第27話 風見麻音は報告する
その日…
《WORLD・Fashion・Contest》が終わった後、冴子に一軒家の自宅まで送ってもらった《マッチン》こと風見麻音は、何時もの様にカードキーを使って玄関ドアを開けた途端、この時間ある筈の無い人の気配と好物のクリームシチューの匂いを感じた。
その時…
「あら、おかえりなさい麻音」
「え?」
不意にリビングのドアが開くと、そこにはこの時間、何時もなら仕事でいない筈の母親がエプロン姿で自分の帰りを出迎えてくれたのだった。
「何よ、父さんも帰って来てるわよ」
そして母親のその言葉に更に驚く麻音。
何故なら父親も母親も専門は違うが、某大学病院で准教授兼講師として多忙な毎日をおくっており、その仕事柄滅多に彼女と一家団欒を迎える事等なかったからである。
「二人共今日は早かったね」
半信半疑のまま、促される様にリビングに向かう麻音…
すると確かに父親の姿がソファーにあったのである。
「あ〜あれだ、別に急患も無かったからな」
「そうそう〜私も今日は何もなかったから」
「ふ〜ん」
わざとらしく冷静さを装う両親と冷めた感じで会話をする麻音。
「あ〜それでな…麻音…どうだった?」
「どうって?」
「ほら〜何だ、あれだあれ、コンテスト…今日だったんだろ?」
「そうコンテストよコンテスト♪それでどう〜だったの?」
どうやらこれが目的での早めの帰宅の様だ。
仕事で行けなかった分、気になってしょうがないらしい(笑)
「……悔しいけど…」
ワントーン下がった口調で言いながら下を向く彼女…
「「……(ゴク)…」」
そして息を呑む二人…
そして…
「ジャ〜ン、準優賞〜♡」
「!!♡♡」
先程のリアクションは演技だったらしい(汗)
麻音はおもむろに顔を上げるのと同時に、準優勝のトロフィーを両親の目の前に披露した。
「おーー凄いな!おめでとう♪」
「おめでとう麻音♪頑張ったわね~♡」
破顔一笑!
それを見た両親は手を叩いて大喜びすると、そのまま麻音を食卓まで誘った。
そしてよく見ると、何故かテーブルには麻音の好物ばかり事前に用意されていた
おそらく両親は、結果が良かったら《祝勝会》悪かったら《健闘会》を開くつもりだったのだろう。
図らずもその察しがついた麻音は、久々の一家団欒の食卓に別の意味で喜びを感じていたのだった。
そしてその夜…
彼女らしいピンクを基調としたラブリーなパジャマに着替えてドレッサーの前に座る麻音。
鏡に写る自分の姿を見つめながら…
『…ハナっちに勝ったんだ…私…』
そんな事を心の中で呟いていた。
それはいまだに信じられない正直な感想だった。
実は…
華恋を含む三人に比べ、容姿を含む総ての部分で密かにコンプレックスを持つ彼女…
麻音は幼稚園に通園していた頃、周りから《ピンブー(ピンクの豚)》と呼ばれ男の子からからかわれていたのだ。
そんな男の子達を蹴散らして助けていたのが華恋や凛夜、茅野だった。
その相関図は彼女が小学校に上がって中学生までの成長期にスタイルが激変するまで続いていた。
その後からかわれる事も無くなったのだが、途中一人っ子の鍵っ子になってしまった麻音は、そのまま高校も皆とつるみ、就職先も一緒にした次第なのである。
ただ…
就職先にこの業界を選んだのは理由があった。
それは…
「あのねお姉ちゃん…私二位だったんだよ、それもハナっちより上だったの♪すっごいでしょ♪」
ドレッサーの横に飾られた写真立てに話しかける麻音…
そこには幼い頃の自分と一緒に写る歳の離れた姉の姿があった。
姉の名は夏鈴…
麻音が九歳の頃、ウィルス性の伝染病で亡くなった八歳年上の実姉である。
優しく…
華恋達を含む妹の面倒をよく見てくれた姉…
将来はイギリスに渡ってファッションの勉強をしたいと言っていた姉…
それを聞いて離れ離れになるのが嫌でよく泣いていた自分…
麻音は姉が見ていた将来の
昔…
「お姉ちゃん、麻音が描いたお洋服好きよ♪いつか私が作ってあげるね♡」
泣いていた自分にそう言って微笑んでくれたから…
だからその言葉を信じ今回コンテストに挑んだのだった。
姉の大好きな自分のデザインを…
姉に見守られながら完成させて…
麻音は寂しそうに微笑みながら姉の写真にキスをすると、もう一つの報告をした。
「それとね、もう一つニュースがあるの♪なんとあのハナっちが結婚するんだって、ビックリよね〜♡」
それは何となくだが、そうなるだろうと予感していた報告。
ただ、今までの華恋を知る者としては複雑な心境だった。
自由奔放で男に全然事欠かなかった華恋…
自分と同じ勉強やスポーツが大の苦手で…
だけどスタイル抜群で美人で友達想いだ…
優しくてデザイナーとしての才能もある…
今回順位的には自分は二位で華恋が三位だったが、たまたまだ。
あえて作品としてはハードルが高くなるウェディング衣装でコンテストに挑んだ華恋を、親友として誇らしく思った。
ちなみに優勝した韓国の《チェ・サヤン》も華恋のその心意気の高さを称賛していた。
「でも幸せなんだろうな〜」
帰りに華恋の側に黙って寄り添う太郎とその横で悔し涙を我慢する華恋…
おそらく二人だけになった時泣くのだろう。
そんな姿をさらせる存在…
自分も含め、幼い頃から彼女が泣く姿を誰も見ていない。
いや…
姉の葬儀の時皆で泣いたのが最後だ。
だからこそ、そんな華恋が無防備に泣く姿を見せる事が出来る太郎という男性…
その存在こそが幸せなんだと思う麻音。
彼女はそんな想いを自分の中に落とし込むと…
「じゃ〜オヤスミなさい姉さん♪」
そう言って部屋の灯りを小さくし、そのままベッドに潜るのだった。
…続く…
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