第2話 推しのアイドル

「おはよー美月! ねぇ、聞いて聞いて!」

「ん、どうしたの?」


 教室に着くなり、寺花さんはすぐさまクラスメイトに話しかけられ、女子グループの輪の中へと入っていった。

 徹夜したとは思えぬほどに、今も元気な笑顔を振りまいている。

 そんな寺花さんを横目に、俺は一人自席へと向かっていく。


 自席へと座り込み、俺はそそくさとBluetoothイヤホンを装着。

 ポケットからスマホを取り出して、大手動画配信サイトを開く。

 とあるチャンネルへと飛び、アーカイブの動画をタップして動画を再生する。


【おはモモー! 桜の木に実ったモモから生まれた妖精。桜木さくらぎモモーだよ!】


 聞こえてきたのは、元気いっぱいな女の子の声。


【ということで、今日も元気に朝活やっていくよー!】


 スマホの画面に映し出されているのは、オフショルダーの胸元がくっきりと分かる桜色のワンピースに、茶色の髪はサイドテールに結ばれ、後ろから生えている薄桃色の羽には桃と桜があしらわれた、可愛らしい装いのアニメキャラクター。


 そんな可愛らしい妖精が、画面内でぬるぬると動いている。

 配信サイトの名前から模して、世間ではVtuberと呼ばれている存在だ。


 挨拶で言っていた通り、彼女の名前は桜木さくらぎモモ。

 桜の木に実ったモモから生まれた妖精であり、日本のカルチャーとなりつつあるVtuberに興味を持ち、現世に降り立ってVtuber事務所『フラッシュライフ』のオーディションを受けて今に至るとのこと。


 多くのVtuberは、このように何かしらのバックグラウンドを持っているのだが、大抵の場合、キャラクター性の一貫性がブレていき、設定が乖離するというのが定番だったりする。

 しかし、モモちゃんに関しては、未だにその設定崩れを見たことがない。

 今もなお、元気で快活な妖精ちゃんというスタイルを保ち続けているのだ。

 

 配信画面内では、満面の笑みを浮かべてたモモちゃんがピョンピョン激しく上下に揺れている。

 それがまた、彼女の可愛らしさを助長していた。


 ――おはモモー!

 ――モモちゃんの配信を待ってた!

 ――おはモモー! 朝からモモちゃんの声が聞けて嬉しい!

 ――月曜の朝からモモちゃんの声が聴ける。これで一週間頑張れる!

 ――こんな朝早い時間から配信してくれるモモちゃんに感謝


 モモちゃんの配信を心待ちにしていたモモナー(モモちゃんファンの通称)の人たちが、コメント欄でモモちゃんの声を聞けることに感謝の意を述べている。


【というわけで今日も始まりましたモモの朝活! 今週はどんな話題があったでしょうか?】


 こうして始まったモモちゃんの朝配信、通称『朝活あさかつ』。

 一週間の始まりである月曜日に、仕事や学校へ行くのが億劫な人へ、素敵な朝をお届けしたいというモモちゃんの心優しいコンセプトから生まれたこの朝活は、文字通り休日明けの鬱屈とした月曜日の朝を彩ってくれる大人気コンテンツとなっていた。

 『フラッシュライフ』内でも大人気コンテンツとなっており、箱推し(企業グループのタレント全体を推すファンの総称)も数多く視聴していることで知られている。


 モモちゃんの朝活略称『朝モモ』は、グループ内で起こった出来事(主に配信でのアクシデント)などを、ニュース形式でモモちゃんが教えてくれるというもの。

 モモちゃんが所属しているVtuberグループ『フラッシュライフ』には、他にも多くのVtuberが所属しており、全員の配信を追うのは難しかったりするので、こうして話題をピックアップして提供してくれることは、視聴者にとって貴重な情報収集源となっているのだ。


 本来なら六時半に起きて、この配信を生視聴しながらゆっくりと朝の時間を過ごす予定だったのだが、寝坊してしまったためアーカイブ動画での視聴で我慢する。


【それじゃあ、先週起こったトピックを元気にお伝えしていきますよぉぉぉ!!!】


 ――朝からハイテンションだなモモちゃん

 ――俺なんて、まだまぶたが開いてないのに


【あははっ! 実はこの配信準備してたから、今日寝てないんだよねー!】


 ――マ⁉

 ――徹夜は気合入り過ぎwww

 ――なるほど、つまり深夜テンションって事ですね分かります

 ――モモちゃんの朝活に対する本気度を感じる

 ――大丈夫? ちゃんと睡眠とるんだよ?

 ――健康第一だよ。でも配信してくれてありがとう

 ――無理しないでね? しっかりおやすみするんだよ?


 モモちゃんの徹夜発言に、驚きの声と心配するコメントが入り乱れている。

 そう言えば、寺花さんも昨日は徹夜したとか言ってたっけ?

 みんな頑張り過ぎではないかと心配になってきてしまう。 

 寺花さんと学校へ来るときに話した内容を思い出して、俺はちらりと彼女の様子を窺った。

 寺花さんは徹夜したとは思えない程、今も笑顔を振りまいている。

 無理しなきゃいいけど……。

 

 そんなことをしているうちにも、モモちゃんのアーカイブ動画は進んでいく。


【心配してくれてありがとう。この後ちゃんと寝るから安心して! ってことで、今日もみんなと一緒に今週フラッシュラインで起こった出来事を取り上げていくよー!】


 心配するモモナーのみんなを安心させて、すぐさま配信の本題へ話を進めていくモモちゃん。

 視聴者のコメントを拾いながら的確な返答をするこの対応力。

 きっと、普段から気配りが出来る子なのだろう。


「はぁ……やっぱりモモちゃんの配信は最高だ。朝から心が浄化されるぜ」


 俺は一人教室内で、そんな独り言を零してしまう。

 スマホを見ながらひとりごとを呟いている。

 誰かが見られていたら確実に引かれただろう。

 だが、今俺にはモモちゃんしか見えていない!


 モモちゃんは天使である。

 彼女が楽しそうに配信しているだけで、こっちまで元気を貰えるのだから。

 もしかしたら、何かしら不思議な神秘的なパワーを持っているのかもしれない。

 先週起こった出来事を伝えてくれるモモちゃんの配信を聞きながら、俺はHRが始まるまで、モモちゃんとの時間を過ごした。


 これこそ、Vtuber桜木モモ推しの高校生、安野斗真本来の姿。

 Vtuberオタクの俺が、学校の『アイドル』と呼ばれている寺花さんなんかと釣り合うわけがないのである。


 しかしこの後、寺花さんとになるなんて、この時の俺はまだ全く予想もしていなかった……。

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