学園医の隠し事




 ***


 何をそんなに隠そうとしてるんだよ—— 。


 その言葉が、嫌な響きになって頭に残ってる。

 彼に木から降ろしてもらった後、一度だけ彼の方を向いてから村へと向かう。


「別に—— 隠したくて隠してるわけじゃないから…… 」


 自分に言い聞かせるために言ったその言葉で、隠し事をしているという事実を認めてしまった。—— 多分、誰にも聞かれてないのは助かったけれど。


 だけど、振り払うことの出来ない罪の意識が呼び起こされたのも事実。


「—— こんなの、誰かに言えるわけないでしょ…… ッ」


 私がリタのことを知っているのも、村を助けようとしたのも—— 。全部、自分の為にやった事。自分で犯した罪を許すために、そのために利用しただけ。


 自分のしたことを無かったことにして、逃げようと思ったから。

 それを彼は—— ユーリス君は知らない。それすらも利用しようとした。そんな自分が気持ち悪く感じる。


「ほんと…… 一生忘れられないんだろうな…… 」


 私は、まだ教会にいた頃に重傷を負った人を見殺しにした。

 私なら助けられたのに、命惜しさでその人を助けなかった。その時のことは今でも鮮明に思い出せるのだから、余計うなされる。


 恐怖で動かない身体、既に死んでしまった人たちの屍の数々。そして、魔物に殺される瞬間、目があった人の表情—— 。


 思い出そうと思えば簡単に、匂いも、感触も、声さえも簡単に甦る。

 その感触から逃げ出すために教会を去って、騎士学園の学園医として生活してきた。

 教会を騙して、先生や生徒にですら嘘をついて「架空の私」を作りあげてきた。


 けど、それも結局続かないんだって思い知らされた。

 数カ月前、「教会が人探しをしている」という噂話を聞いてしまったことによって。 —— このままじゃ教会に連れ戻される。それだけは絶対に嫌。

 そんなことを思って、何とか教会の追手から逃げようと考えていた時に—— ユーリス君の存在を知った。


 彼の祖父を名乗る老人から、「ものすごく腕の立つ孫がいるんじゃ」と聞いた時は、気分が軽くなった。


 これでまた、教会から逃げだせる—— そう思って。


 しかも、そのユーリス君が騎士学園に入学する—— ということを聞いた時には、本気で神様が私に味方しているんだとすら思った。

 

 —— だけど。


 実際に会ったユーリス君は私の想像していた人間じゃなかった。まるで私の正反対のような人間。

 自分の実力を疑うことをしないで、相手が大人でも子供でも関係なく、自分を突

 き通せる—— そんな人間。


「…… やっぱり、無理だよね! 人間がそんなに簡単に変われるわけないし!」


 ユーリス君がリタに説教を始めた時は、ただの「ヤバいやつ」としか思わなかった。でも、そのユーリス君の言葉はリタを変えた。

 そんなユーリス君と一緒に行動すれば、ひょっとしたら自分も変われるんじゃないかって思ってしまった。


 —— 結果、この有り様になっているけど。


「断ってくれないかなぁ…… 」


 そして今、変われなかった私は結局、最初の予定通りに逃げようとして—— ユーリス君を利用しようとしている。

 そんな自分に嫌気が差して、今すぐにでも死んでしまいたい。


「———— !」


 そんなことを—— 死んでしまいたいと思っていたから、なのかもしれない。

 —— ふと、後ろから聞こえる何かが走る音に振り返ったら、魔物の巨大な口が目の前に迫っていた。


 ***

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