プライドになる前のなにか




「必要だよ。……ううん、きみじゃないとダメ」


 いつぞや聞いたことのある、包み込むように優しい声が耳に届く。

 そして、コツコツと石床の上を歩く足音が俺の前で止まった。


「……何を……根拠に、言ってんだよ」


 顔を上げ、声の主を見上げて、長く黒い髪が白衣によく似合う医者にそう言って、立ち上がってその場を後にしようとした。


 どこでも、すぐに駆け付けられる医者になりたい——という目標を否定して、俺が騎士団長になって騎士団を変えてやると、見栄を張った結果このざまだ。


 あまりに無様で情けない。シラを前にどんな顔をすればいいかも分からない。


 ——だが、シラは俺が立ち上がるより前に、俺の前で膝を抱えてしゃがみこんだ。


「根拠かぁ。……根拠ね? そう言われると困っちゃうなぁ。——しいて言うなら、私の知らない誰かさんが、御前選定戦で重傷者を出しまくったせいで人手不足になったから——とか?」

 

 冗談ぽく、首をかしげて口に指を当てながら言うシラに「知ってるだろ。俺がやったことくらい」と返そうとした時、俺の頬にシラの手が触れた。

 その手が俺の顔を包み込み、顔を背けることが出来なくなる。


「……まぁ、それは嘘なんだけどね。本当は「信じてる」から」

「しん、じる——?」


 ありえないだろう、そんなことは。


 俺が他人の信用を得るはずがない。俺がシラの立場だったら間違いなく信用しないだろう。


 ——俺みたいな人間など。


 口にするだけして、実行できないやつのどこが信用できるというんだ。


「——そう。信じてる」

「どうせ……それも嘘なんだろ。俺のどこに信用できる部分があるって——」

「——きみが守ってくれた村を、私は知ってるから」


 静かに、しかし力強く——俺の言葉に被せて放たれたその言葉に、俺は息をのんだ。


「きみは「守ったつもりなんかない」って言うかもしれないけど、きみはあの時ちゃんと、一つの村を守ったんだよ。——だから、信じてる。きみならまた、守ってくれるって」


 そう言って、シラは俺から手を離した。


 ——だが、まだ俺の頬に暖かい感触の余韻が残っている。その余韻を噛みしめるように、俺も頬に手を当てた。


 その少し下——首から顎にかけてある傷跡をさすり、決意する。


「——これが、最後だからな」


 目的も自信も失ったから、当てもなく彷徨い続けようと思っていた。

 空を漂う雲のように、何もせずただ彷徨い続け、死ぬ————だが、その前に。


 最後に、自分で信用できなくなった自分を信じてくれる期待には——応えよう。


 死ぬのはそれからでも遅くはないはずだ。

 その決意と共にそばに置いていた剣を握りしめ、既に生徒たちが入っていった地下公道へと入った。

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