気が抜けない攻略【ワンガル】#3[後編]

 アリシアが最後のマスに向かう。星は小さく息をつきつつ、魔物図鑑を開いた。セイレーンは魔物の中では中位セカンドクラスであるが、魔法に特化した魔物の魔法攻撃の脅威は侮れない。


「さて。セイレーン戦となりましたが、セイレーンが防御力の低いポニーちゃんを狙うと想定すると、アリシアちゃんとエーミィちゃんは攻撃に専念し、モニカちゃんが攻撃およびポニーちゃんのサポート、リトちゃんがポニーちゃんのサポートとタイミングを見て攻撃、といった戦術が取れますね」

『はい。彼女たちにはそれが可能でしょう。ポニーちゃんがエネルギーを貯めるまでのあいだ、攻撃の三人がどれほどセイレーンの耐性を削れるか、というところが焦点となります』

「幸いなことに、アリシアちゃんのホルダーには『魔弾』が入っています。セイレーンには効果的な一撃を与えられるでしょう」



《 あの……司令官…… 》



「ん? ……あっ!?」


 マイクスタンドに手を伸ばした星は、思わず声が裏返った。

 マイクのスイッチが、オンになっている。

 ここまでの会話をすべて、戦闘少女たちに聞かれていたということだ。



《 司令官はレディ様とお話しされている時は、私たちのことをちゃん付けで呼んでくださっているのですね 》

《 可愛いとこあるじゃない 》



「いや……うん、まあ……気にしないでくれ」



《 ふふ。親しみが込められているような気がして嬉しいです。魔弾も活用しますね 》



「ああ、期待してるよ」



***

[恥ずかしいやつー]

[月輔の天然が久々に出たな]

[アリシアちゃんかわよ……]

[好感度アップ狙いかな?]

***



 戦闘中の実況でなくてよかった、とそんなことを考えつつ、今度はスイッチがオフになっていることをしっかり確認して姿勢を直した。


 カメラが戦闘少女たちの背中を映し出す。その横顔は強い意志を湛え、眼前に待ち受けるセイレーンに怯む様子はなかった。

 五人は素早い動きで扇状に広がり、それぞれの武器を取った。


「さあ、始まりました、セイレーン戦。セイレーンの戦闘スタイルは魔法。幻惑の魔法は戦闘少女には効果がありません。攻撃魔法をいかに躱せるかにかかっています」

『先ほどの転移魔法の件もあります。慎重に見守りましょう』



***

[みんな頑張れー!]

[絶対に勝てる!]

[ポニーちゃん頑張れ!]

[ご飯が喉を通らない]

***



「さあ開幕はアリシア・モーメント! 弾丸に気を取られたセイレーンをエーミィが狙います。畳み掛けるリト・ワイズマン! ポニーはエネルギーの充填に集中しているようです」

『安定していますね。良い調子です』

「セイレーンの魔法攻撃をポニーは華麗に躱す! 軽やかな足取りです。モニカの鋭い切っ先がセイレーンを狙うも、セイレーンは防壁魔法で応戦! その隙を見逃さないアリシア・モーメント! 魔弾は効果が抜群だ!」



***

[ドキドキする……]

[負けるなー!]

[いいぞアリシアちゃーん!]

[これはいい勝負]

***



「リトの激しい雷攻撃はセイレーンの防壁に弾かれる! 防壁魔法が切れたその瞬間を狙っていたエーミィ・ポンド! 小柄な体に大きな斧! 重力の存在を疑いたくなります」

『とっても素敵です!』

「おーっと、セイレーンの毒の雨! 広範囲に及びポニーは避けることができない! もちろん見逃さないリト・ワイズマン! 踊るようにポニーを守ります」



***

[エーミィ! エーミィ!]

[美しい友情だ]

[リトちゃんが真剣な表情だ!]

[ポニーちゃん頑張れー!]

***



「一瞬の隙も見逃さないモニカ・ソードマン! 自信の脚でセイレーンに魔法を使う暇を与えません!」

『魔法の発動を防げるのはこの子しかいません!』



***

[身体能力の高い眼鏡っ子たまらんな]

[あの細い脚であの脚力とは]

[さすモニ]

***



「アリシアの魔弾が炸裂! 畳み掛けるエーミィ! そしてモニカの鋭い斬撃に、セイレーンがよろめく!」

『これは好機です! ポニーちゃん、頑張って!』



***

[行けー! ポニー!]

[やれー!]

[お前ならできる!]

[頼む! 倒してくれ!]

***



「さあ、ポニーが矢を番えた! 淡い藤色の光が彼女を包み込む。背筋の伸びた美しい姿勢で弓を構えた!」



《 どんな敵であろうと負けません! 》



「ポニーの特異攻撃――」



《 一番星の征矢アストラ・アロー! 》



「炸裂だぁー! 流星の如く放たれた矢がセイレーンを貫いた! セイレーンは地に倒れ、起き上がる様子はない。戦闘少女たちの大勝利です!」

『やりましたね! みんな、花丸です!』



《 へへっ、張り切りすぎちゃいましたね! 》



 明るく笑ったポニーの表情は、達成感と安堵で輝いていた。



***

[いいぞポニー!]

