第4話 復興は一日にしてならず

西暦2025(令和7)年11月15日 パルトーギア王国北東部 港湾都市カーブラ


 日本とその周辺地域が異世界に転移して3ヶ月、カーブラ港湾付近の浜辺には数隻の艦艇の姿があった。


「車両積み込み、完了しました!」


「よし、曳船の指示に従いつつ離岸する」


 海上輸送艦「おおすみ」の艦橋にて艦長の野田のだ一等海佐は指示を出し、満載排水量14000トンの巨体はタグボートの支援を受けて、フロートを用いて設置された埠頭から離れていく。


 RORO船や自衛隊の輸送艦を用いて、先進揚陸支援システムでトラックやトラクターをパルトーギアに輸出し、農作物や鉱物資源を荷台に載せたトラックを迎え入れて日本へ運ぶ『貿易』を始めること2ヶ月。港湾設備の建設は進んでいるものの、建設資材の多くは国外から輸入して確保していたために、本土での交通インフラをいくつか放置していてもなお完成までには3ヶ月以上はかかると試算されていた。


 パルトーギア側も魔法を用いた建築技術で支援しても思ったほどの短縮にはならない事を理解しているため、日本は苦肉の策を取るしかなかった。その『答え』は今、整備中の港湾部を見れば一目瞭然だった。


「…しかし、『労働力』を輸出するとは…確かに我が国の人口は1億以上あるとはいえ、何とも無碍な…」


 「おおすみ」艦橋にて艦長が渋い表情で呟く中、副長は首を振りながら話に応じる。


「しょうがないですよ。本土の農業や生産業は『難民』の受け入れ皿となりつつありますし、失業率も30パーセントを余裕で超えています。予算が吹き飛んだ国外資産の補填で必死になっている状況、我ら自衛隊も猟師と運送屋の真似事で稼がないと存在意義を失いかねませんよ」


 数百万もの失業者に必要最低限の衣食住を与えるために、カーブラやリスビアといったパルトーギア各地でのインフラ整備事業という働き手を与え、数少ない化石燃料を節約するために手作業で工事を担わせるという、余りにも前時代的すぎる手法に、苛烈な批判が飛んだのは間違いない。しかし批判を材料に政府を貶める悪言を生み出す者は悉く獄中に繋がれ、労役に処されている。それも手を抜いたら自分達の生活に悪影響が直撃する類のものであるため、『効率的な生産』が行われているという。


 そして自衛隊に在日米軍もまた、パルトーギアにて『実績』を積み上げ始めていた。この世界にはワイバーンの様な生物がごまんといる。当然ながら現地社会に被害を及ぼす危険な生物もおり、それの駆除依頼を任務として受けていた。


 潜水艦を永遠に海底へ沈めるための短魚雷は、漁村に損害を与える大海蛇ヒドラの駆除に使われ、機関銃は狂暴な魔物の撃破で大活躍を見せている。装甲車も鎧を紙細工の様に切り裂く牙や爪に耐えつつ、機関砲で容易く返り討ちにする事が出来る有望な装備として需要が生まれ、転移で海外市場を喪失した住友重工業や小松製作所は防衛産業への復帰を目指し始めているという。だが今から数年の間は日本製鋼所が機関銃と装甲車のシェアを独占している事だろう。


「普通、『異世界転移しても我が国は高度な技術力と経済力で一躍トップに躍り出る』、と考える人は多いでしょうが、我が国にはそれを成し得るだけの地下資源も生産拠点もありませんからね。アメリカぐらいですよ、その手の御都合主義をリアルで出来るのは」


「悲しい事だな…」


 二人はそう話しながら、静かに離れゆくカーブラの街並みを見つめるのだった。


・・・


11月17日 ナロピア王国南西部 港湾都市サウスゲート


 パルトーギア王国と通商関係にあるナロピア王国、その港湾都市サウスゲートのある建物にて、二人の男が面会していた。


「つまり、我が国と有効的な関係になりたい、と?」


 日本国政府外務省より大使としてナロピアに派遣されている夏目なつめ大使の問いに対し、目前の人物は頷く。彼は『西方世界圏』から来た者だそうで、日本国に対して接触を試みてきたという。


「その通りです。我が国は遥か遠くにありますが、この東方世界圏にある国々とも貿易を行っております。そして近年、優秀な機械を輸出していると『世界魔導逓信社』で話題になっている貴国へ接触を試みた次第です」


 金髪の男はそう言いながら、夏目に視線を送る。この世界で広範囲にわたる情報ネットワークを用いてメディアで稼ぐ大企業の名に、夏目は納得した。


「我が国、『ラーム連邦』は科学技術によって栄える国。もし我が国と友好的な関係になれば、ともによりよき未来を得られる筈です。損のない話だと思いませんか?」


 金髪の男の言葉に、夏目は目を細める。だが相手は服装やらこの場の調度品で『証明』しており、断るのも難しかった。


「…であれば、貴国より使者を我が国に派遣して頂きたい。こればかりは私の一存のみで決められる事ではありませんので」


「分かっておりますよ、ナツメ殿。是非とも、貴国とよい関係を築き上げたいものです」


 金髪の男はそう言って、夏目と握手を交わすのだった。そしてこの出来事を機に、日本はより深くこの世界と関わっていく事となる。

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