【再戦】幻惑と戦う攻略【ワンガル】#6[前編]

 仕事中、星は不測の事態が起こらないことを祈った。会社において不測の事態が起こるということは、定時に上がることができなくなるということだ。

 今日も早めに帰って「ゲシュタルトの塔」を攻略しなければならない。それから、レディにメールを教えなければならない。昨日のようなことが起こったとき、連絡がなければ星が気付かずに間に合わない可能性もある。メッセージのやり取りは重要だった。


 星が定時ダッシュを決めて帰宅すると、レディはまた台所に立っている。まだ料理の技術が未熟であるため、その日の夕食を作ることだけで精一杯のようだ。

 とは言え、星にとってありがたいkとであるのは変わらないため、余計菜口出しをする必要はないだろう。


 着替えを済ませた星は、誰かホーム画面に来ないだろうかと考えながらテーブルに着いた。レディが料理に取り掛かっているため、誰かに来てもらわないとメニューの操作ができない。ポニーの装備を作らなければならず、誰かにセットしてもらう必要がある。

 そう考えていたところで、モニカがホーム画面を覗き込んだ。


『司令官。お仕事、お疲れ様です』


「ありがとう。みんな、変わりないかな」


『はい。いつでも攻略に向かうことができます』


「そう。開発の操作をしてもらいたいんだけど、いいかな」


『はい。お任せください』


 モニカが「開発」のメニューを操作し、星の読み上げる素材をセットしていく。開発される装備を確認して、モニカが「開発」のボタンを押した。

 開発の工廠には、聖霊と呼ばれる妖精の一種がいるらしい。魔物とも違う存在で、戦闘少女の基地にのみ居ると言う。探査機を作るのも聖霊に任せることになる。


「どれくらいかかる?」


『五十分ほどですね。作戦会議をしているあいだに完了しそうですね』


「そうか。ありがとう。完成したら声をかけてくれ」


『はい。失礼します』


 モニカが画面から外れたところで、レディがテーブルに料理を並べ始めた。茶碗に盛られているのは冷凍した白米で、お椀に注がれているのはだいぶ茶色が濃い味噌汁らしき汁物。さらにウェルダンな焼き鮭だった。


「……いただきます」

「はい、どうぞ」


 レディがにこやかに見守る中、美味しそうな顔はできなかったが、せめてものお返しにと表情を崩さずに完食した。感想は言わないほうがいいだろう。


「アリシアとリトから、ゲシュタルトの塔の情報を聞きました」


 レディが情報をまとめた書類を手に取る。星が定時に上がるために必死で書類を片付けているあいだに会議をしてくれていたのだろう。


「ゲシュタルトの塔の主はマトゥイから変更はないようです。アリシアの索敵範囲外ではありましたが、魔力の気配からそう判断しても問題ないかと」

「そうですか。よかった。それなら、マトゥイに絞った装備に変えられそうですね」


 先日の作戦では、マトゥイから変化していた場合も想定した装備で挑んでいた。主がマトゥイであると確証があれば、専用の戦術を練っても問題ないだろう。


「星さん、なんだか顔色が悪いですね」


 レディが案ずるように言った。星は確かに疲労が溜まっているが、先ほどのこんがりした焼き鮭のせいではないかとも思う。できない料理を懸命に取り組んでくれている以上、そんなことは口が裂けても言えないが。


「もしかして、私の料理でお腹が痛いのですか?」

「いえ、ちょっと疲れてるだけです。ダンジョン攻略で気を張っているので」

「明日は司令業をお休みしてはいかがでしょう。戦闘少女たちも休息を取らせて、私が次のダンジョン攻略の情報をまとめます」

「うーん……次の土日にのんびりすれば大丈夫ですよ」

「そうですか? 無理はなさらないでください」

「ありがとうございます」


 ダンジョン攻略は気が抜けない。実況をすることで全体を見回しているつもりだが、ダンジョンが変化しているいま、どんな現象が起こるかわからない。戦闘少女たちを負傷させるわけにはいかない。神経が擦り減っているのは確かだろう。


 戦闘少女たちの装備を考えつつ、レディの淹れたお茶を飲んでいると、ホーム画面を何かが横切った。何が映ったのだろうかと星とレディがホーム画面を見遣ると、眩い笑顔のポニーが顔を覗かせる。


