プライド


「それが現実だ」とばーさんに言われても、それを受け入れることは出来なかった。


 —— そうじゃないだろ、と。


 仮にそれが世の中だとしても、それが全てではないだろう。

 俺は騎士になるつもりなど無いが、騎士になる人間はそれ相応の覚悟を持つべきだ。断じて「騎士になれば将来が安定するから」という理由でなっていいものじゃない。


 だからこそ、俺は騎士にならないのだから。人を助けるつもりも無い、自分の復讐のためだけに動いているのだから、俺が騎士になる資格はない。


 騎士になるということは—— 誰かを助けるということは、そういうことのはずだろう。


「そんな中、魔物を絶滅させようとしてるお前が入ったんだ。衝突するに決まってる。—— だから嫌だったんだよ。お前がこの寮に来るのは」


 それから、追い打ちをかけるように「入学試験にお前が来た時から、この運命は決まってたんだよ」と言われれて、俺は憤りを感じずにはいられなかった。

 だが、自分でも何がそんなに腹立たしいのか分からない。

 騎士団が想像以上に情けないことへの怒りなのか、そんなものがまかり通っている事への怒りなのか。


 —— それとも、騎士を軽んじている目の前の老婆への怒りか。


 いずれにしろ憤怒を感じるのは確かであり、それをいま口にしたところで何も変えることは出来ないという無力感を覚えたのも確かだ。


 そこまで考えて、考えることを止めた。こういう時は大抵、頭の中で四の五の考えても結論は出ない。


 そして、学園に行こうと準備した荷物の中から剣だけを取り出す。


「どこへ行くつもりだい。学園には行くなと言ったはずだよ」

「—— どこでもいいだろ。学園に行くつもりは無いから好きにさせろ」


 そう吐き捨てて、俺は溜まりに溜まった怒りを魔物へとぶつけるべく—— 王都の外へと向かった。


   ◇


「—— チッ」


 ひとつ舌打ちをついて、手頃なベンチに腰を下ろした。

 そんな俺に、奇怪なものを見る視線が集まる。おそらく剣を持っているせいか、騎士学園の制服を着ているせいだろう。


 そうして、無遠慮な視線を向けられる中、王都の防壁近くにある公園で何気なく空を見上げた。


 先刻、ばーさんに言われた言葉が頭の中で反芻する。

 どうせ年寄りの戯言だ—— そう結論づけて、謹慎処分の間は外で魔物相手に修業しようとした。

 だが今、俺は魔物殺すでもなく、公園のベンチに座って空を見上げているだけだ。


「———— 関係ないだろ」


 ばーさんが言ったことは、俺にとって何も関係ないはずだろう。

 元々、俺には騎士になる動機など一つもなく、なるつもりも無かった。

 その騎士が、実際はおよそ騎士と呼べない人間の集まりだったとしても、俺には何の関係もない。


 俺の目的は家族を殺した魔物に復讐する事であり、それには騎士など必要なく、騎士になる必要もない。


 —— それでも怒りが込み上げてくるのは何なのか。


「………… 」


 俺が騎士になりたくない理由はいくつかある。その中でも最たるものが、「対象が居ないこと」と「実力不足」によるものだ。

 対象が居ないことは簡単に分かるだろう。読んで字のごとく、俺には守りたいものが無い。

 愛国心も無ければ、助けを求める人間を助けようとも思わない。国が滅ぼうが、誰が死のうが興味が無いという訳だ。

 おまけに、多くの人間が守りたいと思うであろう「家族」も、俺には無い。

 —— というよりは失ったわけだが。


 いずれにしろ、守りたいものが無いのに「何かを守る騎士」になりたいと思うことはない。

 そしてもう一つ、「実力不足」だが—— 、


「クソ………… 」


 過去を思い返して嫌な気分になり、眉根を寄せる。

 —— 俺は、幸か不幸か魔物という存在を近くで見る機会が多かった。

 偶然見たのは家族を失った時だけであり、それ以降は自分から望んで見に行ったのだが。その度に、魔物という存在の強大さを何度も味わってきた。

 人がどれだけ努力し魔物に対抗しようとしても、魔物はそれを息をするように無に帰す。

 十年間剣を振り続け、自分を鍛えてきた俺ですら魔物で言う所の、中の下レベル程度でしかないだろう。


 そんな存在から何かを守ろうと—— それこそ、国や人を守ろうとするのであれば明らかに実力不足だ。

 理想は頂点に立つことだが、最低でも上の中あたりのレベル程度にはいない

 と話にならない。

 だが、そのレベルの魔物など歩くだけで地形を変えてしまうような存在ばかりだ。

 そんな魔物の相手を人間が出来るわけがない。


 —— だから俺は騎士になるつもりは無いという訳だ。

 騎士になるということは、それらの魔物と渡り合う覚悟と実力を持つということだから。


「ふざけるなよ———— クソが!」


 だが、それはあくまで俺が想像する騎士に過ぎないとばーさんに言われたわけだ。


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