気が抜けない攻略【ワンガル】#3[前編]

 不思議な夢を見た。誰かを呼び止めている。

 その誰かがゆっくり振り返る瞬間、その顔を見ることなく夢は終わった。


 アラームを乱暴に止める。布団から出るのが辛い季節に差し掛かったが、星はのんびり寝ていられなかった。

 すぐにスーツに着替え、寝室を出る。リビングからはレディの話し声が聞こえた。彼女の前には液晶があり、戦闘少女と会議をしていたようだ。


「あら、おはようございます」

「おはようございます」


『あら? 司令官?』


 レディが星にも見えるように液晶を動かす。ホーム画面にいたのはエーミィだった。


「エーミィ、おはよう。よく休めたか?」


『ええ。休息は欠かせないもの。それより、他の冒険者から次のダンジョンの情報をかき集めておいたわ。感謝しなさい』


「ああ、ありがとう。冒険者がいるんだな」

「戦闘少女が攻略済みのダンジョンには、他の冒険者も立ち入りが許可されます。現在は攻略の実績がリセットされたため封鎖されていますが、戦闘少女の攻略後の情報を集めました」


『すべての冒険者があたしたちに協力的とは限らないけど、情報量としては充分と言えるわ』


「ありがとう。急いで作戦を練るよ」


『ふん、期待外れだったら司令官の座を退いてもらうわ。……期待してるとかじゃないから!』


「わかった、わかった」

「資料にまとめておきましたので、どうぞお手隙の際にご一読ください」

「ありがとうございます」


 レディの資料は綺麗な手書きの文字でまとめられている。そのうちパソコンの使い方を教えておいたほうがよさそうだ、と星は思った。


 今日は金曜日。土日は作戦会議に専念できるだろう。少しランクの高いダンジョンを攻略してもいいかもしれない。


「じゃあ、仕事に行ってきます」

「はい。お戻りになるまで、私は次のダンジョンに合わせた装備を組んでおきます」

「はい、お願いします」


 レディのまとめた資料は数枚ある。出勤中に目を通し、昼休みに戦闘少女たちのステータスをもとに作戦を練った。

 いつにも増して仕事を素早くこなす星を上司は評価してくれたが、星の目的はそれではない。とにかく早く家に帰らなければならないのだ。


 さっさと帰り支度をする星に、惣田が声をかけて来た。


「昨日の配信は盛り上がったな。無事に作戦を終えてホッとしちまったよ」

「それは俺も同じだな」

「今日も配信をするのか?」

「作戦が決まったらすると思うよ」

「楽しみにしてるよ。本当は飲みに誘おうと思ったんだがな」

「悪いな。しばらくは付き合えないよ」

「ああ。ぜんぶ終わるまで付き合いが悪くなると思っておくよ」


 惣田はあっけらかんと笑う。細かいことを気にしない性格に助けられることもあるのは確かだ。


「あ、惣田。探査するための機械を作れる人に当てはないか?」

「ダンジョンの探査に使うってことか?」

「ああ。ダンジョンの構造が変わっていても、戦闘少女は探査に入れない。無機物で調査する必要があるんだ」

「そうか……。わかった。知り合いを当たってみるよ」

「ありがとう、助かるよ。じゃあ、お疲れ」

「お疲れ。頑張れよ、司令官」


 激励するように肩を叩く惣田に苦笑しつつ、星は上司に捕まるのはまずいと思い素早く退社した。星の上司はとにかく話が長い。そして星には関係ない。時間を浪費している暇はないのだ。


 退勤中の電車内、星はレディの資料にまた目を通した。自分の戦術が完璧に通用するとは思えないが、少しでも役に立てばいい。司令官として、戦闘少女たちを正しく導かなければならない。責任は重大だ。


