第10話 便箋

 仮面屋の中には客はおらず、入り口から入って正面のところにレジやステンドグラスの妖しい照明と共にポツンと女店主が立っていた。


「いらっしゃいま……」


 シンの姿を見て仮面屋の女店主は驚いた顔をして一瞬硬直したが、その後すぐににやりと笑って


「今日はその子の分?」


 と続けた。やれやれと言った様子でシンは返答する。


「相変わらず話が早すぎて助かるよ。」


「常連だもの。それくらいは汲み取るわよ。」


「……というかよく覚えてるよな。もう何年も前に作った顔なのに。」


「自分の作品は忘れない。職人って言うのはそういうものよ。積もる話もありそうだし奥で聞くわ。」


 そう言って店主は二人をレジの奥にある倉庫へと連れて行った。


 倉庫には作業途中と思われるおびただしい数の仮面が四方の壁に掛けられていた。特に視線を感じるというわけではなかったが、四方を顔に囲まれていることで空間全体が何とも言えない居心地の悪さに包まれていた。


「ずいぶん溜めこんでるな。」


「構想が浮かぶとつい、ね。飽きっぽいからほとんど途中になってるけど。」


「おいおい……」


「大丈夫よ。の方はちゃんとやってるから。とりあえず数と用途だけ教えてくれる?」


「最低二つ、出来れば三つ。逃亡用だ。」


「あんまり時間もない感じかしら。」


「あぁ、出来るだけ早く欲しい。今日中にいけるか?」


「舐め過ぎよ。17時前ぐらいにもう一度来なさい。あ、寸法だけは先に測らせてね。」


「……相変わらず仕事が速過ぎて助かるよ。カリーナ、行っておいで。」


 促されるままカリーナ(アメリア)は部屋の中央に置いてあった椅子に座らされた。


「じゃあ俺は店の方で待ってるよ。」


「あらそう、すぐ終わるのに。」


「追手が来てる可能性もあるからね。警戒を解くわけにはいかないよ。」


「なるほどね。」


「それじゃ、頼んだよ。」


 そう言い残してシンは店内へ戻っていった。



 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 数分後、採寸が終わり店主とアメリアも店内へ戻ってきた。特に追手が来ている様子は無く、静かな店内でシンは棚に並ぶ仮面を一つ一つ神妙な面持ちで眺めていた。


「買っていく?」


 店主はシンの様子を見て語り掛けた。


「……いや、荷物は少なめにしておきたいんでね。遠慮しておくよ。」


「そう。それじゃあ五時頃にまた来て。あぁ、そうだ。あとこれ。」


 そう言うと店主はシンに横長の封筒を手渡した。


「……!!」


 その封筒を見てシンは愕然とした。見覚えのある純白の封筒と紅蓮の封蝋。それは紛れもなくシンの所属していた組織の通達に用いられる封筒だった。


「なんで……これを……」


「昨日の夜にアンタのボスから『もしここに来たら渡してくれ』って頼まれたのよ。それ以外特に何も言わずに出て行っちゃったから事情もよくわからなかったんだけど。」


「………………」


「探るつもりはないから私はこれ以上触れないでおくわ。とりあえず仕事はするからその辺のいざこざはそっちで何とかしてね。」


「……あぁ。ありがとう。」


 そう告げてシンとアメリアは外へ出た。ひとまずシンは貰った封筒を開け、中に入っていた便箋を取り出して黙々と読み始めた。


「………………」


 最初はこれ以上ないというほどに動揺していたシンだったが、手紙を読み進めていく内に段々と安堵と寂寞が入り混じった表情に変化していった。マスク越しで分かりにくかったものの、震える手や息遣いでその変化はアメリアにも伝わっていた。


 手紙を最後まで読み終えるとシンは静かに一粒だけ涙を流した。


「………………」


「……どうしたの?」


「いや、ごめんね。何でもないよ。」


 そう言ってシンは涙をぬぐいながら懐に手紙をしまった。


「昼ご飯を食べに行こう。この辺は美味しい料理屋がたくさんあるからね。何でも好きなものを食べていいよ。」


「……うん。」


 それ以上アメリアは手紙の内容について聞こうとはしなかった。





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大富豪の娘を誘拐したら、世界中から狙われる羽目になりました。 曖昧もこ @EggLove

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