名前



 なぜ俺は、律儀にコイツの名前を知ろうとしているのだろうか。

 だが、俺から催促してしまった以上、ここで帰ってしまったら流石にバツが悪い。


 ——ひとまず、名前を聞いてから寮に帰ることにするか。


 そんなことを俺が考えている間に女も何か思いついたらしく、わざとらしく手を打っては「ひらめいた!」なんてことを言っている。


「ねぇ、私のこと本当に何も知らないんだよね?だったらさ—— 名前当ててみてよ!」

「ふざけるな、何で俺がそんなことをしなきゃいけない。そもそも先に話しかけてきたのはアンタだろうが」

「でも、私の名前を聞いたのはきみだよね?」


 加えて「私は別に名前知らなくてもよかったし?」と、ニヤつきながら言ってくる。


 —— 面倒くさい。間違いなく舐められている。

 俺がそれを言われたら何も言えないだろうと思っている顔だ。本当に腹立たしい。

 そもそも、初対面の相手に自分の名前を名乗るのは常識だろうが。


「話しかけるならまず、自分の名前を名乗るのが常識だろ。だからアンタが先に名乗るべきことに変わりない」

「そうなの?私は相手の名前を聞く前に自分の名前を言うんだと思ってたんだけど」


 それを言われて言葉に詰まる。確かにそれは一理ある話だ。

 だが、それを認めてしまったら先に名前を聞いた時に名乗らなかった俺が間違っていることになる。それだけじゃなく、よく分からない遊びに付き合わされることになりかねない。


 それだけは絶対に避けたいところだ。


「—— 今ぜったい『その通りだな』って思ったでしょ!早く名前教えてってばー」


 俺が反論するより早く、それを言われたせいで何も言えなくなってしまう。


 結局、何も言い返すことの出来なかった俺は「この女の名前を当てる」という遊びに付き合わされることになった。


   ◇


「待って…… 面白過ぎるんだけど! ただのサボりかと思ってたら謹慎処分受けてたとか! ていうか、一体何したらそうなるわけ?」

「黙れ。俺が聞きたいくらいだ」


 ケタケタと声を上げながら笑う、シラと名乗った女にそう返す。

 謹慎処分になった理由など俺が聞きたい。

 俺が謹慎を受けていたということで声を上げて笑うシラだが、俺に言わせればシラの自己紹介の方が笑いものだ。


 わざわざベンチから立ち俺と向き合ったと思ったら—— 左手を胸元に添え、右手を腰にあてる、いわゆる貴族のような自己紹介を始めたのだ。

 その自己紹介に貴族なのかと思っていたら「ま、貴族じゃないけどねー」と軽く一言を放ち、それを問い詰めれば「やってみたかったの!」と無邪気に返してきやがった。その自己紹介の方が、俺の謹慎中の事実よりはるかに笑えるものだろう。


 ——あの後、意味の分からない遊びに付き合わされることになったのだが、どうしてもそれをしたくなかった俺は手短に自分から名乗った。


 そして「俺が名乗ったんだからアンタも名乗れ」と返したわけだ。その俺の態度に「面白くない!」とシラが若干不機嫌になったものの、結局名乗った。

 そんなわけで互いに自己紹介を済ませ、いざ俺が寮に戻ろうとした時—— シラによる怒涛の質問攻めが始まって今に至る。


「じゃあさ、初日のきみの行動教えてよ。そしたら何かわかるかもしれないし」

「—— 俺が分からないのに、他人のアンタが話を聞いただけで分かるわけないだろ」


 そう言いながらも初日の行動を振り返りながらシラに話していく。


 ——授業が始まる前に正面玄関で一悶着あって、その件で教師に注意を受けた。それが終わってようやく授業に参加できたと思ったら今度は教師との決闘が始まった。

 たしかそんな感じだったはずだ。


「—— いや、原因分かりきってんじゃん!何かある度に人を殺そうとしてたら謹慎処分にもなるよ、そりゃあ」


 俺が話し終えると、ありえないと言わんばかりの表情でそう言われた。


「…… 峰打ちだ。殺そうとしたわけじゃない。侮辱してきたから軽く脅してやっただけだ」

「侮辱してきたからって…… 。なに、そんなに酷いことでも言われたわけ?違うでしょ」


 俺が実の親を殺した—— というデマを流されるのは酷いことになるだろう、とは思っているが、そんなことはどうでもいい。俺はそこが理由でキレたわけじゃない。

 これから自分がどんな世界に行こうとしているのか—— 。それを弁えず考えなしに、侮辱してきたことに腹が立ったんだ。

 やり返されるとまるで思っていない態度、それ故の安心感に浸って「ヤバそうなら逃げればいい」と思っている。そんな奴に騎士が務まるわけがない。


 だが、本人にそれを指摘したところで改善されることはない。だから体に教えてやろうとしただけだ。


「実際になんて言われたのか私は知らないけど…… 、そうやってすぐ他人を攻撃してたら皆に嫌われるよ? 魔物は人よりずっと強いんだし、もっと他の人と協力しないと」

「協力…… ? バカバカしい。そんなのは自分に甘えてる奴らの言い訳に過ぎない。大体、魔物一匹に一人で戦えないような奴は騎士になるべきじゃないだろ」


 —— そうだ。

 強くなければ何も守れない—— 俺はそれを身を持って体験したはずだ。

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