俺じゃない




 ——聞き覚えのある、懐かしい声が耳に届いた。

 

 もうずいぶんと前、家族がまだ魔物に殺されていなかった頃に聞いた声。


「————ッ!」


 だがその声は、懐かしくはあっても、不快な思い出しか呼び起こさない。

 そんな声のした方へ、俺は顔を向けた。


「……久しぶりじゃな。ユーリス」

「——まだ生きてやがったのか。クズが」


 長い白髪を後ろで束ねた、腰の曲がった老人を——実の祖父を、俺は罵った。


 忘れるわけがない、コイツは——コイツこそが正真正銘のクズだ。

 あの日、家族が魔物に襲われた時——戦う力を持っていたはずのコイツは、一目散に逃げだした。

 誰にも言わず、心配していた家族を見捨てて。


「相変わらずじゃな、お前がワシを嫌うのは。そんなに嫌か」

「当たり前だ——ここが人目に付く場所じゃなかったら、とっくに殺してた!」


 コイツのせいで家族が逃げ遅れた結果、死んだ。

 それを忘れたと言うのであれば、人目に付こうと構わず殺す。

 コイツも家族と同じ目に合わせてやることでしか、俺の怒りは収まらない。


「ああなったのは自分のせいじゃない——とでも言うつもりか? 並の騎士より強かったお前が一目散に逃げたとしても、何も悪くないと——ッ! なぁッ!」

「あの時は——悪かった。目先の謎に釣られて、家族を忘れたワシが愚かだったとしか言いようがない。全てワシの責任だろう」


 激情に任せて声を荒げ、周囲の目が集まっている事にも気づかず罵声を浴びせた。

 だが、それを受けてなお、祖父は静かに語りかけてくるだけだ。


「今、事実をお前に明かすことは出来んが、本当に悪かったと思っている。この通りな」


 そう言って深々と頭を下げた祖父に、感情が混濁させられる。

 謝られても、コイツが家族を見捨てたという事実は変わらない。

 ——だが、俺の怒りはいとも容易く静まっていくのが、自分でもわかる。


「——だが、ユーリス。お前はワシと同じように失いたいのか?」

「——は? そんなわけないだろうが」

「ならば何故、あの場所にお前はいない……?」


 頭を上げた祖父に指差された場所に目をやる。そこは学生の生徒が集合している場所だった。


「——俺は、もう学園の生徒じゃないんだよ。あそこに行く必要なんかない」

「関係ない。あの生徒達はこれから魔物を討伐しに行くのだろう? お前は何のために騎士学園に入ったんじゃ。……魔物を絶滅させるためじゃないのか?」


「うるせぇな‼ もういいって言ってんだよ‼ 俺の出る幕じゃねぇんだ!」

「——何のために、この十年間剣を振り続け、強くなろうとしてきたんじゃ。ここで立ち止まってしまえば、研鑽してきた自信も、力も、全て失ってしまうぞ?」

「——そんなもの、とっくに無くなってるに決まってんだろッ‼」


 そんなもの、俺の中には既に無くなっている。努力して力をつけ、それに自信を持ったとしても、この世界じゃ何の意味も無かったんだ。


「俺がどれだけ努力してきたって、結局アイツには……クルトには勝てねぇんだ! 十年間剣を振り続けたって、聖剣の一本に簡単に負けるんだぞ⁉ だったら全部……全部アイツでいいじゃねぇか‼ 俺は要らねぇだろ‼」


 自分で自分を否定して、情けなくなってその場に座り込んだ。

 そんな惨めな俺に祖父すらも言葉を失って、誰も俺に声を掛けようとしない。

 

 ——いや、しなかった。……たった一人を除いて。

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