隣に住む学校の『アイドル』に推しVtuberの良さを熱弁したら、中の人であることをカミングアウトしてきて、俺にだけ素の顔で懐くようになったんだが?
第3話 やはり学校の『アイドル』は、気を張り過ぎている
第3話 やはり学校の『アイドル』は、気を張り過ぎている
【というわけで今日の朝活はここまで! それじゃみんな、今週も頑張って行こうー!】
モモちゃんの元気な挨拶で締め括られ、配信画面がエンディングへと切り替わる。
――おつモモー! モモちゃんの朝活で元気出たよ! これで一週間頑張れるぜ!
――今から地獄の満員電車に揺られて社会の波に揉まれてきます!
――楽しい配信をありがとー!
――おつモモー! しっかり寝るんだよー!
配信が終了して、コメント欄も各々がモモちゃんへ感謝のコメントを送っている。
授業の合間にコツコツと配信を見ていたら、すべての内容を見終えることが出来た。
動画が最後まで再生されて、画面におすすめ動画が表示されたところで、俺は配信画面を閉じて現実へと意識を戻していく。
「まーた配信見てんのか?」
とそこで、俺の目の前に突如として、クラスメイトの
「うわっ⁉ びっくりさせるなよ峻希」
「お前が不注意なだけだよ。ずっとスマホばっかり見てよ。ほら、早く着替えろ。次の授業体育だぞ」
「マジかよ⁉」
峻希に言われて気付いた。
既に教室内には他の生徒はおらず、既に着替えて体育の授業へと向かったらしい。
俺は慌てて体操着の入った袋を取り出して、体操服へと着替えていく。
峻希は先に行くことなく、俺が着替え終わるのを待っていてくれていた。
「お待たせ、行こう!」
着替えを済ませ、俺は峻希と一緒に教室を後にして、足早に昇降口へと向かっていく。
「お前、また寺花さんと一緒に登校して来ただろ」
昇降口へと向かう途中、峻希が唐突にからかうような口調でそんなことを言ってきた。
「悪いかよ?」
「いや悪くはねぇけどよ、あんまり快く思ってない連中はいるんじゃねぇの? なんせ彼女は、学校の『アイドル』だからな」
「出たよ。そうやって寺花さんを偶像化するの、良くないと思うけどな」
そう言ってみるものの、Vtuberオタクの帰宅部男子と、学校の『アイドル』が一緒に登校しているのを見たら、『何でコイツが』と、快く思わない奴が出てくることも重々承知している。
俺としては、家が隣同士でたまたま一緒になったから登校してるだけなのに、周りはそんな理由など聞いちゃくれない。
何故なら、学校の『アイドル』一緒にいる男はみんな気に食わないからである。
「でも、お前だって可愛いとは思うだろ?」
「そりゃまあ、可愛いとは思うけど……」
「けどなんだよ?」
言葉を詰まらせた俺に対し、その先を促してくる峻希。
俺はしばし頭の中で整理をしてから、自身の考えを口にする。
「ほら、寺花さんって基本的に笑顔をずっと振りまいてるだろ? それがなんというか、気を張り過ぎてるような気がして、ちょっと見てて心配なんだよ」
「元からそういう性格なんじゃねぇの? 斗真の考えすぎだって」
「そうかな? だったらいいんだけど……」
判然としないモヤモヤ感が残る中、廊下の角を曲がった時だった。
廊下の壁に寄り掛かる寺花さんを見つけたのは――
「寺花さん!」
俺の身体は勝手に動いていた。
すぐさま寺花さんの元へと駆け寄って声を掛ける。
「あっ、安野君……どうしたの?」
彼女はいつもの笑みを作っているものの、見るからに顔色が悪く、体調が悪そうだ。
「おいおい寺花さん大丈夫か?」
後追いでやってきた峻希も、心配そうに寺花さんの様子を窺っている。
「とりあえず保健室に行こう。俺が付き添うから」
「そこまでしてもらわなくても平気だよ。自分で歩いて行くから」
俺の提案を断り、寺花さんは自力で保健室に歩き出そうとする。
しかし、一歩目を踏み出したところで寺花さんはよろけてしまい、地面に倒れかけてしまう。
咄嗟に俺は手が伸びて、寺花さんの両肩を手で掴み、身体を支えてあげていた。