『司令官! レディ様! 新しい装備が完成しました!』


 ポニーは先ほど開発に依頼を出した防具と小具足を身に着けていた。

 装いが新しくなると見せたくなるのは、戦闘少女でも同じことのようだ。能力値が上がるのはもちろんのこと、一種のファッションなのかもしれない。


「よく似合ってるよ。これで思う存分、戦えるな」

「とっても素敵ですよ」


『へへ、ありがとうございます! 大事に使います!』

『ボクも新しい杖が欲しいな〜』


 のほほんとしたリトの声が画面外から聞こえる。羨ましがっているような口振りだが、言ってみただけ、という雰囲気にも感じられた。


「ダンジョンによってはリトの杖も新調する必要があるな」


『次はもう少し短いのがいいな〜。長いと振りづらいんだよねえ』


「覚えておくよ。それか、可能なら工廠に好みの長さをプリセット登録できないか?」


『おっ、ナイスなアイデアだね〜。あとでやっておくよ』

『リトの杖は魔法の精度を上げますからね。リトの魔法力を最大限に引き出す装備があるはずです!』


「うん。研究しておくよ」


『じゃあ、私たちは訓練場に行きますね! 作戦会議、よろしくお願いします!』


「ああ。頑張って」


 ポニーは辞儀をしてホーム画面から去って行く。すっかり元気を取り戻したようだ。


「星さん。今日はもうお休みになってください。マトゥイ戦のための装備は私が考えておきます」

「でも……」

「お疲れのまま無理をしても良い作戦は思い付きません。よく休んで万全で挑むことも、司令官のお仕事ですよ」

「わかりました。じゃあ、お言葉に甘えます」

「はい」


 主がマトゥイに絞ることができるなら、レディの知識でも充分に装備を組み立てることができるだろう。所有している装備はレディのほうが熟知しているはずだ。


 レディの言うようにレディの料理で顔色が悪くなっている可能性も否めないが、疲労を引き摺らないに越したことはないだろう。

 司令官となってから、こんな早い時間に寝室に行くのは久しぶりだ。休めるときに休むことが大事になってくるのかもしれない。




   ∴ ∴ ∴




 浅い眠りの中、鮮明な若草色が目に映った。すれ違った人物が何かを落としたことに気付いて、ふと顔を上げる。呼び止めた声に、落とし主が振り返る。そして、柔らかく微笑んだ。




   ∴ ∴ ∴




 目覚めは味噌の匂いとともに。実家を思い出すような鼻腔へのくすぐりだが、随分と匂いが強いように思う。


 味噌汁の味噌の量は調整が難しいよな、などと考えつつスーツに着替えてリビングに行くと、星に気付いたレディがこちらを振り返る。

 そのとき、視界で何かがチカッと瞬いた気がした。


「星さん、おはようございます」

「おはようございます」

「ぼんやりされてますが、まだ眠気が覚めませんか?」

「いや、そんなことないですよ。ちょっと考え事をしていただけです」

「そうですか? もうすぐ出来上がりますのでお待ちください」

「はい」


 女神の手料理と言うと、とてつもなく贅沢なように思える。例え焦げていようとも、少しばかりMPが回復するのではないかと考えてしまうほどだ。

 今日のレディの手料理は、炊き立てだが粘り気の強い白米と、明らかに味噌が多すぎる味噌汁。それから海苔のような薄切り肉。おそらく生姜焼きだろう。

 レディさんの手料理としてSNSに上げればそれでひとつのコンテンツになるだろう、と星は思った。


 この日の昼休み、主がマトゥイのままなら情報通りに戦うことができるだろう、とレディの資料を捲りながら考える。資料の束の最後に、次のダンジョンのまとめが添えられていた。


 次のダンジョンは「バルミューダの湖畔」だ。湖の周辺がダンジョン化しているものらしい。

 バルミューダと言うと大手家電メーカーと、バルミューダトライアングルが思い浮かぶ。前者ということはあり得ないだろうから、後者と何か関係があるのかもしれない。


(各所にワープポータルが存在し、それを利用する戦術も考えられる……。逆に罠となる可能性もある……か。それを上手く使えるかどうかだよな)


 それよりも今日のゲシュタルトの塔だ、と頭を切り替える。次のダンジョンのことを考えて今日を疎かにしてはいけない。


 定時に荷物をまとめる星の肩に、悪魔とも思える手が乗った。


「鷹野くん。今日は班で飲み会をするから、参加よろしくね」


 部署の上司だった。一昔前の言葉で言うと華の金曜日。飲みに出かける社員は多いだろう。しかし、星にそんな時間はない。


「すみません、大事な用があるので帰らなければなりません」

「世界を救わないといけないもんね、司令官」


 同じ班の女性社員がニヤニヤと笑いながら言う。同じ班の他の社員も小馬鹿にしたような笑みを浮かべている。星の配信はバズるとまではいかないが、少し話題になっていた。会社の同僚にバレていても不思議はないだろう。


「はい、そうです。なので飲みに行く時間はありません」


 ここぞとばかりにあっけらかんと頷いた星に、女性社員と別の社員が呆気に取られた。何か言い返すような反応を期待していたのかもしれない。他の社員にどう思われようが関係ない。


