第49話 新時代


 青空から陽の光が差す、崩壊した第一ファーム。


「あの、どうしてわたし生きてるんですか?」


 状況が呑み込めず、動揺を隠せないリアラ。

 貫かれた胸の傷が塞がっているのを、何度も手のひらで確かめている。


「〝赤の巨人〟、四体分だ」


 アドが四本指を立ててみせると、リアラの眉が余計にひそめられた。


「いきなり何の話です」

「四体分の魔力を使って、アンタの傷を癒やした」

「はい?」


 リアラが両手を胸に当てて息を呑んでいる。


「お母様が得意だったのは、浄化でも支援でもなく、治癒だった」


 お母様は誰よりも生命を大切にしていたから。

 魔族であろうと人間であろうと。


「ボクはお母様と違って治癒魔術が下手くそだけど、〝赤の巨人〟のおかげで何とか治すことができたんだ。ギリギリだったけど、生きててよかった」

「わたし……生きてる……」


 リアラはそっとうつむいた。

 鼻の鳴った音が聞こえたかと思うと、次第に体がどうしようもなく揺れる。


「ボクの分まで生きて」


 リアラのうつむけた顔から、ぼたぼたと涙がこぼれ落ちる。


「アドくん……」

「んー?」

「ありがとう!!」


 ああ――

 青空に浮かぶ太陽が両手で包むように街並みを照らしている。

 とても優しく、柔らかく、温かく。


「どういたしまして」



     *



 影の国は崩壊し、終焉の時を迎え――

 崩壊した王都スカサハにも、五日という時間が過ぎた。


 アドは大勢の人間を連れて、王都の大広場に足を踏み入れた。


 集まってくれたのは、第一ファームから第八ファームの上級家畜、そして組合の代表者含めてざっと三千人ほど。人と魔の争いに終止符を打つための、いわゆる戦後処理というやつをアドは任された。


 発起人はアルティア。

 面倒だが仕方がない。アドがここを離れた途端、魔族が人間を殺し回ったら後味が悪い。棺桶で安眠するためにも、やれることはやっておこう。


「おー、壮観だね。あちらさんも準備万端だ」

「わたしたちの倍はいるんじゃないですか?」


 リアラが首を伸ばしてあたり見渡した。

 おそらく、万単位の魔族の列だ。


「……あのぅ、よろしいか?」

「なんだよ」

「なんです」


 アドとリアラが面倒くさそうに振り返った。


「なぜ吾輩が、ここに……?」


 隻眼の黒猫がもじもじと前脚を擦り合わせる。


「そんなの決まってます」


 リアラが前かがみになって、黒猫の鼻頭を小突いた。


「ジルくんを、永久にこき使ってやるんです」


 そういうことなので、ジルの死体もネクロマンスしておいた。


「わたしを殺した罰ですよ」

「……世知辛い」


 ジルを蘇らせた表向きの理由はそういうことだが、裏向きの理由もある。

 それは、魔族への牽制である。

 ここには万単位の魔族が集っているが、この中に戦意を持っている者はいない。むしろ家畜三千人に恐れをなして、刺激を与えぬよう息を潜めている。


 それもそのはず。


 今この場には、一日で影の魔王と欺瞞の魔王を倒し、その両者を手懐けたネクロマンサーがいるのだから。家畜三千人を引き連れたアドの存在は、王都を恐怖のどん底に墜落させるには充分だった。


 魔族の皆様方もここに来るのは嫌だっただろうが、アルティアの要請に従い怯えながら集まってくれたのだ。


 アドとアルティアは広場の中央へ歩を進める。

 二人を護衛してくれているのは、四季を冠する四体の姫君だ。


 冷血の吸血姫、ウィンター。

 色欲の美魔、サマー。

 無垢なる蟲の王、オータム。

 快楽の千年竜、スプリング。


 広場中央の壇上に登り、アドとアルティアは魔族の大衆を見下ろした。


「魔族の皆様、この場に集まっていただき、感謝致します。わたくしはアルティア・クロノス。人間の代表として参りました。率直に申し上げます。あなた方魔族と、和平を結びたい。あなた方に、拒否権はありません」


 争いが争いを生む前に終止符を打つ。

 それが、アルティアの王族としての役目だった。


「魔族の法をすべて解体し、一切の武力を禁じ、議会での決定を国の方針とします。二議会の一旦を担う人の王は、わたくしアルティア・クロノスが。もう一旦を担う魔の王は――」

「この人でいい?」


 アドが場違いなほど呑気に言った。


「…………」


 魔族たちが息を呑む異様な空気のなか、静かに置かれた棺桶の中から、一体の魔族が悠久から目を覚ます。その姿を見て、大衆がどよめきを見せた。


「名もなき魔族とは違って、エトエラ直属の部下だ。異論はないでしょ?」


 異論をつけられるのならつけてもらいたいものだ。

 影の魔王だって、欺瞞の魔王だって、この存在にケチはつけられない。


「ボクはこれから魔王争いに参戦する。魔の国を滅ぼしまくる。きっと人間も魔族も、あぶれてくると思うんだ。そのときはこの国が、すべての難民を受け入れてほしい。人も魔も分け隔てなく」


 人も魔も、力の前では同じ――これはきっと正しいのだろう。

 でもやっぱりアドは、人と魔が心でつながる未来が見てみたい。

 それがお母様の、心から夢みた世界だから。


「ちょっとデカいけど、この国ぜんぶが孤児院ってことで」

「さすがにデカすぎますよ、アド」


 アドの言葉に、彼女は苦笑した。


「いつも弁当おいしかった。ボクを育ててくれてありがとう、メリュディナ」


 新たに誕生した魔族の王に、300年越しの感謝を告げる。


「今日この時を以って、ここに新たな国を建てます。その名も――」


 アルティアが声高らかに宣言する。


「――〝光の国〟!!」


 人間たちが爆発したように飛び跳ねた。

 空に飛び交う三千の帽子たち。

 魔王に征服された世界で初めての、輝かしい人類の勝利だった。


 さあ、お母様――。

 新時代を見に行こう。

 人と魔が手を取り合う未来を。

 栄華の竜と共に。

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