第24話 悪役流の最高のお膳立て

「これは……今日のことにはならないな──」


 貧民街に隣接するように作られた広大な畑を前に、アルベールは天を仰ぎ嘆息する。


 その惨状は、予想以上にひどいものだった。


 うねは崩れ、乾燥からかひび割れている。土の表面は石のように硬く、雑草すら生えていない。これでは野菜の種を蒔いたところで、芽など出ないだろう。耕すにしても、自分たちだけでは無理がある。


(まずは、人手を集めることから始めるべきか)


 とはいえ、ただ集めるだけでは芸がない。一挙両得を狙わなければ。


(オレの場合、さらにその上をいく一石を投じるがな)


 名案の浮かんだアルベールは、密かに含み笑いを浮かべた。


        ◇◇◇


 翌日、アルベールたちは再び貧民街へ向かった。

 荷馬車には、宿屋で作らせた大量の野菜スープが積まれている。


「マルクス、畑を耕す道具を持っている者を集めてこい。来た者には、スープを食べさせてやると言え。器も持ってこさせろよ」


 広場に着いたアルベールは、早々に指示を出す。


 報酬なしで、喜々として従う者などいない。特に、自分の身さえ養うことが困難な貧民街に暮らす民は、気力が出ないだろう。


「はい、行って参ります」


 アルベールの指示に、マルクスとセオドアは、手分けをして声をかけて回った。


 結果、三十人ほどくわを手に、広場に集まってきた。とはいえ、大半は女性と子ども、そして年嵩の男だ。体力のある若い男は働きに出ているのだろう。


 そんな民衆の前に立ち、王子らしい煌びやかな装いをしたアルベールは、高々と宣言する。


「あそこにある土地はオレ様が買った。オレ様のために働く者には、それ相応の対価を払ってやる。やる気のある者はこの場に残れ。やる気のない者は、鍬だけ置いてさっさと帰れ。あぁ……スープは食べて帰れよ。約束どおり道具を持ってきたからな」


 威丈高なアルベールの物言いに、場がざわつき出す。


 本当だろうか、うまいこと言っておいて、タダ働きではないのか。そんな声が聞こえてくる。


「あの……働いた者には、どんな対価が?」


 勇気を振り絞ったのであろう一人の女性が、声を上げた。見れば足下には、幼子がしがみついている。


「何が望みだ。金貨か? 食料か? それとも……安住の地か? 働きによって、対価を決めてやる」


 人それぞれ、求めるものは違うだろう。


「おい、やろう。どうせ俺たちに働き口はないんだ」


「女の私たちにもできるかしら」


 囁き合う民の声に、アルベールはもう一押しする。


「おい、そこの子ども、今のおまえにスープを食べる権利はない」


 母親の足にしがみついている幼子に、冷たく言い放つ。


「私の分を、この子に」


「いや、ダメだ。条件を満たしていない者にはやらない」


「そんな……ひどい」


 無慈悲だと言う声が、周囲からも上がる。

 自分の背後でも、ディアンの気が張り詰めるのを感じた。


 アルベールのすることに、途中で口を挟まない約束になっている。しかし、ディアンは気が気ではないのだろう。


「働かざる者食うべからずだ」


 まだ五歳くらいに見える男の子の前に歩み寄り、アルベールは身をかがめた。


「おい子ども、あそこに石ころが落ちているだろう。拾ってこい」


 あそこ、と指差した場所には、握り拳くらいの石が転がっていた。


 アルベールの命令に、空気が張り詰める。男の子も、一瞬顔を強ばらせた。けれど数度、石ころとアルベールの顔を交互に見たあと、「ぼく、取ってくる!」と迷いを断ち、元気よく石ころに駆け寄っていく。

 その様子を、母親は心配そうに見守っていた。


「よし。スープを食べる権利をやる」


 両手でしっかりと石ころを包み、アルベールの元に戻って来た男の子は、アルベールの許可に、「やったぁ~! いいって、お母さん」と声を上げ喜びを露わにする。


 その姿に、周りから安堵のため息が漏れた。


「子どもにもできる仕事はある。家で留守番させているなら、明日から連れてこい。能力に見合った仕事を与えてやる」


 あとはディアンの出番だ。自分は尊大に振る舞うだけでいい。


 そう高みの見物を決め込み、アルベールは足を投げ出し馬車で寛ぐ。

 片やディアンは、甲斐甲斐しく民にスープを配っている。平民の衣服を着たディアンは、アルベールの下僕そのもの。民の目にも、そう映っているだろう。


 腹が膨れ、人心地ついた民たちは、誰一人帰らなかった。それどころか、噂を聞きつけた民が日増しに増えていき、畑は目標の半分の日数で耕され、畝まで完成した。


 ここまで整えば、あとは種を蒔き、水をやれば一段落。畝には肥沃ひよくの土地であるフランターナ国から持ってきた土を混ぜてあるから、きっと芽が出るだろう。


 そして麻袋の芋は、半分地場に下ろしておいた。残りは上手く育たなかったときを考慮して、麻袋のまま残してある。


「楽しそうだな、ディアン」


 日に日に民から嫌われるアルベールとは違い、ディアンはすっかり民と打ち解けていた。


 そろそろ頃合いか──。


 いつものように、アルベールは涼しい場所でのんびりしていたのだが、それも今日でお終いだ。


「おいでくの坊、もう飽きた。なんとかしろ」


 皆が広場に集まり、昼食を取りながら休憩する中、アルベールは気だるげに歩み寄り、横柄に喚く。


「なんとかと言われても……」


 ディアンは素で戸惑っている。

 それも当然か。打ち合わせなどしていないのだから。

 民たちも不安げに、ちらちらと視線を寄越してくる。


「旦那……あのお方に、弱みでも握られているのかい? えらく扱いがぞんざいだが」


 ディアンのそばにいた中堅の男が、気遣って声をかけている。しかし、それを窘めた年嵩の男は、アルベールに頭を下げた。


「あなた様には感謝しております。縁もゆかりもない私たちのために、ここまでしていただいたのですから。それに比べ、この国を捨てた第三王子ときたら──」


 この男の嘆きを皮切りに、皆が口々に不満を漏らし始める。


(最高のお膳立てをありがとう──)


 アルベールは一人、ほくそ笑むのだった。

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