「世界が僕を待っているので失礼します」


 これ以上に呼び止められるわけにはいかない、と星は飛び出すように部署を離れ、一目散に退社する。

 会社の者にバレるのが恥ずかしくて配信業はできない。恥も外聞も捨て、例え親バレしようとやめる気はない。


 星が帰宅すると、レディが配信のための道具をセッティングしていた。テーブルには食事が並んでいる。どうやら効率の良い方法を編み出したようだ。さすが女神と言わざるを得ない。


「おかえりなさい。お仕事、お疲れ様でした」

「はい。準備してくれたんですね。よく覚えてましたね」

「ずっと見ていましたから。先にお着替えとお食事をどうぞ。戦闘少女たちは準備万端です」

「速攻で済ませます」

「喉に詰まらないようにしてくださいね」



[【再戦】幻惑と戦う攻略【ワンガル】#6]





「はい。お時間となりましたので始めていきましょう。華の金曜日、みなさまいかがお過ごしでしょうか。こんばんは、実況の月輔です。解説はお馴染み、案内女神レディさんです」

『こんばんは〜』



***

[こんばんは〜]

[ポニーちゃんは大丈夫なのか?]

[今度こそ勝とうぜ!]

[華金に相応しい勝利を頼む!]

[懐かしい単語だな]

***



「はい。ゲシュタルトの塔の前回のご説明を簡単に申し上げます。戦闘少女には幻惑は効果を発揮しません。ですが、幻惑の『魔法』自体が悪影響を及ぼしておりました。そのため、攻略を一旦、中止いたしました。本日はその対策をしていますので、どうぞご安心ください」


 ポニーへの悪影響は、悩みでいっぱいだった胸中の隙に付け込んだことが原因だった。だが、ポニーの気持ちまでここで話す必要はないだろう。



***

[そんなこともあるんだなあ]

[幻惑は効かないけど魔法は効くんだな]

[前回は緊急事態だったからポニーちゃんが気になってた]

[ポニーが元気ならそれでいい!]

***



「はい。では、今回の編成はこちらとなっております」


 レディが手のひらに液晶を表示する。編成画面が映し出された。


「前衛左前をアリシアちゃん、前衛右後ろをエーミィちゃん。中盤をモニカちゃん。後衛左前をポニーちゃん、前衛右後ろをリトちゃん、となりました。前回と同じ編成を選択してみましたがいかがでしょうか」

『最適な編成でしょう。攻略は三階からとなりますので、五階のマトゥイ戦まで温存しつつ急ぎたいところです」

「はい。アリシア、進んでくれ」



《 はい! 司令官! 》



***

[アリシアちゃーん!]

[今日も頑張れ〜]

[期待してるぞー!]

***



 多少なりとも話題になったため、視聴者の数は増えた。酷く荒れるようなことはないが、コメント欄も流れが早くなっていた。


 アリシアのドット絵が一階と二階を素早く通過し、三階への螺旋階段に到達する。



 ――【 魔法解除開始 】



「さあ、魔法解除が始まりました。幻惑の魔法などもはや敵ではない、といった様子ですね」

『はい。実際、それで間違いないでしょう。対策を取ってしまえばこちらのものです』



 ――【 魔法無効化成功:幻惑 】

 ――【 敵影アリ 】

 ――【 索敵開始 】



「流れるように進んでいきます。安定していますね」

『はい。もはやこのダンジョンに戦闘少女たちの敵はいない、と考えたくなりますね』



《 敵影確認! 前方に二体、後方に一体! 戦闘開始します! 》



「さあ、始まりました、第一戦。まずはポニー、リトが左右に大きく分かれます。そしてモニカの一閃! イエローバグズがあえなく真っ二つだ! アリシア、エーミィも一撃ずつでギミックバットを討伐! 戦闘少女たちの完全勝利です」

『見事な連携! 惚れ惚れしてしまいますね』



《 戦闘終了。お疲れ様でした 》



 リザルト画面でモニカが微笑む。

 星はステータスボードを確認した。特に問題はなさそうだ。



***

[いいぞー!]

[黄色い虫って気持ち悪いな]

[殺虫剤は効かなそうよな]

[変な液体が出そう]

[いや気持ちわる]

***




「アリシア、警戒しつつ進んでくれ」



《 はい! 司令官! 》



 戦闘少女たちは四階も難なく突破する。幻惑除けによって魔法に対する耐性を上げているため、安定した戦闘となった。

 コメント欄を荒らす視聴者を月輔サポーターは流しているが、彼らがあとで叩くようなことはないだろう。過激派が誕生しないことを祈るのみだ。


「見事な連携、安定の戦闘。安心して見ていられますね」

『はい。次のマトゥイ戦でもスムーズに勝利を収めたいですね』




 ーー後編へ続く


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