第37話 訪れた幸せ(性描写あり)

 ディアンの性急さに、アルベールは太刀打ちできなかった。あまりの快感に、あっけなく先に達してしまったほどだ。


 ディアンはというと、次にアルベールが絶頂を迎えるのに合わせ、共に果てた。

 今は身体が脱力し、呼吸だけが忙しなく、胸が上下している。


「アルベール、可愛い……次はもっと鳴かせていいか」


 いつも憎まれ口を叩くアルベールが発した嬌声は、ディアンを虜にしたらしい。


「もう次のことを考えているのか! 信じられない」


 今日より激しくされたら、身体が壊れてしまう。


「今までの我慢を思えば、一晩中でも足りないのだぞ。それを一度で──」


「このけだもの! おまえとオレでは身体のつくりが違うだろう。当分の間は、一度で済ませろ!」


 自分とて、ディアンに抱かれたくはあるのだ。激しかったが、快楽も十分に与えてもらった。


 そんな気持ちが伝わったのか、「そうだな、俺たちはずっと一緒だしな」とディアンが微笑む。


「なあ、背中……見せてくれないか」


 情事の最中、ディアンに必死にしがみつく自身の指先が感じた凹凸。


「見てどうする。嫌な記憶が蘇るだけだ」


「刻みつけておきたいのだ。オレを守ってくれた、ディアンの背中を」


 身を起こしたディアンは、アルベールに背を向け座る。

 右肩から腰にかけて斜めに走った剣による傷痕。それは、目を背けたくなるほどだった。


「ごめん……ではないか、ありがとう。だが、もうあんな無茶はしないでくれ」


 ディアンの背に頬を寄せ懇願する。


「それは聞けないな。愛する者を守りたいと思うのは、当然だろう」


「オレだって守りたい。あのとき、オレは死んでもよかった。ディアンを守れるなら」


「アルベール! そんなことは二度と言うな‼」


 身を翻したディアンは、アルベールの両肩を掴む。


 すごい剣幕だ。こんなディアンははじめてだった。自分の何が、彼をここまで怒らせたのだろう。


「おまえを失って長らえた命など、俺を不幸にするだけだ」


 険しい顔の中に、悲愴を感じた。


「ならばディアンも、剣の前に飛び出すようなことは、二度とするなよ」


 負けじと言い返すと、ディアンは眉尻を下げ、弱り顔へと変わる。


「それは困ったな。身体が自然に動くのだ。アルベールを愛しているから」


 勝手なことを言う。そう思うものの、惜しみなく告げられる愛の言葉に、アルベールは返す言葉を失う。


「俺にとって、至上の愛とは行動なのだ。だが心配するな。俺は生きて、アルベールを守り愛し抜く。だから、共に生きよう。自分が犠牲になろうなどと、思わないでくれ」


「ディアン──」


 愛する者のために死ねるなら本望。


 それは残された者の心を顧みない、独りよがりだったのかもしれない。


「ベッドでも、全力で愛を示すから安心しろ」


 泣きそうな自分を笑わせようと、ディアンなりに話をすり替えてくれる。


「あ、あれには限度があるだろう」


 激しければいいというものではない。


「すまない。アルベールの優艶ゆうえんな姿を前に、あれ以上は抑制しきれなかった」


 頭に手を当て、眉尻を下げるディアンが申し訳なさそうに呟く。


 あれ以上……? 

 抑制してあの激しさ……?


 まだ上があるというのか。想像しただけでぞっとする。自分は快楽が過ぎて、気がおかしくなるかもしれない。


 だからといって、最愛のディアンとの情事を拒絶するという選択肢はないけれど。


「ディアン、オレを見つけてくれて、ありがとう」


「うん? なんのことだ」


 満足していると思っていた、陰でいることに。そして、誰にも見つけてほしくないと願っていたはずだったのに。


「オレは今、幸せだ。だからきっと、ディアンを幸せにできると思う」


「それは頼もしい。俺も幸せだ。──愛している、アルベール」


 囁きながら、ディアンが顔を寄せてくる。


「オレも……愛して──」


 唇が触れる間際に紡いだ告白は、ディアンの熱いキスに遮られた。

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