[よくやった! お疲れ様!]

[可愛いぞポニー!]

[お前が一番だよー!]

***



 レディが手のひらを向けるので、星はいまだ慣れず遠慮しながらハイタッチに応じた。レディの微笑みは安堵が溢れていた。



***

[ハイタッチいただきましたー!]

[月輔なに照れてんだよ]

[こんな美女のおててに触れられるなんて羨ましい]

[レディさんの手、温かそうだなー]

***



「みんな、お疲れ様! よく頑張ったな!」


 星の賞賛に、ポニーが拳を握り締める。



《 ありがとうございます! 司令官のおかげです! 》



「他のみんなは大丈夫か?」


 星が問いかけると、アリシアが頷いた。



《 はい、問題ありません。魔石の破壊も完了しています 》



「わかった。じゃあ、速やかに帰還してくれ」



《 はい! 作戦終了します! 》



***

[作戦終了〜!]

[作戦終了! お疲れ様!]

[気を付けて帰ってね!]

[みんな花丸!]

***



「さあ、ポニーちゃんの大活躍でしたね!」

『はい。とっても誇らしいです』

「今回は個々の能力が伸び伸びと活きた印象です」

『そうですね。アリシアちゃんの機動力、エーミィちゃんの攻撃力、モニカちゃんの速力、リトちゃんの瞬発力、ポニーちゃんの精神力。すべての能力が遺憾なく発揮されましたね』

「はい。ダンジョンの変化については、慎重に進めていきましょう。それでは、今回の配信はこの辺で。みなさん、コメントありがとうございました。また次回にお会いしましょう。おやすみなさーい」

『おやすみなさ〜い』



***

[おやすみ〜!]

[おつ]

[ポニーちゃん活躍回だったなー]

[みんなお疲れ様ー!]

[MVPはTSさんだな]

***



 収録を停止して、星は大きく息を吐く。二度目のダンジョンで二度目のイレギュラーが起こるとは思っていなかった。この先の攻略はより慎重になる必要がありそうだ。



「あー……よかったー……」

「お疲れ様でした。無事に終わってよかったです」

「そうですね。探査ロボについては、友人に話をしておきました。顔が広いやつなので、何か当てができるかもしれません」

「まあ! ありがとうございます。心強いご友人ですね」

「うーん……まあ、頼りにはなるかもしれませんね」


 今日も全身が汗だくだ。安心したらお腹も空いてきた。戦闘少女たちの帰還を待つあいだ、風呂を沸かしておこうと席を立つ。食事は冷凍庫を漁れば冷凍した白米があるはずだ。


『司令官! レディ様! ただいま帰還いたしました!』


 風呂場から出た星の耳に、元気なアリシアの声が聞こえた。


「アリシア、お疲れ様。修復は済んだか?」


『はい! 今日も見事な采配でした!』


「いや、ポニーが言ってくれなければ思いつかなかったかもしれない。いつもみんなに助けられているよ」


『へへ、照れちゃいますね』


 画面外からポニーの声がした。横で聞いていたようだ。


「ポニー、今日はよく頑張ってくれたな」

「花丸です」


『いや〜、えへへ。無事に終わってよかったです!』


「今日はよく休んでくれ。また明日、攻略について会議をしよう」


『はい! 司令官もよくお休みになってください』

『おふたりもお疲れ様でした!』


「お疲れ様」


 そのとき、星のスマホが鳴る。少女たちをレディに任せスマホの画面を見ると、惣田から電話がかかってきていた。


「はい」


『鷹野、配信お疲れ。今日は危なかったな』


「そうだな。それで、どうした?」


『探査機を作る件だが、ワンガルの世界に、この世界と同じ素材があるかどうかはわからないよな?』


「ああ……そういえば、そうだな」


『まずは探査機を作れる当てを探っているんだが、それに合わせて素材を成分で解析できる人を当たろうと思う。同じ成分の素材があれば、向こうでも作れるだろ?』


「ああ、なるほど。そうだな」


『だがそれには時間がかかる。少女たちは持ち堪えられるだろうか』


「それは……俺次第、になるのかな。俺とレディさんで戦略を練る。それがどこまで通用するか、だな」


『そうだな。俺もできる限り急ぐよ』


「ああ、頼む。……わかった。お疲れ」


 電話を切ると、レディと戦闘少女は会議をしている。ちょうど席を立てたということで、風呂に入ろうと寝間着を取りに行った。

 戦闘少女たちのおかげで切り抜けることができたが、この先のダンジョンも変化していると考えておいたほうがいいだろう。土日はその課題に取り組むことになりそうだ。


 戦闘少女たちの世界の存続。その責任が自分にあると改めて自覚すると、とてつもなく重い使命だった。






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