第42話 揺れる斜陽の蜃気楼…
換気扇の微かな音と、天井から不意に落ちる雫の音色が心地良く響くバスルーム…
華恋は褐色の肌をゆっくりと泳がせ、水滴の侵入を拒否る様に弾かせながら、静かにその裸体を湯船に預けていた。
「ん〜〜気持ちいい〜♡」
ラベンダーのほのかな香りを漂わせる入浴剤に癒やされながら、彼女はそんな感嘆の声を挙げている。
そして…
『今年はすっごい一年だったな〜〜』
それは華恋の正直な気持ちだった。
バスタブの縁に背中を預けながら天井を仰ぐ彼女は、他に例える言葉がみつからないもどかしさの中、そう結論付けた。
高校を卒業して念願の服飾関係の仕事に付いた…
しかも凛夜達と一緒にだ…
お陰でモーターショーのイベントにも関われたし…
あのファッションイベントにも挑戦出来た…
まぁ〜優勝出来なかったのが悔しかったけど…
それだけじゃない…
まさか自分が母親と同じ歳の男に恋して結婚なんて…
お世辞でもダンディーとかイケオジとかじゃない…
チビで小太りで…
そろそろ養毛剤のお世話が必須なオドオドした男と…
しかもだ自分の方がマジで惚れている…
こんな濃い一年になるなんて誰が予想できだろう。
そんな想いを巡らす華恋…
その時である。
「華恋さん、冴子さんからお酒やドリンクの配達頼んだって連絡あったから、おつまみ用に唐揚げとか追加しようか?」
「ウン、追加して欲しい〜♡」
「了解♪」
バスルームのドア越しに太郎のそんな声が聞こえてきた。
その提案に喜んで返事をする華恋…
それと同時にあの日の事を突然思い出した。
そうあの日…
初めて太郎と出会った時の事をだ。
『そう言えばあの時ママと喧嘩してたんだっけ(笑)』
それを思い出し思わず苦笑する華恋…
あの日の前日…
新しくオープンする《HANAKO》の内装の件で揉めた冴子と華恋。
何時も彼女を自分の都合や意見で振り回す母親にキレたのだった。
渡米の時もそうだった。
一人っ子の華恋は日本で母親と同居していた時も幼い頃から鍵っ子だった。
夕食も…
寝る時も…
お風呂に入る時も…
生理で苦しんでる時も…
何時も側に母親は居なかった。
そんな彼女の救いは凛夜達であり、鬼無里夫妻であり、BAR雫のマスターだった。
その関係をいきなり自分の仕事の都合で絶とうしたのだ。
《そこには誰も自分を知る者はいない》
それが堪らなく嫌で…
不安で…
だから一人日本に残った華恋…
それでも埋まらない隙間を自分に好意を持つ男に埋めて貰っていた。
しかしそれも長くは続かない…
何故なら父親を知らない華恋は、無意識に異性に対して自分が理想とする父親の影を重ねていたからだ。
要は本人には自覚が無いが、ファザコンだったのかもしれない…
だからなのか、段々と何かが異性との関係をズレさせ、結果別れる事になっていったらしい。
そして数年後…
今度はいきなり日本に拠点を移すと言い帰国する冴子。
当初は一緒に暮らす予定だったが、その頃には二人の間に妙な距離感と気持ちのすれ違いが生じていた。
それでも彼女の夢を叶えてやりたいと、冴子はそのきっかけになる様ブティックを立ち上げた。
しかし母親と必要以上に距離感を詰められない華恋は同居を拒み、店のレイアウトも噛み合わず口論となり、結果一人暮らしをする為に住み慣れたマンションを出たのであった。
そんな日常の時間の中、偶然あの日太郎と出会ったのだ。
そして今に至るのである。
只…
きっかけが掴めず、華恋は太郎にまだその事は話していない。
いずれ話して改めて感謝の意を示そうと思っているのは確かなのだが…
『もしかして今日がきっかけになるかもしんない…』
彼女はそんな期待を思いながら湯船から上がると、その美しい裸体を隠そうともせず、バスルームを跡にするのだった…
…続く…
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