サボり魔の学園医



「——クソッ!」


 溜まっていくばかりの怒りを吐き出すように怒鳴った。

 今、俺のいる場所は寮の自室ではなく、王都の端にある小さな公園だ。

 当然、突然怒鳴った俺に恐怖混じりの視線が向けられる。


「———— あ?」


 だが、その視線のほとんどが子供の視線だった。

 五、六人くらいの子供が保護者らしき一人の女を囲んでいた。だが、その視線の全てが俺へと向けられている。

 視線を向けられて困惑する俺と、怒鳴り声に反応した子供でしばらく互いを見続ける—— と、俺の足にボールが当たった。


「あの…… それ…… 」


 まだイマイチ状況がつかめていない俺に、恐る恐る近づいてくる子供。

 そこでようやく理解した。おそらくこの子供達は、ここで楽しくボール遊びをしていただけだったのだろう。


 ——そんな時に俺が怒鳴り声を上げたせいで、楽しい雰囲気が一気に冷めてしまったらしい。

 多少の罪悪感と共にボールを返すと、蜘蛛の子を散らすようにサッ—— と消えていった。


「…… あーあ。せっかく子供たちと楽しく遊んでたのになー」


 —— 子供らが去っていくのをなんとなく眺めていた。

 そんな中、俺と同じように取り残されていた女が、何故か不敵な笑みを見せながら俺に歩み寄ってくる。


「学校をサボってる誰かさんのせいで台無しだよ。—— ね? 騎士学園の生徒くん」


   ◇


 保護者だと思っていた女はどうやら子供と遊んでいただけらしく、遊び相手をとられた腹いせと言わんばかりに煽ってきた。


 —— 疑問と戸惑いで顔をしかめた俺の顔を覗き込むような仕草と共に。


 真上にあった太陽が少し移動して、若干傾いている午後。うっすらと聞こえる学園の鐘の音が午後一時であることを知らせている。学園にいる生徒は、これから午後の授業が始まるところだろう。


 そんな午後の始まりに、俺は公園で女に顔を覗き込まれていた。


「…… 言いたいことがあるなら言え。無言で顔を近づけてくるな」


 鼻先が触れそうなくらい顔を覗き込んでくる女にそう返す。が、女が顔を離すことはなく、相変わらず俺の顔を覗き込んでくるだけだ。

 いや、顔というより目を見ているのだろう。澄んだ青色の瞳と視線が合っているから間違いない。


 ——だが、目を覗き込まれるというのは中々不快なものだ。何というか見透かされているような、得体のしれない恐怖を感じる。


「—— 離れろって言ってんだよ」


 一向に離れる気配のない女にしびれを切らし、肩を掴んで無理矢理遠ざける。ぶっきらぼうに押し出された女は少しよろけた。


「ひっどいなー、もう少し丁寧に接してよ。私、学園じゃ結構人気あるんだからね?」

「丁寧に—— ? 俺が離れろって言った時に自分から離れりゃよかっただろ。それをアンタが無視したんだろうが」


 悪ふざけのような物言いにそう返しつつ、改めて女の姿を見る。

 自分の知っている人間か確かめるためだけに何となく見た—— 筈の俺の視線は、長い黒髪へと誘われ、その女の姿に思わず見入ってしまった。

 編み込まれている、波打った腰まである黒い髪。吸い込まれるような感覚がするほど黒いが、光を反射している部分だけは青みがかかっている。そして俺を見据えたままの青色の瞳。

 思慮深く見えて知性を感じさせる—— と思った直後、何も感じなくなった。つまり、よく分からない。だが、常に何かを企んでいる人間の瞳によく似ている。

 それに加え身長が高い。おそらくおれの鼻辺りまであるだろう。

 そんな長身に白衣を纏っている。袖口のたくし上げられた白衣は、その女の豊満な体型と相まって、学者や医者の着るそれではなくロングコートのようにしか見えない。


 それらの特徴だけ見れば知的で物静かな女として見える。おそらく俺より二、三歳は年上だろう。少なくとも同年代ではない筈だ。


「それでー? きみ、騎士学園の生徒でしょ。何でこんなところでサボってんの? なんか、初日から謹慎処分になった生徒もいるみたいだけど…… まさか、きみだったり?」


 知的に感じたのが嘘のようにベラベラとよく喋り、息をつく間もなく質問を繰り出された。

 その話し方にまるで知性を感じない。感覚だけで生きているのだろう。


「—— その前に、アンタいったい何者だよ。俺が学生だって何で知ってる」


 ボルガンド騎士学園の制服は、実際の騎士団の制服とよく似ている。おまけに生徒数が毎年少ないせいで、一般人は騎士団の制服か学園の制服か見分けがついていない。

 それを難なく見分けられるだけじゃなく、さらにこの女は学園の内情まで知っている。ただの一般人じゃないのは明らかだ。


「あれ、知らないの? 学園医なんだけど私」

「———— は?」

「本当に知らないの⁉ ——あ、そうだ。タットニーって苗字の女の子知らない? 私の妹で、きみと同じように今年入学したんだけど」

「…… いや、知らない。生徒の中で名前を知ってるのは聖剣野郎とプリックだけだ」

「じゃ、じゃあ! 『学園に凄い美人がいる』っていう話とか聞いたことない? クラスで喋ってる人いた! とか、友達から聞いたとか!」

「……聞いてないな。興味もないが」


 俺に知られていないことがそんなにショックだったのか、口をあけて驚く女。


 そのまま固まった—— かと思ったら肩を落としながら近寄ってきて、俺が座っているベンチに、俺とぴったりとくっつくように座ってきやがった。


「ちょっとした自慢だったのになあー…… 、みんな知ってると思ってたのに。まさか存在すら知られてなかったなんて…… ショックだぁ」

「———— 落ち込んでないで自己紹介しろよ。初めから自分で名乗っとけば済んだ話だろうが」


 足を抱えて座りながらぼやく女から距離を取りつつ、まだ名前を聞いていないことを指摘する。

 —— というか、この女と関わるつもりは無かったのに、何故俺は律儀に相手の名前を知ろうとしているのか。


 どうにも、この女といると疲れる——そう思った。

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