出会い、同室者
支給されたのは黒一色のクロークだった。どうやら一年生はこれを身にまとうらしい。上級生になるほど、その色は青、紫と変わってゆくのだと教えられた。各学年の在籍期間は約一年間。なるほど、三年制の学校なのだなとルルは理解した。
学院中央部にある大聖堂で行われた入学式は、ごく簡素なものだった。
学院長を名乗る壮年女性が口上を述べ、そののち代表生徒によって聖エクセビウスへの宣誓が行われる。全てが形式ばった儀礼的なもの過ぎない。ここで行われるのは実質兵士の養成なのだから、それはごく当然の流れだった。
「おや、ルルじゃないか。ルル・ベアトリクスだろう?」
式の後、そう言って声をかけてきたのは、気取った外見の若者だった。赤い髪を短
く切りそろえ、彼女とは異なる紫色のクロークを羽織っている。ということは三年生か。とこどころにぶら下げた金色の装身具が、いかにもな貴族の坊ちゃんといった雰囲気を醸し出していた。
「……ええと、どなたでしたっけ」
「どなたでしたか、は酷いなぁ。俺だ、東条レオンだよ。二年前まで同じ学級だった仲じゃないか。科目だって一緒だったんだぜ? 実家の都合とはいえ、突然辞めてしまってみんな驚いてた。だが、俺を忘れるなんて人でなしもいいところだぜ」
赤髪の若者――東条レオンはそう言って笑う。
どこか含みのある、じめっとした笑みだった。
(そうか、二年前にルルはこの学校にいたということか)
ようやく明かされたのは、つまりそういうことだった。
生家が戦乱によって消滅した後、イジチュール伯爵家に引き取られたルルは、学院を強制的に退学させられていたのだ。その後彼女が辿った運命はすでに知るところではある。
(ヒンドリーのやつめ、どこまでも汚い真似をしていたのだな)
と、そこで気づく。
(とは言うものの、ルルには霊素の才覚がなかったはずだが……)
当然の疑問と言えた。
だが、それを口にするのは憚られる。どうしたものかと首をかしげていると、
「相変わらず抜けたやつだなぁ。まぁ、戻ってきたのなら好都合だ。またみんなに紹介してやるよ。今度は上級生と下級生という立場だが、前と同様に可愛がってもらうんだな……」
含みのある言葉。それだけ告げるとレオンは去っていった。
次に案内されたのは学生寮だった。マリリンは、「同室でなくて残念でしたわぁ」などとのたまっていたが、その表情は嬉しそうだ。まぁそうだろうとルルは思う。支給された学用品の類と旅袋を抱えて入った部屋には、すでに先客がいた。
「失礼するよ」
「はい、どうぞ――」
先に入っていたのは可憐な外観の娘だった。
鮮やかなブルーの髪を肩の上まで伸ばした線の細い顔立ちをしている。物静かなたたずまいであり、早くも支給された教科書を広げ、目を落としていた。
「……同室の方ですね。わたくしはユタ。ユタ・エッジワースと申します。どうぞよろしくお願いします」
慌てて本を閉じると、少女はそう言ってしかつめらしく頭を下げた。つられるようにして会釈を返すルル。そして己の名を告げた。
ユタは、どうやら見た目通りの礼儀正しい娘のようだった。その瞳に宿る光はどこか弱々しい。嗜虐心をそそるタイプとでも言うべきか。そんなことを考えていると、
「あ、あの……二段ベッド、上と下どちらがよろしいですか」
「うん?」
見れば下段にはユタのものと思しき荷物がすでに置かれている。
「あっ、ごめんなさい。これは誰もいなかったのでとりあえず置いただけなんです。下の方がいいですよね……」
蚊の鳴くような声だった。
なのでこう答える。
「いや、いいんだ。切符のないときは早い者勝ちさ。君が気にする必要はないよ。それに、私は上の方が好きだ――」
そう言って荷物一式をベッドに放り上げる。バサッという音がして書物の束が崩れた。ユタはなんだか申し訳なさそうに身を縮こまらせている。内向的な性格なのだなと、なんとなく察した。
(まぁ誰だっていいさ。小うるさいのと一緒でないのならば……)
心の中でつぶやいて窓を開けてみた。そこからは中庭が見える。下級生寮は二階建ての建物で、古い学び舎を思わせる内装をしている。実用一点張りの簡素な作りだ。世界の主戦力たる舞踏戦騎の乗り手を育成するための機関が所有する施設にしては、正直なところ貧乏風が吹いているようにすら感じられた。
「ここでは上下関係が厳しく律せられています。ですから、早くに進級したものはそれだけ高い地位に就くと考えてください。一年ほどの在籍期間内に基準をパスできなければ退学となります……」
ユタが丁寧に解説してくれた。
「ずいぶん内部事情に詳しいじゃないか。ひょっとして留年でもしたのか」
「いえ……。実は兄が……かつて除籍処分になりました……お恥ずかしい話です」
「ああ……それは、なんとも気の毒に」
立ち入ったことに触れてしまったなとルル。少し反省して、
「ちょっと庭にでも出てみないか。日はまだ高い。夕食の時間まで、今日はもう何もないのだろう?」
そうして二人は学院の敷地内へと繰り出すことになった。
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