随分と長い顔した男だったね
割って入ったのは長身の青年だった。
絵にかいたような面長の美男子。着ているものは紫色のクロークだ。レオンたちと同じ三年だった。流れるような銀髪を後ろで束ねたさまは高貴な印象をこれでもかと誇示している。身に着けたクロークには上品な銀細工が下がっており、レオンの悪趣味なそれとは正反対だった。
「クルーエル皇太子殿下!」
取り巻きがさっと道を開け、頭を下げるのが見える。
殿下と呼ばれた貴公子は、静かにレオンへと歩み寄るとその手首をつかんだ。
「……下級生、それも女生徒に手をあげるとは感心しないな」
「い、いえ、これはただのおふざけでして……」
卑屈な笑みを浮かべるレオン。一方で、クロークをつかんだままの手を振り払いながらルルは青年を睨みつける。とんだ邪魔が入ったな――とお互いの眼に火花が散った。
レオンは少女を
「君は新入生か。この学院に来たばかりで勝手がわからないだろうから今回は助けたが……あまり余計な騒ぎを起こさないでほしいものだな」
どうやらレオンたちとは異なり、ルルの存在は知らないようだった。
おそらく中途から編入してきたためでしょう。殿下は特例なのです、と背後にいるユタが言った。
クルーエルはそのまま立ち去る。絹糸のような銀髪が揺れて光を放っていた。彼が去るのを見届けると、
「なんだあいつは」
「あいつって……クルーエル皇太子殿下のことですか? この聖エルベノン大教国の
「ふぅん。この世界では教会が政治の中心なのか。それも分家が」
なんだかよくわからん、とルルはかぶりを振った。
「それにしても
「ルル、助けてくださった御方に対してそれはあんまりでは」
「なに、構いやしないだろうさ」
それにしても――とルルは周囲を見回す。いつの間にか騒ぎを聞きつけた生徒たちによって、その場にはギャラリーが生まれていた。現時点で目立つのはいいことではない。少女はユタの手を引くと、そそくさと身を隠す。幸いにして庭園には、潜り込める類の植え込みが山のように用意されていた。
***
夕食は各自の部屋に用意されていた。
てっきり共同の場で行われるものと思っていたルルは拍子抜けする。
どこぞの魔法学校を舞台にした創作劇のようなものを想像していたからだ。
(これも記憶のかけらなのか。あるいは先入観か)
思いを巡らせるも答えは出ない。何より今自分はすでにルル・ベアトリクスとしてその存在を得ている。余計な考えに惑わされるのは良いことではない。
とはいえ、ユタと二人で摂る食事は決して悪いものではなかった。
用意されたのは各自の好みと栄養価とを掛け合わせた個人メニューであり、苦手なものは別の食材に置き換えてあるという、ある意味で贅沢な代物だった。
なのでユタが食べているものとは、若干献立が異なっている。
「それ、
「これですか。ただの
黙々と
だからあまりに作法や主義の異なるもの同士が同室になることはない。学生寮の部屋割りはそういうことまで考慮されていたのだ。
「なるほど、もめごとは最小限に――か。あの殿下の言っていた意味も、なんとなくわかるような気がするよ」
視線を上にやれば白い球体が光を放っている。
食後は大浴場にて入浴が定められている。一部の特権階級は個人の浴室が用意されているらしく、そこには居合わせないようだった。大きな浴槽で手足を伸ばすと、日々のうっぷんが晴れてゆくようにも思える。ただ一点、マリリン・イジチュールもその場に居合わせていることを考えると、なんとも気が滅入ってくるのだったが。
もっとも、マリリンが声をかけてくることはない。
向こうは向こうで同室の娘とよろしくやっているのだろう。少女たちの喧騒を聞き流しながら、ルルは明日からのことに思いを馳せてもいた。
***
入浴後は二時間ほど自由時間が与えられている。といっても、授業が始まればその時間は宿題や復習に充てられることになるため、実質的な自由ではない。。
復習……ね、とルルは思った。「むしろ復讐の方が私には必要なのだが」――しかし、そのためにも今は力を蓄える時だ。胸の奥に宿った「世界を憎悪する炎」は依然として燃え盛っている。学院も、用意されたあれやこれやもすべてはそのための土台に過ぎない。利用できるものは今のうちに活用する。いささか都合のいい考えではあったが、そうするに越したことはないのだ。
二段ベッドの上でそのようなことを考えていると、自室の扉をノックする音が聞こえた。
「なんだ」
「こんばんはぁ」
入ってきたのは隣部屋の少女二人だった。その姿はすでに浴場で見かけている。確かグリナとレダといったか……。
「ねぇ、二人とも暇しているのでしょう? ちょっと
「行かん。私は寝る」
「あら、つれないのね。でも、いいじゃないの。どうせ明日からは自由時間なんてほとんどなくなるのよ。それに肝試しといってもただの探検よ。それとも……もしかして本当にお化けが出るとでも思っているのかしらぁ。ルルさん、大人びて見えるけど意外とお子様なのね?」
「そんなわけあるか。いいだろう、付き合ってやるよ」
「そうこなくっちゃ」とレダが喜んだ。
まさに売り言葉に買い言葉だった。
わたしは本を読みたいから……と遠慮するユタも無理やり誘い、四人は夜の下級生寮へと繰り出す。廊下はすでに消灯されていて真っ暗だ。他の部屋から漏れる明かりを頼りに、まずは寮の二階から見回ってゆく。
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