危機




不意に黙り込んだシラの態度に不穏なものを感じ取り、グロウハウンドを探すのを一旦止めてシラへと視線を向ける。

—— だが、シラはすぐに顔を上げた。その表情に虚ろさを残して。


「—— あ、そうそう。さっき村の人からこれ貰ったんだよねー」

「そんなことはどうでもいい。それよりさっきの質問に答えろ」

「じゃーん! 火炎瓶!」


俺の言葉を無視して、違和感の残る自慢気な態度で火炎瓶を見せつけるシラに、俺は言葉を失った。


グロウハウンド相手に炎は全く効かない。ましてやこんなに木が密集しているところで火炎瓶を使おうものなら、瞬く間に火事になる。

—— そんなことすら分からないバカだったとは。

何でこんなやつが医者になれているのか理解できない。


「…… 今すぐあの村に戻れ。アンタはただの邪魔だ」

「なにその言い方! 役に立つかなって思って貰ってきてあげたのに! 最低!」

「—— おい、火炎瓶を頬に押し付けてくるな」

「嫌でしょ? 嫌だよね? 私もそれくらい嫌な気持ちになったの! だからきみも暫く同じ目に遭って反省して!」


俺を馬鹿にしているのか、それともコケにして楽しんでいるのか。いずれにしろ俺は、頬に火炎瓶を押し当ててくるシラの行動に、我慢の限界を迎えていた。


「てめぇ、いい加減に—— ‼」

「—— きゃっ⁉」


頭に来ていた—— それは事実。

しかし、だからと言って、急にシラの腕を掴んだのは不味かったかもしれない。


——直前までこの女は火炎瓶を持っていたわけで。


俺が腕を掴んだ事で、驚いたシラが持っていた火炎瓶を落とした。

火炎瓶とは文字通り燃える瓶だ。

だがその性質は不思議なもので、あらかじめ火をつけるのではなく、瓶を割ると発火する仕組みだ。

正確に言うと、瓶の中に入っている液体が可燃性のもので、それが大気に触れている状態で衝撃を与えると発火する仕組み。


それを木の上から落とした。しかも木の高さ的に十メートルはあるだろう高所から、だ。

案の定、瓶は割れて火が木へと燃え移り業火へと変わる。


「おい、何落としてんだよ‼ しっかり持つこともできないのか⁉」

「は、はぁ⁉ きみが急に腕を掴んでくるからでしょ⁉ 私のせいにしないでよ!」


そうして揉めている間にも炎は次から次へと燃え移り、俺たちが乗っている木も燃え始めた。


「—— チッ。この樹にも燃え移りやがったか」


グロウハウンドの姿が確認できていない今、まだ下に降りたくはない。索敵せずに不意打ちの一発を喰らったら、ひとたまりもないのは確実だ。

そんな理由から、俺はまだ火が燃え移っていない木を探す。


「どど、どうするのこれ⁉ どうすればいい⁉」

「俺に聞くな‼ 自分で何とかしろ! だからあの時、村に帰れって言ったんだ!」

「そんなこと言われたって、まさかこんなことになるとは思わないじゃん! ねぇ、助けてよ‼ ほんとに死んじゃう!」


シラを置いて、まだ火が燃え移っていない木に飛び移った俺に、シラが泣きながら懇願してくる。連れていくつもりは無いが、置いて行かれると思ったのだろう。


「回復魔法の使い手なら死ぬことないだろ! 自分で何とかしろ! というか、何度も言わせるな!」

「回復魔法は自分に使えないから‼ …… ねぇ、やだ! 待ってよ! こんなところで死にたくないの‼」


本当に、何をしに来たのか分からないシラのせいで集中できない。

こうなったら先にシラを何とかした方が効率的か—— と考えがまとまっていく。


「—— チッ。とりあえず、この樹からは下ろしてやる。だから真っ直ぐ村に戻れ」


よほど命の危険を感じたのか、俺が言い終わる前に頷いたシラの身体を抱え、一度木から降りた。俺はグロウハウンドを探すためにもう一度木へと登る。


そうして、木の上から沈んだ足取りで村へ向かったのを確認してから、再びグロウハウンドの姿を探す—— 。


「—— 見つけたぞ」


—— と、途端に近くの木が激しく揺れ出し、グロウハウンドが姿を露わにした。

だが、なぜこのタイミングになっていきなり—— 。


「———— まさか‼」


揺れる木が一直線にシラの方へと向かっていく。おそらく—— いや間違いなく、シラを標的にしている。


このままグロウハウンドがシラに追いついてしまったら瞬殺されるのは目に見えている。


「——クソ! 本当に、何をしに来たんだよ! あの女は!」


元はと言えばアンタが俺についてきたからこうなったんだ—— と、シラに悪態をつきながら、全速力でシラの下へと向かった。

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