないということか、と星は口を開く。


「アリシア、話したくなければ別にいいんだが、どうして自分の索敵が不安だったんだ?」


『はい……。レディ様は、私の索敵を100%正確だと仰ってくださいますが、私の索敵から逃れた魔物がいたことで弱気になってしまいました。私の索敵を逃れ、狙いを澄ませた転移……。私の索敵があてにならない時が必ず来ます。そのときのための対策を講じておきたいんです』


「なるほどな……。ゲシュタルトの塔では、魔法無効化で対策ができたな。誰かと協力したり、魔道具に頼ったりすれば、索敵の精度を上げられる。そんな不安に思うことはないよ」


『……はい。ですが、自分の能力が思い通りにいかないことで、動揺してしまいました。情けない限りです。鍛錬が足りません』


「誰にだって動揺することはある。そんなに思い詰める必要はないよ。五人で補い合ってこそのきみたちだろ?」


『……そうですね。ありがとうございます』


 アリシアはそう言って微笑んで見せたが、まだどこか不安げな色を湛えている。


「工廠で自分が納得できる魔道具を作るといいよ。きっとそれが戦術に役立つ。素材も好きに使ってくれ」


『はい。ありがとうございます。司令官は明日もお仕事ですか?』


「明日と明後日は休みだよ」


『でしたら、多少の朝寝坊も許されちゃいますね。どうかゆっくりお休みになってください』


「ありがとう。また明日、次のダンジョンの作戦会議をしよう」


『はい! おやすみなさいませ』


「おやすみ」


 アリシアは丁寧に辞儀をしてホームから去って行く。見計らったようにレディがテーブルに着いた。


「戦うための存在といえど、年端もいかぬ少女。もともと楽ではなかった戦いが険しくなり、彼女たちも不安になっているようですね」

「うーん、何か安心させてやれる方法はないんですかね……」

「そばにいてあげられないのが悔やまれますね。ですが、星さんのお声が聞こえると少し安心するようですね」

「そうですか? そうだといいんですが……。まあとにかく、アリシアのスキルを補助する魔道具を作りましょう。俺が寝てるあいだに素材採取に行ってもらってもいいんで」

「はい。では、そのように」


 アリシアには感知系のスキルが三種類ある。アリシアの索敵の精度を上げるには、その中の「索敵」を強化する必要があるだろう。

 アリシア自身の強化は危険だとモニカが言っていた。スキルを底上げする装備か魔道具を開発するのが最善だろう。


 戦闘少女たちが安心して戦える環境を揃えてやらなければならない。彼女たちの不安や心配が消えることはないだろう。それをいかに軽減してやるかは、司令官にかかっているのだ。


 彼女たちが話してくれないとその悩みに気付くことはできない。洞察力はもともと高くないが、それが悔しいことだった。





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