第35話 BAR【〜雫〜】にて…
…その日の夜…
小洒落たオフィス街に浮かぶ夜の摩天楼…
イルミネーションの海の中にひっそりと佇むちょっとレトロチックなBAR【〜雫〜】…
御存知、太郎の上司鬼無里とその妻薫そして華恋の母冴子の行きつけの店である。
そこは相変わらず大人の色気を感じさせるロマンスグレーな
そこへ…
「マスター、久しぶり♪」
ボサボサのウルフヘアーにサーファーの様な肌黒さ…
年季の入ったジーンズに袖を肘近くまで捲ったGジャン、冬なのにその下はヨレヨレのタンクトップだ。
それに履き潰した様なライディングブーツは、さながら戦場から帰って来たばかりに見える位、砂と泥で汚れていた。
そんな風体の合間から露出する肌は大小様々な傷が見え隠れしている。
なかには銃創の跡まで見えた。
ただその笑顔は、何となくだが何処か誰かに似ている気がする…
「おや、今夜は珍しい来客がありますね」
そんな彼の姿を見て、懐かしそうに目を細めるマスター…
「ビザの関係上ちょっと戻って来ただけさ♪またすぐに戻るよ」
しかしカウンター席の端に座りそう告げるその男の前に、解っているかの様な感じでバーボンのロックを提供するマスターの表情は、先程とは打って変わって幾分怒っている様にも見えた。
そして…
「…今はどちらに?」
「アフリカ、今は本職の傍ら井戸掘ってる(笑)後は…相変わらずカメラ触ってるかな♪」
「それは確かに相変わらずですね」
苦笑…
その顔はまさにそう見える。
そして暫し静かに流れる時間の中…
「…なぁ〜マスター、たまには…皆顔出してる?」
グラスを傾けながらそんな事を尋ねるその男…
店内には数人の客しかいないからか、その声は妙に透き通っていた。
「ハイ、最近は冴子さんもちょくちょくいらっしゃる様になりましたよ」
どうやら彼女の関係者らしい…
という事は鬼無里夫妻共関係があるのだろう。
「へぇ〜こっちに…戻って来たんだ」
「娘さんの事もありますし、そろそろ日本に戻って腰を落ち着けるとの事ですよ」
その言葉にピクリと片眉が上がり、グラスを持つ手の動きが止まった。
「え、何かあった?」
「それはご本人に直接聞いて下さい」
「………」
それでもマスターは意に返さず平然と突っぱねる。
「それに…私はまだ許した訳ではありませんから」
そう言いながら…
「だよな…」
「会っては…行かないのですか?」
「ハハ(笑)そのつもりは無いし、会っても何喋っていいか解らないから今回も逃げるつもりだけど」
「…そうですか…」
そんな彼の答えに軽く溜息をつくマスター…
するとその時…
「マスターこんばんはだし〜♪」
「おやおや、お珍しいですね」
仕事疲れも何のその、明るく店に入ってくる華恋と、その後には太郎が控えていた。
「華恋さんに太郎さん、いらっしゃい」
『!!』
その姿に何故か驚きを隠せず、思わずうつむく男。
華恋は気が付かなかったが、そのリアクションを見て妙な違和感を覚える太郎だった。
「御二人共、今夜はどうされました?」
二人はそのままカウンター席の中央に座ると、太郎は水割りを華恋はフレッシュジュースを注文した。
そして…
「実はマスターに折言ってご相談がありまして…」
「これ♡」
「え!親族宛の結婚式の招待状…私にですか?」
オーダーされた水割りとジュースを持ってきたマスターに、二人は一枚の招待状を渡すと…
「ハイ、華恋さんの親族として出席して頂きたいのですが…ダメですか?」
「そう♪マスターは私のお爺ちゃんみたいなもんだからそうしてもらいたいし♡」
「しかし…」
そんな二人の提言に流石に戸惑いを隠せないマスターは、言葉に詰まってしまい狼狽えていた。
「お願いします!」
それでも食い下がる太郎と、その横で切なげに了解を得ようと見つめる華恋。
「………解りましたお受けします…太郎さん、華恋さんありがとうございます、大変嬉しいですよ」
マスターはちょっとだけ天を仰ぐと、覚悟を決めたのか二人の提言を快く了承した。
「………」
そしてそんなやり取りを瞬きもせずに俯いたまま黙って聞き耳を立てるあの男…
「♡♡♡」
「良かったね華恋さん♪」
「ウンウン♪♪」
「あのねマスター、この間タッくんの実家にご挨拶に行った時思ったん♪タッくんのお爺ちゃまは一夫さんだけど、ウチのお爺ちゃまは…って考えたらマスターの顔が浮かんだの♡」
そう嬉しそうに答えながらジュースを飲む華恋。
「自分も彼女がそう想う方を親族以外の来賓客として別けたくないものですから承諾して頂いてホッとしました♪ありがとうございます」
太郎も心底嬉しそうにそう言った。
この店に顔を出すようになってまだ日は浅いが、心地良いこの店内の雰囲気とマスターを気に入っているらしい。
「身を寄せる相手もいない私に取って、そのお気持ちがどんなに嬉しいか解りません…本当にありがとうございます」
「ウフ♡じゃ〜ヨロシクお爺ちゃま♪今度は二十歳になったらタッくんと2人でお邪魔するし」
「実はこれから猫丸社長の御自宅へ行かなきゃならないのでこれで失礼します」
「ハイ、またお待ちしておりますよ」
そんなマスターの言葉を嬉しそうに聞いていた二人は、出された飲み物を飲み干すと、そう言いながら店を後にするのだった。
「…結婚…するんだ…」
開口一番…
二人が去った後、それが彼の言葉だった。
そのイントネーションに何故か刹那さを感じずにはいられなかった。
「ハイ、多少お相手の方は御歳を召していらっしゃいますが、とても誠実で真面目な方ですよ♪何より華恋さんを心から愛していらっしゃいます」
静かに…
本当に静かにそう話すマスター。
その心中には何が去来しているのだろうか?
そんな事を思わせる姿だった。
「そうか…そうなんだ」
「…どうです、会いに行かれませんか?御三方の所へ…」
「…考えとく…」
「おや少しは…大人になられたようですね秀幸さん」
秀幸と呼ばれたその男もマスター同様何かが去来しているのか、同じ様なリアクションをしていた。
そこに流れる想いが一体なんなのか?
おそらくそれを知るものは本人自身しかないだろう…
《カラン…》
もしくはグラスに響く溶けた氷が崩れる音だけが、その訳を知っているのかもしれない…
…続く…
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