第9話 ナポリとローマ

「うわぁ~ふかふか!」


「平日だから空いてるけど、あまり騒がないようにね。」


「はーい!」


 乗ったことのないアメリアにとっては列車内のすべてが新鮮だったようで車内に入った瞬間から今に至るまでずっと目をキラキラと輝かせていた。

 反面、シンは目立ってしまうのではないかと内心不安になりながらもアメリアの笑顔を見て水を差すのは悪いと思い、出来る限り彼女の好きなようにさせた。


 二人が座席についたところで列車が動き始め、しばらくすると車窓の外にはだんだんと遠ざかっていくナポリの街が見えた。興奮冷めやらぬ、といった様子のアメリアだったが窓の外に映る自らの故郷を見て一瞬寂しげな顔をした。


「……戻りたいかい?」


 シンはアメリアの表情を見て不意に聞いてしまった。彼女の返答次第ではこれまでの苦労も水の泡となるかもしれない。だが彼女が戻りたいと言うならば、とシンはアメリア自身の意思を尊重したいと考えた。

 するとアメリアはシンの方に向き直り、微笑しながら答えた。


「ううん、戻りたいわけじゃないの。ただ……私、この街のことはそこまで嫌いじゃなかったなぁって。」


「……そう。」


「……ごめん、なんて言えばいいか分からないや。言葉にするのが難しくて。」


「大丈夫、何となくわかるよ。」


「もう、お兄さん。」


「……わかった。」


 この旅は絶対にやり遂げるという少女の硬い意志をシンは感じた。


 その後は二人の間で特に会話をすることもなく、アメリアは外の景色に夢中な様子だった。シンの方は終始車内を警戒していたが、特に何事もなく二人は無事ローマのテルミニ駅に到着した。


「うわ~おっきい!!」


「……再三言うようだけど、あまり騒がないようにね。」


「はーい!」


 同じような注意をした後、シンは駅前でタクシーを拾い、目的の場所へと向かった。



 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



「このお店?」


「いや、ここから十分くらいは歩くかな。」


「すぐ前に停めてもらえばよかったのに。」


「まぁ念のため、ね。怪しそうな人がいたら先に昼食をとってまた来よう。」


「うん。」


 ローマの街はバロック様式やルネサンス様式の建造物が遍在しており、中世の風を感じる文化的な街並みがアメリアは気に入ったようだった。美しい海岸線やカラフルな色合いの建物が有名なナポリとは対照的な部分が多く、列車の時と同様にその新鮮さが彼女の心を揺さぶったのかもしれない。


 店の前まで来てシンは一旦止まって辺りを見回したが、特に怪しい人物は見当たらなかった。


「どう?」


「多分大丈夫だと思う。射線の通りにくい場所だし狙撃も……」


「しゃせん?」


「あぁごめん、何でもない。大丈夫そうだから行こうか。」


 そうして二人は入り組んだ狭い路地にある、少々派手な装いの仮面屋へと入っていった。





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