 運動不足の星がようやく帰宅すると、昨夜と同じようにレディが微笑んで出迎えた。いまはホーム画面には誰もいないようだ。


「いくつかの戦術をまとめておきました。見てみてください」

「はい、承知しました」


 寝室でスーツから生配信用の部屋着に着替えつつ、明日は洗濯を回さなければならないことに気付く。

 仕事はさっさと終わらせたいから精力的にこなしているが、私生活が崩れて体調に影響しては指揮を執れなくなる。上手く調整する必要がありそうだ。


 星がリビングに戻ると、真剣な表情で書類を眺めていたレディが顔を上げる。


「星さん、ツーハンを教えていただけませんか?」

「通販?」

「はい。私はこの部屋から出られません。ツーハンがあれば、星さんに食事をご用意することができるのではありませんか?」

「あ、なるほど……。俺の食事の心配をしてくれてたんですね」

「私にできるせめてものお礼です」

「ありがとうございます。じゃあ明日、パソコンとプリンターの使い方と一緒に説明しますね」

「はい」


 レディと作戦会議をしながら配信のための機材を用意する。今回のダンジョンはすんなり攻略できるといいのだが。






[気が抜けない攻略【ワンガル】#3]






「はい。お時間となりました。こんばんは、実況の月輔です。解説は案内女神レディさんです。レディさん、よろしくお願いします」

『よろしくお願いします』



***

[こんばんは〜!]

[今日はどんなダンジョンかな]

[戦闘少女たちもこんばんは!]

[今日も頑張って〜]

***



「はい。今回は初級ダンジョン『風香の迷宮』をご紹介します。レディさん、風香の迷宮はどういったダンジョンでしょうか」

『はい。風香の迷宮は幻惑の魔法がかけられています。戦闘少女の役目は、各所に設置されている魔法の根源である魔石を破壊することです』


 レディが液晶を表示する。マップ上に赤い魔石のマークが六箇所で点滅した。このダンジョンでは魔石から魔石に移動して行く。


『戦闘少女が幻惑の魔法にかかることはありません。戦闘少女が魔石を破壊することにより、他の冒険者が素材採取などに入ることが可能になります』



***

[今回は洞窟の中かな?]

[魔石を破壊しつつの戦闘ってことかな]

[これは編成が物を言うな]

[どっちも気を付けないといけないのか〜]

[でも魔石は破壊するだけでいいんでしょ?]

[魔石は特殊な方法で破壊するのかな?]

***



「レディさん、魔石を破壊する方法のご説明をお願いします」

『はい。魔石を破壊するには、魔法を三回、斬撃を二回ほど与える必要があります。アリシアちゃんとエーミィちゃん、ポニーちゃんを戦闘、リトちゃんとモニカちゃんを魔石に対応させる必要があります』

「ポニーちゃんを中盤に配置する必要がありそうですね」



***

[前回とは編成が違うんだ]

[ポニーちゃんを戦闘に出すの怖いな〜]

[遠距離攻撃を中盤か……]

[ポニーちゃんが攻撃を受けてもある程度は耐えられるのかな]

[魔物もアリシアちゃんとエーミィちゃんを躱せないでしょ]

***



「では、今回の編成はこちらです」


 レディが液晶に編成画面を映し出す。今回は時間短縮のため、あらかじめ編成を済ませている。


「前衛左前にアリシアちゃん、前衛右後ろにエーミィちゃん。中盤はポニーちゃんとなります。後衛左前にリトちゃん、後衛右後ろにモニカちゃんを配置しました」

『中盤のポニーちゃんを前後で守りつつ、モニカちゃんがリトちゃんを守れる堅実な配置です。モニカちゃんを最後尾に配置することで、不測の事態にも対応できるでしょう』



***

[今回は編成ボイスはなしか〜]

[モニカちゃんが最優秀では?]

[不測の事態がないといいんだけど]

[みんな頑張れ〜]

***



 レディが映像を切り替え、マップの入り口で足踏みするドット絵のアリシアが映し出される。


『魔石のそばには魔物が寄って来るとされています。各地で戦闘があると思っておいたほうが確実でしょう』

「はい。それでは1マス目に行ってみましょう」


 マイクのスイッチは、切り忘れ防止のためにオンとオフに差のあるボタンを選んだ。誤ってオンのまま実況してしまえば、戦闘少女たちは戦闘に集中できなくなるだろう。


「アリシア、ひとつ先へ」



《 はい! 司令官! 》



***

[今日も元気だ!]

[可愛いぞアリシア!]

[頑張れ〜!]