「フラフラじゃないか! そんな状態で歩くのは危ないって! ひとまず、一旦壁に寄り掛かって」
寺花さんの手を引き、もう一度壁際に寄り掛からせてあげる。
顔色は相変わらず青白くて、明らかに血色が良くない。
壁際に手をついて立っているのもやっとという感じだ。
もうすぐ授業が始まるため、廊下には俺達以外の姿は見受けられない。
先ほど峻希が言っていた、『アイドル』と一緒にいると快く思っていない奴らに見られる可能性は低いだろう。
「峻希、悪いけど先行っててくれるか。俺は寺花さんを保健室に連れて行く。体育先生に事情を説明しておいてくれると助かる」
「俺も付き添わなくて平気か?」
「あぁ、ここは任せてくれ」
「分かった。寺花さんお大事にね」
最低限の必要事項を峻希に伝えると、峻希は寺花さんを心配そうにしつつも、俺の言う通り体育館へと歩き出した。
峻希の姿が見えなくなったところで、俺は再び寺花さんへと向き直る。
「ひとまず、保健室に行こうか」
「うん……」
寺花さんはコクリと頷いたものの、その場から動けそうな様子ではない。
どうしたものかと俺は頭を捻って考えをめぐらす。
その時、きゅっと服の袖が掴まれた。
掴まれた袖の先へ視線を送れば、寺花さんが調子の悪そうな顔色で笑みを浮かべていた。
「やっぱり一人で保健室に行くよ。私は大丈夫だから、安野君は体育の授業に行って」
そう言って、彼女は笑みを絶やさないで言い切った。
やはり、彼女は無理をしている。
体調が悪いというのに、自身の弱さを他に人に見せることもなく、己を貫き通そうとしているのだ。
その姿には尊敬を覚えるのと同時に、彼女の内なる弱さを垣間見た気がした。
彼女のそんな姿を目の当たりにして、俺の中で決心がつく。
「ダメ。寺花さんは俺が保健室に連れて行く」
「で、でも……」
「いいの。寺花さんは調子悪いんだから、こういう時はお互い様だよ。ほら、乗った乗った」
俺は身を屈め、両手を後ろに伸ばして背中へ乗るよう寺花さんに促した。
「えっ⁉ さ、流石にそれは……」
「フラフラで歩けないのに遠慮しない。それとも、お姫様抱っこの方がいいわけ?」
「……わ、分かったよ」
ようやく観念したのか、寺花さんはゆっくりとこちらへ身体を預けてきてくれる。
「それじゃ、起き上がるよ」
ゆっくりと起き上がり、寺花さんをおんぶして持ち上げた。
その瞬間、俺はこの判断を後悔することとなる。
ジャージ越しとはいえ、寺花さんの体温と柔らかい感触が背中全体に伝わってきたからだ。
「……」
思わず、ゴクリと生唾を飲み込みかけてしまう。
今考えたら、とんでもないことをしていると気づく。
学校の『アイドル』と呼ばれている存在を、こうしておんぶしているのだから。
手で掴んでいる太ももや、背中に当たる柔らかい感触。
さらにはフローラル系のいい匂いがふわふわと漂ってきて、頭がくらくらしてきてしまいそうだ。
「ごめん重いよね。やっぱり私、自分で歩くから……」
「平気だから。動くよ」
俺は余計な煩悩を振り払い、出来るだけ寺花さんを揺らさないようにしながら、保健室へと歩き始める。
動き出してしまったので、寺花さんも抵抗が無駄だと判断したらしい。
俺の首元へ腕を回してきて脱力する。
彼女が身体を預けてきてくれたことで、身体の感触がさらに鮮明となってしまう。
うぉぉぉぉっ。
耐えるんだ安野斗真。
これはあくまで緊急事態でやってることなんだから……!
「ありがとう安野君」
俺が葛藤していると、寺花さんがか細い声で感謝の言葉を口にしてくる。
その一言で、俺は冷静さを取り戻す。
初めて彼女が気を緩めてくれたような気がして、俺はどこか安堵感にも似たような感情を抱く。
寺花さんは気を張り詰め過ぎなのだ。
だからここまで一人で我慢してきたのだから。
「……無理しすぎなんだよ寺花さんは」
俺はそんな独り言を吐き捨てて、寺花さんを急いで保健室へと運んでいく。
大事に至りませんようにと祈りながら……。
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