第9話 偽りの姿

「はぁ……あの王子がですか? 毒の仕込まれたチェリーを、わざと台無しにしたと──?」


 絨毯じゅうたんの始末を終えたセオドアに、ディアンは真相を話して聞かせる。しかし、俄には信じがたいようだ。


 見事に騙してみせたアルベールに、ディアンは心中で賞賛を送る。


 きっとダリウスも、機嫌を損ねたアルベールが、腹いせにチェリーを踏み潰したと思っているだろう。


「おまえも言っていたではないか。ただ者ではないと」


「しかしそれは、腹に一物ありそうだという意味です」


 善人とは思えなかったと、セオドアは緩やかに首を左右に振る。


「先入観があったからだろう。悪い噂しか、耳にしていなかったからな」


 それはダリウスも同じ。意図を持って邪魔されたなど、微塵も思っていないはずだ。それどころか、素行の悪いアルベールを見下している節がある。


 まさか、今までの悪評は……そういうことだったのか。


 辿り着いたような気がした。アルベールの本質に。


「アルベールは根っからの愚か者ではない。目的を持って演じていたのだ。それも何かを守るために」


「では、モーリスを国に返したのは……」


 セオドアも思い至ったようだ。


「ああ、俺の見解が正しければ、ダリウスの駒を切り離すことで、災いを防ごうとしたのだろう。なんと聡い男だ」


 アルベールは、ダリウスがディアンを支持していないことを見抜いていたのだ。


「ならば、あの夜の宴も?」


「二人が策を練り直す時間を与えないため、だろうな」


 絡み合った糸が解けだせば、アルベールの取った行動に合点がいく。


「アルベールの根底には、フランターナ国を思う愛があったということだ」


 だがなぜ、偽ってまで愚弟を演じているのか、という疑問は残る。


「ディアン様、私はアルベール殿下に、非礼をお詫びしなければなりません」


「そうだな。だがそれは、誰の目もない場所にしておけ。アルベールは自分が被っている愚か者の仮面を、剥がされたくないだろうからな」


 人前では変わらず、アルベールに対して不満だという態度を取るよう念を押す。自分もアルベールに振り回され、翻弄される他国の王子を装うからと。


「一度アルベールとは、腹を割って話したいものだな」


 腹を割らずとも、ひとつだけ断言できることがある。それは、自分がすべての泥を被ってでも、ジェラルドを陰で支えているということ。


強靱きょうじんな精神力だな──」


 彼は、功名心を持ち合わせていない?

 

 でなければ、陰に徹することなどできないように思う。人間誰しも、手柄を立てたい、名を上げたい、認められたい──そういった願望を、内に秘めているものではないだろうか。


 それとも……。


 それらを葬ってまで、アルベールはジェラルドのために尽くしている?


 これから先、彼のことを知れば知るほど、自分はアルベールに魅了されていきそうだ。


 そんな予感が、ディアンの胸を熱くさせた。


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