第22話 十八番 

 翌朝。


「おはよう、アルベール。よく眠れたか」


 部屋を出るなり、待ち構えていたディアンに肩を抱き寄せられる。自分のものだと、誇示しているつもりのようだ。

 本来なら呆れるところだが、恋の魔法というべきか。その独占欲が嬉しく思える。


「朝食が済んだら、すぐ出発だぞ。もたもたするなよ」


 まだ素直に甘えることのできないアルベールは、すっと腕をすり抜け宿の食堂へ向った。


 ──そんな毎日を繰り返し、気がつけばトシャーナ国の王都の隣町まで来ていた。

 日が暮れるのは、まだ数時間先だ。このまま進んでも、王都の中心部まで、十分辿り着くことができるのだが――。


「王都の現状と、民の心情を知っておきたい」


 神妙な面持ちで、ディアンが申し出る。


 国を長く離れていた彼は、不在の間に民や国に起こった変化が気になるのだろう。先に帰国したダリウスの動向も。


「オレも賛成だ。下調べしてから王宮へ乗り込んだほうがいいだろう」


意見が一致し、アルベールたちは宿屋を探す。とはいっても、さほど大きな町ではないため、すぐに見つかった。ここでは唯一の宿屋だったが。


 夕刻まで、各々ゆっくり長旅の疲れを癒やしたあと、食堂で再び顔を合わせる。明日からの策を練るためだ。


「情報を集めるなら、変装して酒場に行くのがいいだろう」


「酒場といえば、アルベールの十八番おはこだな」


 王子とは思えない出で立ちだったと、ディアンは苦笑いだ。


「私はそのお陰で助けられました。あの日、アルベール様に抱きしめていただいたことは、一生忘れません。薄汚れ、ボロボロの服を着た見知らぬ子どもを、なんの躊躇いもなく包んでくださったのですから」


 マルクスは感慨深げに目を閉じる。まぶたの裏に当時の風景でも浮かんでいるのだろう。


 その様子を、ディアンは怨めしそうに見ている。


 大人げないことだ。


 そう思うものの、ディアンの反応はアルベールを気持ちよくさせてくれる。今まで他人から向けられてきたのは、呆れや失望、蔑みや見限りだったからだ。


 まあ、それらは当然の感情ではある。そう思わせるよう、自分が仕向けてきたのだから。ディアンの前でも、同じように振る舞っていた。なのに……。


「アルベールを抱きしめていいのは、俺だけだからな」


 見せつけるように、強引に抱き込まれる。


 アルベールに、「俺以外の男を抱きしめるな」とは言えないらしい。独占欲を露わにする傍ら、束縛するような言動は慎むディアン。


(まったく……離れがたくなるではないか)


 逞しく雄々しいディアン。その腕の中は温かく、安心して身を預けていられる。目を閉じれば、危うく眠りに落ちてしまいそうだ。


「このバカ力! 骨が砕けたらどうしてくれる」


 悪態をつくことで、アルベールは正気を取り戻すのだった。


        ◇◇◇


 明くる日の夕刻。


 旅の商人らしく見えるよう荷物を背負い、アルベールたちは馬を走らせ王都に向かった。


 一番賑わいのあるという大通の手前で、一旦馬を下りる。


「二手に分かれよう。より多くの情報を得たい」


「そうだな。では、俺とアルベール。セオドアとマルクスでいいな」


 トシャーナ国の土地勘がないため、それぞれ別れて組むことには賛成だ。だが人選には問題がある。


「違うだろう。オレとセオドア。ディアンとマルクスが組むべきだ」


 観察眼の能力を比べたとき、自分とディアンが組むのは差が出すぎる。


「やはりダメか。アルベールの案でいこう」


 ディアンも通るとは思っていなかったようだ。すぐに折れ、提案を飲んだ。


「それぞれの判断で、頃合いをみて宿に戻ろう。持ち帰った情報は、そこで擦り合わせをしよう」


 互いに頷き合い、夜の酒場に溶け込んだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る