第2話 国交樹立

西暦2025(令和7)年8月21日 新潟県秋葉区


 北陸地域にある新潟は中心部、新潟市。そこでは現在、大規模な再開発が開始されようとしていた。


「2週間前より、過去の地震を彷彿とさせる異常事態が続いていたから早期に住民を避難させてはいたものの…ここまでに至るとは…」


 田畑全域を見渡す事の出来る場所で、市長は呟く。その視線の先には、雨が降っていないにも関わらず茶色の水に浸された光景があった。


 ここが新潟市の一部ではなく、かつて新津にいつという一つの独立した市だった頃、ここには油田があった。日本では主に秋田県を中心に石油の採掘が行われているが、その量は日本で消費される石油の総量の僅か0.3パーセントにすぎない。この新津も29年前を最後に採掘が終了し、設備の一部は観光産業として再利用されているに過ぎなかった。


 だが、『転移』と称される異常事態と、その直後から始まった新潟・富山・石川各県での石油噴出はその状況を一変させた。石油の輸入元が消滅した事を受けて政府は、この地帯を石油供給地点として整備する事を決定。この地で農家として慎ましい暮らしを送っていた者達からは不満の声が上がったが、そもそもトラクターやコンバインといった稲作に用いられる機械の動力は化石燃料であるし、農作物を市場へ運ぶのに用いられるのは自動車である。それらが全て使えなくなるデメリットを尽きつけられれば、不満も言えなくなるのは当然だった。


「学者の見解では、恐らく転移によって石油を多量に含むプレートの真上に位置したためにこうなったと見られるそうです。政府は過剰に噴き出た石油は全て回収し、何とか再利用する方針です。どのみち今溢れているもの全て回収しないと、採掘設備すら建てる事が出来ませんからね」


 職員の説明を聞き、市長は大きなため息を立てた。そして場所は大きく離れて、長崎県は長崎市に属する無人島の端島。『軍艦島』の通称で名の知られるこの島でも、大きな動きがあった。


「やれやれ…筑豊のみならずこの軍艦島も再開発しろとか…ユネスコ辺りが怒るぞきっと…」


 廃墟のビルの一部を破壊する光景を眺めながら、職員の一人はそう呟く。1974年の炭鉱廃坑の後に無人島となった端島は、その後50年に渡って放置された状態にあったが、此度の転移で石炭の輸入もストップした事により、使えるのかどうか怪しい状態にある端島の海底炭鉱すら欲する状況となっていた。言い返せば今の電力消費社会がどれだけ外国の安く良質な石炭に支えられていたのか実感する契機となっていた。


「噂によると、布類も輸入出来なくなったので、耕作放棄地を麻畑にしたり、富岡の製糸場を国営の扱いで再稼働させたりして自給体制を確立させようとしているらしい。まぁリサイクル業者はしばらく成金の代表になりそうだな」


 同僚の職員はそう言いつつ、瓦礫を片付けていく。上司曰く、エネルギー関連企業の社員200名程が移り住み、炭鉱再開発プロジェクトに参画するという。エネルギー輸入の目途が立たない現状は文字通り藁にも縋る思いで必死に石炭を掘り出すしかないというのがこの国の現状であった。


・・・


8月23日 日本国東京都 外務省


「確かに我が国は豊かな穀倉地帯を持ち、北のナロピアや南のモルキアにも大々的に輸出しております。が、貴国からの要求は余りにも過大過ぎる」


 パルトーギア王国側全権大使のロードは、外務省内の応接室にて中川外相にそう言い、対する中川は微妙そうな表情で応じる。


 「いせ」艦内にて行われた情報交換会にて、パルトーギア王国に自国の食料問題を幾分か緩和する可能性を見出した政府は、即座に国交樹立を目指したアクションを開始。早速この場に招いて協議を開始していたのだ。だが、流石に拙速に過ぎた。


「そもそも、貴国の小島のごとく巨大な船を受け入れる事の出来る港が無い。もしもその港と、この国の優れた道路を築く技術を下さるのでしたら、通商協定に関しまして譲歩致しましょう。ですが、条件もございます」


「条件、ですか?」


「ええ…貴国の軍隊を我が国に駐留させてほしいのです。現在我が国は、西の大国エスパニアより侵略の危機に晒されております。よって貴国が、軍事的な分野でも友邦となってもらわないと困るのです」


 駐留軍と言えば、日本にとって聞こえはいいが、体のいい『人質』にもなる、という事である。パルトーギア王国としては、日本国をイベリシア亜大陸のいざこざに巻き込みたい模様であった。


 とはいえ、日本側に選択肢は残されていなかった。すでに日本国の転移に巻き込まれた立場にある台湾が、国家間協議にて先手を打っており、北の樺太と千島列島に身を置くロシア連邦の動向も怪しい。ここで何も進展が無いままでは、国民が反乱を起こす可能性もあった。


 結局、日本側がパルトーギア王国の要求に応じる形で国交が樹立。自衛隊の対外派遣も決定され、日本国は新世界のパワーバランスに巻き込まれていく事となる。

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