第50話 骸と魔女


 建国から三日も過ぎているというのに、第一ファームは夜通しお祭り騒ぎだった。永久にお祭りが続くのではないかと、半ば呆れたようにリアラは嘆息する。だけど、これこそが家畜の欲した自由だ。めでたい、めでたい。


「よし、と」


 今リアラの目の前には、街の壁を貫く大穴がある。

 穴の中は配管が剥き出し状態で、雨水か何かは知らないが、謎の液体がぽたぽたと排水されている。人々の手によって瓦礫はおおかた運搬され、風が吹き抜けるほど見通しがよくなった。


 穴の向こう側で手招きしているのは、人々が渇望した自由の大地だ。


「リアラ、行くのね」


 壁を穿つ穴のそばで、アルティア様が見つめてくる。

 お見送りに来てくれて、嬉しさ反面、寂しさも感じる。


「はい、行って参ります」


 十五年という年月を過ごしたこの街にも、想い出がたくさんあったのだとこの期に及んで気づかされる。嫌な想い出もあったが、楽しい想い出も間違いなくあった。そのどれもが、今のリアラを形作ってくれた大切な想い出だ。


「わたくしはここで、人々の希望であり続けるわ」


 アルティア様は背筋を伸ばして言った。


「カイロスという事実を告げたというのに、みんなそれでもわたくしを慕ってくれてる。仮初めのクロノスだったけれど、みんなにとってわたくしは、紛れもないクロノスだったから。だからわたくしは、この国の光でありたいわ」

「アルティア様は、いつ見ても――眩しいです」


 相変わらずアルティア様は、お日様みたいに眩しかった。


「ふふ、わたくしにとってはリアラ、あなたが光だったわ」

「ときどき、帰ってきますね」


 ここは、リアラの故郷だ。

 魔族の国だったとは言っても、帰る場所は間違いなくここ。

 それにアルティア様が、いつでも待ってくれている。


「次はどこへ行くつもりなの?」

「片っ端から魔族の国を潰して回ります」


 改めて言葉にすると、実に嫌な旅の始まりだ。


「そうすればいずれ、エトエラにも行き着くはずです」


 それからリアラは振り返り、柔らかくアドくんに尋ねる。


「そうですよね、アドくん?」

「返事してあげて、アド」


 隣でウィンターさんも声をかける。


「……………………………」

「ダメね。ただの屍みたい」


 アドくんの収められた棺桶は何もしゃべってくれない。

 荷車を引くネクロリッチがひょこりと肩をすくめた。


「わたくし、心配だわ。だってあなたたち……」


 アルティア様が頬に手を当て、困ったように眉尻を下げる。


「全員死体なんだもの」


 アルティア様の視線の先には――

 ウィンター、ジル、そしてアド。

 この場にいる全員が死んでいる。


「クハハ。これからは〝黒死体のジル〟とでも名乗ろうか」

「〝黒騎士〟のままでいいです。一生こき使ってやります」

「世知辛い……」


 しゅん、と口髭を揺らすジル。


「じゃあ、行ってきますね。アルティア様」

「行ってらっしゃい、リアラ」


 壁の穴から押し寄せる大地の風が、アルティア様の髪を華麗に舞い上げた。

 棺桶の車輪が回る音を聞きながら、リアラは新たな一歩を踏み出していく。


「あなたは、自由よ」


 骸と魔女の旅が、今始まる。



                        了




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骸と魔女 D・マルディーニ @maldini

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