第38話 ディアンの甘い苦悩は続く(最終話)

「貴重な苗木の一本を、ここに置くとは……」


 アルベールの視線の先には、鉢に植えられたオリーブの苗木があった。


「幸せを運んできてくれるのだろう? ならば、俺の執務室には必要だと思うぞ」


 国や民のことを考える自分たちのそばに。そう言って、ディアンが微笑む。


「はいはい、話の続きをするぞ。こいつは外交には向いていない。催事を任せろ」


 役人の配置について答弁を交わしていたのだが、先ほどセオドアが運び込んできたオリーブの苗木に、話の腰を折られてしまったのだ。


「理由を言ってくれ。ブラーフ家は代々、外交官を務めてきた貴族だが」


「そもそもそれが間違っている。適材適所ってものがあるだろう」


「適材適所……」


「能力を活かせていないってことだ。あいつは発想が独特で豊かだ。腹の探り合いをする連中を相手にするより、町を活性化させるための事業を企画させるべきだ」


「なるほど……。しかし、なぜそのように、あの者に詳しいのだ」


 いつの間に親しくなったのかと、ディアンは目を据わらせ、じっとりとした視線を向けてくる。


「仕事ぶりを見ていればわかるし、二、三質問もしたからな」


 自分がむやみに、城内を練り歩くわけがないと言ってやる。


「そうだったのか。冷やかしだとばかり……」


 どうやらディアンは、アルベールが自分の悪評を印象づけるために、役人にちょっかいをかけていると思っていたようだ。


(まあ、ダリウスの件が片づいたあと、オレはまた悪役王子へと態度を戻したからな)


 とはいえ、なんだか面白くない。


「ディアンもまだまだ、オレをわかっていないな」


「俺からすれば、アルベールも俺の心情をわかっていないと思うが」


「なんだと、そんなはずはない。何を──」


 わかっていないというのか。そう問いただそうとしたのだが……。


「アルベール様、お話があるのですがよろしいでしょうか」


 ノックと共に、モーリスが顔を出す。


「ほら、来た──」


 顰めっ面になったディアンが、ぼそりと呟く。


「何か用か、モーリス」


「先日、アルベール様に教えていただいたとおり部下に進言したところ、たいそうやる気を出しました。ありがとうございました」


 耳を塞ぎたくなるほど、ハキハキとした大きな声だ。


「オレのお陰ではない。モーリスの人徳だろう。おまえの言葉だから、受け入れるのだ」


勿体もったいないお言葉。このモーリス、アルベール様のためなら命を捧げられます」


 モーリスは目に尊敬の念を込め、アルベールの前にひざまずく。


「いるかそんなもの。迷惑だ。その辺で、勝手に生きていろ」


 そんなやり取りの最中、マルクスに手を引かれ、一人の子どもが入室してきた。


「アルベール様、お取り込み中、申し訳ありません。ケリーがどうしても、アルベール様にお会いしたいと言うものですから」


 目をやれば、小さな男の子が頬を朱に染め、もじもじと恥ずかしそうに籠を差し出してくる。


「アルベール様に、食べてほしくて」


「あ……」


 フランターナ国から持ち込んだじゃがいもが、実をらしたようだ。


「いらない。オレ様がそんなもの、食べるわけないだろう。自分たちで食べろ」


 せっかく作ったのだ。自分がもらうわけにはいかない。


 わざとつっけんどんな態度で籠を突き返す。しかしケリーは首を左右に振り、引かなかった。


「わかった、美味しくいただくよ。ありがとう、ケリー」


 折れたのは、アルベールだった。やはり子どもには、無情になりきれない。


 頭を撫でてやると、ケリーの顔は真っ赤に染まる。そして、何かを決意したのか、小さな手を握り込んだ。


「ぼく、大きくなったら、アルベール様のために働きたいです! どうしたらそうなれますか」


「そうだな……たくさん勉強して物知りになったころ、まだ気が変わっていなかったら役割を与えてやる」


「はい!」


 小さな珍客を、微笑ましく思うアルベールだった。


          ◇◇◇


 一連の様子を黙って見ていたディアンは、内心でため息をつく。


(また一人、アルベールに心酔する者が増えてしまった……)


 無自覚なアルベールには、心酔される理由がわからないだろうが。


 モーリスがアルベールの虜になったのは、やはりあのときだろう。ダリウスの罠に嵌まり捕らわれたとき、小屋でアルベールに言われた言葉に感激したと言っていた。


 そしてケリーは、アルベールに『スープを食べる権利はない』と言われた子どもだ。


 端から言葉だけを聞けば、幼い子どもにひどいことを……と思いそうなものだ。

 しかしアルベールは、石を拾わせることで、スープを食べる権利を与えた。あのときの喜びようは、見ていて微笑ましかった。きっと、小さな自分でも働くことができる。そんな希望を抱かせてくれたアルベールを慕っているのだろう。


 わかってはいるのだが、正直面白くない。


 アルベールは自分のものだ。熱の籠もった目で見ないでもらいたい。


 狭量だと言われようが、構わなかった。


「もういいだろう、おまえたち。今は仕事中だ。邪魔をするな」


 後方に控えているセオドアに、連れ出せと顎をしゃくる。


 そんなディアンを愉快げに見ているアルベールは、幸せそうに朗らかな笑みを浮かべていた。


「妬いているのか? あれは恋心ではない。忠誠だ」


「いつ恋慕に変わるかわからないだろう。アルベールも勘違いさせるなよ」


 アルベールの隣へ席を移したディアンは、すっと彼の顎先に触れる。


「嫉妬深い恋人を持つと、苦労しそうだな」


「覚悟しておいてくれよ。アルベールへの愛が、薄れることなどないのだから」


 顔を寄せ、ディアンは美しいあずき色の瞳を見つめ囁いた。


        ★★★


この物語は、これにて完結いたしました。

最終話までお付き合い頂きありがとうございました。



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悪役王子に転生したオレはその役になりきってやった 美月九音 @ku-9

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