沸血

(まずい…目がいかれてる)

 高温を発し、口からはよだれを垂らす。顔は赤く赤く紅潮し、全身の血管が浮き上がっている。

(バーサーカー状態ってやつ?とっとと逃げないと!)

 赤亡はビルを蹴った。

「逃げ――ッ!」

 常人には、仮に刃血鬼だったとしても、到底出せないような速度で、酔闇は血刃を投擲した。

「あぁぁ…クソッ!」

 空中でバランスが崩れる赤亡は、無惨にも酔闇から、もう一本の血刃を喰らわされた。

「うぁッ!」

 自傷とは痛みの種類が違う。

 治らない激痛を延々と味わわされているような感覚。

 うまく衝撃を逃しきれず、ビルに叩きつけられる赤亡。

(し…ぬ…)

 追撃。

 落下した赤亡を蹴り飛ばし、酔闇は腹部へ更に血刃を刺した。

「…あ"あ"あ"ァァァ!」

 人気の少ない夜の街に、悲鳴が響き渡る。

 痛みで動けない赤亡へ、酔闇は更に血刃を刺し続ける。

(最悪だ…何で僕はこんな目に)

 赤亡は自身の不幸を嘆く。

 もとより、彼に責任は一切無い。

(漫画みたいにうまく行くかよ…!)

 心の中で、何度も毒を吐き続ける。

(クソッ…クソッ…)

 煮詰められた憎悪。

 赤亡は、元凶である自らの親友を恨んだ。

(まぁ…こんなでも、家庭と国は大当たりだったし)

 しかしその感情も、直ぐに諦観へと変わってしまう。

(虐待されるような家庭に生まれるよりかは、よっぽどマシだったのかな…?)

 朦朧とする意識。

 思考を遮り、深くなっていく霧に呑み込まれていく。

(いや)

 赤亡は、ストレスを発散するかのように、血刃を地面に突き刺す。

「…これで生き残れたら…」


 赤亡は。


「…あいつの」


 負の感情を。


「…あいつの四肢を切り刻んでやる」


 赤亡は、代名詞が表す相手――怨野への、負の感情全てを曝け出した。

「それまで…僕は死なない」

 諦めろとを囁く思念を振り払い、赤亡はぼそりと呟く。

「…殺す」

 眼の前の敵を葬ると、赤亡は明確な殺意を持った。 

 次の瞬間だった。

 酔闇と同じように、赤亡の体温が上がっていく。

「…フーッ…」

 どんどん呼吸が荒くなるが、頭は至って冷静。

(…体が、熱い!けど…)

「…これなら、太刀打ちできるな!」

 赤亡は立ち上がり、すぐさま酔闇へ血刃を投げた。

「…あ?当タるわケネえだロ!」

 体を右にずらし、余裕で回避する酔闇。

「知ってるよ…だけど」

 接近する酔闇を眼にしっかりと捉え、赤亡は不敵に笑った。

「この瞬間を待っていたんだ、僕は」

(読み通り…直進だ!)

 怒りのボルテージが上がりつつある酔闇に勝てる手段。

 最初の一本は怒りを誘発させるための囮。酔闇のような人間は、こういう素振りを見せれば、まだ抵抗の意思があるのかと逆上するのが常であると。

 そしてその一本は、遥か前方の街路樹に今、突き刺さった。

(手順をミスったら僕は死ぬ)

 血刃を二本引き抜き、片方を地面に落とす。落とさなかった方で左の手の平に軽く傷をつけ、即座に左手に持ち替える。

 右腕を素早く切り落とし、街路樹へと断面を向けて、糸を繋げる。

(無策で挑めば勝ち目はない。戦闘中に策を考えるのだって楽じゃない。だけど、こいつの刃術はシンプルな身体強化)

「状態はあんたと同じだ、レベルを近付ければ勝てない相手じゃないだろ?」

 地面に落とした血刃と、左手の平につけた傷跡を繋ぎ、振り回す。

 回転によって得た運動エネルギーと、酔闇の突進、そして街路樹へと飛ぶ勢いで、血刃のダメージは跳ね上がる!

「致命傷じゃなくたって良い!せめて一瞬でも怯めば…僕の勝ちだ!」

 振り回した刃は、酔闇の鳩尾に命中した。

 

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