***



 アリシアのドット絵が、一個目の魔石に進む。



 ――【 敵影アリ 】

 ――【 魔石感知 】



「さあ、魔石が感知されたということは、このマスの魔石は機能しているようですね」

『戦闘少女たちは耐性がありますので幻影の魔法にかかることはありません。ダンジョンが変化していたとしても、彼女たちの耐性を越えることはないでしょう』



 ――【 索敵開始 】



「さて、始まりました、第一戦。魔石からどの位置に魔物が出現するかによって最適な戦術を選択することが求められそうです。今回も基本的にはオート、前回のように不測の事態に陥った場合はともに戦術を練る方式でいきましょう」



***

[無事に作戦終了してくれ!]

[月輔しっかりやれよ〜]

[俺たちもついてるぞ〜!]

***



《 敵影確認! 前方、魔石より東に一体! 戦闘開始します! 》



「さあ、魔物へ向かって駆け出すアリシアとエーミィ。魔石へ向かうはリト、モニカ。ポニーは中盤で前後に警戒を張り巡らせます。リトが魔石に光魔法シャイニングを撃ち込む頃には、前方のギミックバットはショットガンの餌食となりました」

『アリシアちゃんの速攻が活きていますね』

「残すは魔石の破壊のみ。モニカの斬撃に続いてリトの氷魔法フリージングが叩き込まれます。そしてモニカの一撃、リトの風魔法エアショットにて魔石は砕け散りました。戦闘少女たちの完全勝利であります」



《 戦闘終了〜。おつかれ〜 》



 リザルト画面はリトが務め、魔石破壊の実績は『1』となった。



***

[余裕だね〜]

[魔石が砕けるの綺麗だったなー]

[リトちゃん可愛いな]

[このまま行ってほしい〜]

***



「アリシア、警戒しつつ次へ進んでくれ」



《 はい! 司令官! 》



「さあ、安定した勝利となりましたね」

『はい。解説の隙すらなかったですね。アップランクの魔物が出るまで、体力と武器の耐久度を温存しておきたいところです』


 2マス目、3マス目、4マス目は同様に安定した戦闘となり、情報との差異が生じることはなかった。速攻で仕留める戦闘少女たちに、視聴者も落ち着いて観戦することができていた。それでも星とレディは、いつ情報と違う状況が顔を出すか警戒し、緊張感とともに実況解説を続けた。


「さあ、第五戦、敵影アリとなりました。アリシアちゃんの索敵が始まります」



 ――【 索敵開始 】



***

[ここから敵が強くなるのかな]

[ずっと雑魚敵であってくれ!]

[主はどんなやつなんだろ]

***



《 敵影確認! 前方、魔石より西に二体! 戦闘開始します! 》



 アリシアとエーミィは魔物へ向かい、リトとモニカが魔石へ向かう。ポニーは矢を番えたまま警戒を続ける。各々の役割に全力を注いでいた。


「アリシアがアルミラージ激しく銃弾を浴びせ、エーミィはグールを真っ二つ! 魔石破壊はリトの三撃目となりました。あとは一発ずつを残すのみで――」


 そこで星は、コメント欄に目が吸い寄せられた。



***

[ポニーちゃん後ろー!]

***



 素早く画面を見上げ、乱暴にマイクのスイッチを入れる。


「ポニー! 後ろだ!」


 背後に視線を遣った瞬間、ポニーは身を翻して鋭い一矢を放った。それと同時にアリシアが援護射撃のトリガーを引く。ポニーの背中を狙っていたコボルトが、呆気なく地に倒れ込んだ。魔石も砕け散り、戦闘終了となった。



《 ありがとうございます、司令官! 助かりました! 》



 ポニーが明るく笑う。他の四人も無事のようだ。


「俺の功績じゃないけど、無事でよかったよ。みんな、そこで待機していてくれ。魔物が現れたら任せる」



《 かしこまりました! 》



 マイクのスイッチを切ると、星はひとつ息をつく。


「えー……TSさん。ありがとうございます。おかげで助かりました」



***

[動体視力とタイピング鍛えててよかった〜]

[ナイスアシスト!]

[全然気付かなかった]

[急に出て来なかった?]

[月輔しっかりしろー!]

