第3話 保安省設立

西暦2025年9月14日 日本国東京都内


 転移から一ヶ月が経ち、日本国内ではその影響が色濃く出ていた。幹線道路からは自動車がほぼ消滅し、コンビニエンスストアの棚は全くの空白と化している。外が全くの静寂に包まれている中、メディアは一種の大騒ぎとなっていた。


「な、何をするんだ!離せ!」


 転移直後から政府の対応について否定的な批評を行っていたワイドショーの撮影が行われていたスタジオに、数人の完全武装した警察官が突入。司会やコメンテーターをいきなり捕らえ、連行し始める。テレビ画面に映し出された異様な光景に、多くの視聴者は啞然とする中、公共放送のニュース番組やネットニュースでは事の詳細が報道されていた。


『本日、ワイドショー番組の司会者を務めていたリポーターの松原隆氏と、評論家の中野佐智子氏を、社会騒乱罪の容疑で逮捕しました。特に中野佐智子容疑者は、以前よりその言動がSNSで物議を醸しており…』


「大分、攻めてきたな。この機に『アカ狩り』を進めておこうというつもりか」


 内閣府の置かれる中央合同庁舎の第8号館。その一室にて大石は目前の男に尋ねる。50代初めの風貌をした彼は、特に悪びれる様子もなく答える。


「ええ。どのみち彼らは今後の政府、並びに社会にとって悪しき要因となりましょう。これまで『正義の味方』である様に振舞って、多くに苦痛をもたらしてきた報いというものです」


 彼、林英輔はやし えいすけ国家公安委員長はその名の通り国家公安委員会の長であり、世界中の諜報機関の間では中々のやり手だと噂されている。その彼が今行っているのは、『警察の大規模な改革』と『メディア・学術界の整理』であった。


 国家として一致団結して国難に当たらなければならない現状、社会にいらぬ混乱を生み出すだけのリベラリストやフェミニストは、露骨にも政府の金銭的な援助を団体規模で堂々と求めてきており、化けの皮が剝がれていた。そして公安と警察の一部は、それを擁護するメディアのシンパ共々一網打尽にしようとしていた。


 また、警察そのものも社会治安の守護者として作り変える必要性が急浮上し、当面は現行の組織で取り締まりを行っているが、警視庁と機動隊ではすでに首のすげ替えが始められていた。


「これまではグローバリズムへの理解を態度で示すために、外国人居留者に対して寛大な態度で接してきました。国内より『外国人びいき』の罵声を浴びながらです。しかし今は違います。過疎化が進む地域にて『労働力』として厳重に管理する…民主主義も人権も自治のために必要最低限残す形で、です。生意気にも社会を占領しようと欲張るから衝突が絶えないのです」


「あくまで日本社会そのものを生かすため、か…地球に帰ったら、貴様は重罪人だな」


「それも法廷の場に連れ出されるまで生きていれば、の話です。法で正当な裁きを受ける権利は生者の特権でもありますので」


 林の歯に衣着せぬ物言いに、大石は深くため息をつく。だが現状、この国でまともに動けるのはこういった平時では脅威的になる人物なのだ。大石としても彼を推薦してきた立憲正治会にポーズをとる必要があった。


「それはそうとして…今後、テレビはしばし静かに…いや、別の意味で賑やかになるでしょうな。名だたるニュース番組やワイドショーで政府を貶すだけのカナリアが狩り取られ、アニメ番組の再放送なり往年のバラエティ番組の再放送なりで食い扶持を凌ぐ事となるでしょう。息子と甥がそういったもののファンでしてな」


 林はそう言いつつ、その場を退室していく。そして大石は手を組みながら、静かに目を閉じた。彼曰く、批判的な言動をしていても中国や朝鮮系の工作員と手を組んでいる可能性の低い者は敢えて見逃しているというが、報道の自由に対する侵害行為だと過剰反応を見せる者が続出するのは明白だろう。


「…メディアが政治団体と手を組んで猛反発してくるのは必至。だが…世論をも味方につけるには、彼らは騒ぎ過ぎた。それを自業自得と評するほかないだろうな」


・・・


9月21日 日本国東京都


 その日、中央合同庁舎第2号館にて、新たな機関が設立された。


 『国家保安対策臨時委員会』と名付けられたそれは、林委員長をトップとし、悪化した治安問題へ後手の対応を強いられている警察の改革と指導を主な業務としている。また機動隊や自衛隊の警務隊から選抜した者達で実働部隊を編制。政治思想の左右に関係無く社会に問題をもたらすとされた不穏分子の捜査と摘発を行って行った。


 そうして国内において実績を積み上げていった国家保安対策臨時委員会は、幾つもの議論を経て警察庁、国家公安委員会、海上保安庁を呑み込み、翌年に『保安省』という一つの巨大な組織へ成長する事となるのである。

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