第8話 死の鎌


 夕食後。

 煙草がきれたと言った雅司に、


「買ってきてあげるから。先にお風呂に入ってなさい」


 そう言って、ノゾミはコンビニへと向かった。





 季節は秋。夜は少し肌寒い。

 人気のない路地裏を一人歩き、ノゾミは小さく身震いをした。


「……今日は冷えるわね」


 そして違和感に気付いた。

 自分の周りだけ、気温が下がっている。

 そう思った瞬間、街灯が次々と消えていき、周囲が闇に包まれた。


「……!」


 殺気を感じたノゾミが跳ぶ。

 塀に降り立つと、今いた場所に大きな鎌が突き刺さっていた。

 黒衣をまとった、何者かによって。


「久しぶりね、メイ」


 ノゾミが黒衣の主に声をかける。いつもとはまるで違う、低く重い声で。


「……」


 メイと呼ばれた者が、身の丈より大きな鎌を担ぎ、ノゾミを見上げる。


「……会いたくなかったけどね」


 ゆっくりとフードを外す。

 まだ幼さの残る、少女だった。


「そうね。私もよ」


 臨戦態勢を取りながら、ノゾミが答える。口元には笑みが浮かんでいた。


「でもね、今回だけは……譲る訳にはいかないんだよ!」


 言葉と同時にメイが突っ込んできた。鎌を振り下ろし、ノゾミを仕留めようとする。

 ノゾミもステッキを手にする。


「獲物を手にしたメイドって、お前、色々盛りすぎだろ」


「あなたこそ、いい加減背は伸びたのかしら。ミルク、毎日飲んでる?」


「黙れ!」


「そっちこそ!」


 暗闇の中、ステッキと鎌が交差するたびに火花が散る。

 二人の攻撃に全く躊躇はない。共に相手を仕留めようとしていた。

 獲物が交わると同時に拳が出る。それを受け止め、相手を蹴り上げる。


「相変わらず、手癖の悪い子ね!」


「お前こそ、行儀がなってないよ!」


 全力の殺し合い。やがて二人は、肩で息をしながら距離を取った。


「大体……お前はいつもそうだ! 私に恨みでもあるのか! いっつもいっつも、横からかっさらいやがって!」


「奪われるあなたが無能なだけでしょ。いい加減認めたら? 自分が不出来な死神だって」


「うるさい!」


 再び獲物が交錯し、辺りに金属音が響く。


「ずっと待ってたんだ、あの男の選択を! そしてやっと、やっとだったんだ! それなのにお前は! いつもみたいに、したり顔で現れて!」


「仕方ないじゃない。それが私たち、悪魔と死神のルールなんだから」


「確かにそうだ。このルールは絶対だ。一度契約を交わされたら、私には手出し出来ない」


「でしょ? なら黙って、指をくわえて見てればいいじゃない」


「あの男だけは駄目なんだ!」


「まあそうね。彼ほどの魂、そうそうお目にかかれる物じゃないし」


「このまま大人しく引き下がる、そんな次元の魂じゃないんだよ! あの男の魂には、冥界の未来がかかってるんだ!」


「それは魔界にしても同じこと。もう諦めなさいって。契約は成立したんだから」


「……あの男に手出しは出来ない。それは絶対のルールだ。もしこれが破られれば、冥界と魔界の全面戦争になりかねない」


「そうね」


「でも例外はある」


「何かしら」


「契約者たるお前が消滅すれば、契約はなかったことになるってことだよ!」


 渾身の力で鎌を振り下ろす。ぎりぎりの距離でかわしたノゾミが、メイの腹部に重い一撃を与えて距離を取った。

 苦悶の表情を浮かべながら、メイがノゾミを見据える。


「……だからお前を殺す!」


「あなたに私は殺せませんよ。実力差、分かってるでしょ」


「うるさいうるさい!」


「大体その鎌、あなたには大きすぎるのよ」


「死神のほまれを愚弄するな!」


「なら、早く成長することね。栄養と運動、睡眠もしっかりとって」


「殺す……!」


 凄まじい勢いで突っ込み、鎌をノゾミ目掛けて振り下ろす。





「……」


 ノゾミの頭上で止まった鎌。

 メイの喉元に、ノゾミのステッキが突きつけられていた。


「今回も私の勝ち。どう? 言い訳出来る?」


 そう言って微笑むと、ノゾミはステッキを戻し一歩下がった。


「……」


 鎌を下ろし、肩を落とすメイ。

 そんなメイを見つめ、ノゾミは小さく息を吐いた。


「まあその……悪いとは思ってるのよ。横取りしたのは事実だし」


「……同情なんて、してほしい訳じゃない」


「分かってる。でも……悪いと思ってるのは本当よ。だからね、メイ。今回に限りの提案。雅司の争奪戦、あなたも参加してみない?」


「え……」


「流石にほら、貴重な魂なんだから。いつもみたいにと言うのは、私も後味悪いし。チャンスぐらい、あげてもいいかなって」


「でも……契約した以上、私には何も出来ない」


「そうでもないでしょ。ルール、思い出して」


「悪魔と契約した対象に、死神は手を出せない」


「例外は?」


「契約者たる悪魔の消滅」


「もうひとつ、あるでしょ」


「……」


「あなた、頭に血が上って忘れてるんじゃない? 魂の所有者である人間が、死神に譲渡する意思を示した場合、悪魔との契約は破棄される」


「あ……」


 メイが顔を上げる。


「思い出した?」


「ノゾミ、お前……」


「こと魂に関して、私たちは敵対関係にある。でもね、メイ。あなたとこうして戦うのも、お話するのも私は好き。だから今回だけ、同じステージで戦うことを許してあげる」


「いいのかノゾミ、そんなことして」


「構わないわ。上司も了承してくれてるし」


「ノゾミ……」


「だからね、メイ。あなたも一緒に、彼の家に住むといいわ。雅司には私から話してあげる」


「……うえええええええん」


 メイが大声で泣きじゃくる。そんなメイに微笑み、ノゾミが優しく抱擁する。


「全く……見た目だけじゃなく、本当にお子様なんだから」


「うえええええええん、うえええええええん」


「ほらほら、これで鼻、かみなさい。情けない声で泣かないの」


「うえええええええん」





 ここまでは想定通りだ。

 この選択、上司にも甘いと叱責された。

 でも私は、大切な幼馴染、メイと正々堂々戦いたい。

 そしてその上で、彼の魂を手に入れるのだ。


 私の契約は、彼を愛すること。

 メイの成功条件は、彼女に譲渡していいと思うぐらい、雅司がメイのことを好きになるということ。

 互いに条件は違えども、全力で立ち向かっていきましょう。

 そんな思いを胸に、ノゾミはメイを抱き締めるのだった。



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