こたえる
私は主人公でなくてはならなかった。ハッピーエンドが約束されている主人公。「絶対にアキくんも五月ちゃんのこと好きだよ」、この言葉が真実であることを証明してたくさんの人に祝福されるまで、私たち以外のすべては演出のための配役だ。
夏休みが終わっても、暑さは一向に変わらなかった。蝉の声は多少小さくなったような気もするけれど、それでもひっきりなしに鳴いている。外のうるささに負けじと教室もけたたましい。田舎に遊びに行った、新しい水着を買って海に行った、彼氏と遊園地、地元の夏祭り。そんな夏の思い出がそこらじゅうに溢れ返っていた。
「五月ちゃん、おはよー」
いつもの私の友達。夏祭りに誘ってくれた女の子たち。彼女たちには、「夏祭りはアキと行くかもしれない」と言ってあった。私はアキと出かける想像しかしていなかった。アキから誘いがこなかったことを伝えたら。彼女たちは私に失望してしまうかもしれない。
主人公は、失望されてはいけない。諦められてはいけない。
「どうだった? 夏休み」
女の子のひとりが全員にたずねる。私はだれかが話すのを待って、三番目くらいに口をひらく。それぞれ楽しげに夏の出来事を話すけれど、私はどれも興味がない。本当なら、私の前の話題は単なる前座でしかなかった。私とアキの話がメインになるはずだった。心なしか、私の発言をみんなが待っているような気がした。
アキと夏祭りに行かなかったことは、私にとって本当のことではなかった。だから本当にするべきだった。
「アキの部活がある朝は、いつも会ってたんだ」
えーっ、とその場に楽しげな声が響いた。私がいちばんだった。私が話すと、みんなとくべつたくさん笑った。
アキが落としてくれる飴玉や金平糖を、そっと広げるように私は夏の思い出を語る。宝石みたいに輝く色とりどりのお菓子がみんなにもみえるなら、どれだけおいしそうに目にうつるだろう。
「夏祭りは、どうだった?」
にこにこしながら女の子が再び訊いてくる。口角を上げて、私がこたえるのを楽しみに待っている。裏切ってはいけない。その期待に、こたえてあげるのが主人公。
「一緒に行ったよ。でも、アキって恥ずかしがり屋だから広めないでほしいんだって。だから、ここだけのひみつね」
嘘を言っているという自覚はなかった。だって本当なら、私とアキは夏祭りに出かけていたはずなのだから。私は本当のことを言っただけ。
アキが私の家まで迎えに来て、ふたりで神社に向かって、なるべく学校の子には会いたくないからというアキの意見を尊重して人混みを避けて、それでもりんご飴を食べたいと言った私のために屋台に並んでくれて、大きめのりんご飴を買ってくれて、それをふたりで分け合って、赤くなった舌を笑い合って、家が近いから帰りもずっと一緒に歩いて、おやすみ、と言い合って、私が家に入るまでアキはその場にいてくれて、部屋に帰ってから電話をして、花火がきれいだったねって言い合って。
妄想なんかじゃない。私はアキと一緒に夏祭りへ行った。
私の夏の思い出に対して、女の子たちはそうなんだあ、と笑った。いいねえ、と羨んだ。けれどその反応は、私をそれほど満足させなかった。アキが落とすお菓子とは全然違う、気が抜けたサイダーみたいな、ぬるい味がした。
「告白はされなかったんだね」
ひとりが言った。私がなにかを言う前に、べつの子が口をひらいた。
「野球部、大会は結果出なかったんだってね。もしかしたらそれで落ち込んでいたのかな?だから、五月ちゃんに告白するのはやっぱり文化祭かもしれないよね」
女の子のひとりが言う。どうかなあ、アキはけっこう小心者だから。そう笑いながら受け流している最中、そういえば野球部の試合結果をアキから一度も聞かなかったということに気がついた。
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