きずつく

「まさか嘘ついてくると思わなかったよね」

「毎朝会ってたってやつも、嘘っぽくない?」

「嘘だったら相当やばいよね」

「ねえストーカーとかしてたりして」

「こわーい」

「アキくんかわいそう」

「ていうか脈がないって、どうしてまだ気づかないのかな」

「やっぱりさあ、幼馴染み、だから」

 そこでひときわ大きい笑い声。無邪気な悪口は、どんな娯楽よりも楽しいものだと思う。自分より不幸な人間を仕立て上げてしまうのは、私だけじゃない。

「本気でアキくんからの告白待ってるよねえ」

「でも、わたしたちとしては面白いよね。そろそろ話聞きながら笑うの我慢するのつらいけど」

「いっそ五月ちゃんから告白してほしいよねえ。ふられたらみんなで慰めてあげようね」

 ね、ね、ね。連続する相槌がこだまして、思わず私も「ね」と続けそうになる。

 女子トイレは掃き溜めみたいなところだ。いろんな人の悪口がどんどん捨てられて、根源はもうみつけられない。あまりに堆く積み重なっているから、水に流すことだってできない。

「あ、片瀬さん、今の話は内緒にしてねえ」

 急に話しかけられて、そちらを向いた。私はひとりでトイレに来て、用を足して、水道で手を洗っているところだった。その隣には藤崎五月の友人たちが、彼女がいないのをいいことに、機関銃のごとく悪口を言っている。

「言わないよ」

 水を切りながら答えた。ありがとー、と棒のような謝辞。松田美代のほうがまだ感情はあったな、と思う。

「ていうか夏祭り、アキくん松田さんと行ったらしいよ。三組の子がみたって」

 えーっと大げさな声が響く。からかわれたりするの嫌いだから。そんなふうに言っていたのに、簡単に噂になる松田美代の安っぽさに唾を吐きたくなる。足もとのタイルが急に崩れてゴミの山があらわれる。そう、ここは掃き溜めなのだった。

 松田美代からも、藤崎五月の悪口を言う彼女たちからも、汚いものがどんどんこぼれていっている。口もとから、指先から、黴が生えた果物みたいな汚物。掃き溜めから、私はそれを拾っていく。拾ってあつめて、藤崎五月にあげたい。

 悪口を言っている彼女たちは、ふたりがつきあっていることまではまだ知らないようだった。

 ねえそのふたり、実はつきあってるんだよ。

 そのひとことは、一瞬だけ私の自尊心を満たすだろうけど、本当に一瞬だけだろうから言わずにおいた。

 藤崎五月は、事実を知ったら傷つくだろうか。泣くのだろうか、叫ぶのだろうか。母みたいに、きいきい縋り付くのだろうか。かわいそうで、惨めな藤崎五月。油断すると、笑みがこぼれる。彼女がいてよかったと思う。

「夏祭りのこと、五月ちゃんには秘密にしておこうね。傷ついちゃうもんね」

 もったいない。くすくす笑いながらトイレを出ていく彼女たちの背中を見つめながらそう思った。私はこんなにも藤崎五月を傷つけたがっている。

 本当は私も雪平秋人の特別なんだよ。

 だれもいないトイレでつぶやいても、そのひとことは拾われることなく掃き溜めに落ちていった。足もとがぐらつきそうになるときは、いつもゆきちゃんのことを思い出す。ゆきちゃんはいつか私のお母さんになってくれる。そしたら私はもう、かわいそうにならない。

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