***



「さて、司令官として恥ずべき失態です。誠に申し訳ありません。しかし、アリシアちゃんの索敵を掻い潜られた、ということになりますね」

『はい。コボルトは中級の魔物。いままで最上級の魔物でもアリシアちゃんの索敵を逃れた魔物はいません。姿を消し、私たちの目に映らなかったとしても、魔物の気配に戦闘少女たちが気付かないはずがありません。考えられるのは、あの地点をピンポイントに狙い転移して来た、ということですが……コボルトにそれほどの能力があるとは思えません』


 レディは厳しく眉をひそめる。その表情だけで、異例の事態だということが明白だった。


「と、なると……考えられるのは、誰かが差し向けた、ということですね」

『そうですね。ですが、このダンジョンの主はオーク。それほど器用に魔法を操れるとは想定しにくいです。であれば、主が変化している可能性が高い、ということになります』


 星はひとつ頷き、マイクのスイッチを入れる。


「アリシア。次の地点に進み、魔物の気配を感じたところで止まって待機してくれ」



《 かしこまりました! 》



 アリシアの微笑みがほんの少しだけ崩れている。自分の索敵を逃れた魔物の出現に、責任を感じているように見えた。



***

[悲しそう……]

[アリシアちゃんのせいじゃないのにな〜]

[こんなに変化するもんなの?]

[ダンジョンの変化を探査する方法はないのかな〜]

[一旦帰還したほうがよくない?]

***



「さて、ピンポイントに地点を狙って転移魔法を使うとなると、アップランクの魔物を疑わざるを得ないですね」

『はい。高度な魔法という点で考えると、この地方に存在するアップランクの魔物は五種。その中でも、幻惑という点で有力なのはセイレーンかと思われます。次点でアルラウネでしょうか』


 星は魔物図鑑を開く。セイレーンは、魅了の歌で船乗りを惑わすという逸話のある中位の魔物だ。ワンガルの世界では魔法攻撃を警戒するべき魔物で、セイレーンとの戦闘となれば、中盤にポニーがいるのは少々不安だ。


 マップを見ると、アリシアは6マス目に差し掛かったところだ。


「アリシア、また詳細な索敵をしてもらえるか?」



《 お任せください! 》


 ――【 索敵開始 】



「はい。魔法戦となることは確かですので、戦術を練りましょう。魔法は広範囲となり、中盤のポニーちゃんまで攻撃が及ぶことになります。が、魔法戦でリトちゃんを結界魔法に専念させることはできませんね」

『はい。リトちゃんには他の少女のサポートをしてもらう必要がありますから。加えて、魔法攻撃を主力としている魔物は、魔法により攻撃耐性を上げています。下手を打てば消耗戦となるでしょう』



《 司令官! よろしいでしょうか! 》



「ポニー。どうした?」



《 私に特異攻撃を使わせてください! そうすれば、私はエネルギーの充填に専念して、魔法攻撃の回避に集中できます。多少の被弾は覚悟の上です! 他のみんなには、攻撃に専念させてください! 》



「なるほど……。アリシアはもう少しかかりそうか?」



《 そうですね……80%ほどでしょうか 》



「わかった。その方向で戦術を練るよ」



《 はい! よろしくお願いします! 》



***

[ポニーちゃん天才]

[ええ子や……]

[ポニーちゃんの特異攻撃!]

[みんな無事で帰還してくれー!]

***



「さて、レディさん、いかがでしょう」

『ポニーちゃんの速力は高くありませんが、決して低くありません。ある程度の魔法なら、自力で回避することができるでしょう。回避できない際にリトちゃんがサポートすれば、負担は少なくて済むと思われます。他の三人が攻撃で耐性を削れば、ポニーちゃんの特異攻撃で撃破は可能でしょう』

「はい。戦闘少女たちの意見も聞いてみましょう」



《 司令官、索敵完了しました。主の種類はセイレーン。育成具合は中程度と思われます 》



「わかった。みんな、聞いてくれ。ポニーを特異攻撃の発動に専念させ、アリシア、エーミィ、モニカは攻撃に回ってもらう。リトは必要なときにサポートを。どうだ?」



《 問題ありません 》



 モニカが答える。



《 必要であれば、私もエーミィちゃんもサポートに回れます。エーミィちゃんにはルーンアックス、私にはこの脚がありますから 》

《 私も全力で頑張ります! 》



***

[さすモニ]

[自信がなくては言えないセリフだ……]

[信頼関係が素敵]

[ポニーちゃん頑張れ〜!]

***



「よし、じゃあそれで行こう。先に進んでくれ」



《 はい! 司令官! 》






 ーー後編へ続くーー


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る