第13話 家畜処理場


「な、何すんだい!? 詮索はよしな!!」


 母親の叫びなどどこ吹く風で、影の兵がどかどかと店の中を突き進む。


 二階に行かれたらウィンターとかち合ってしまうし、店の奥に来られたらリアラとかち合ってしまう。かといってアドが反撃に出れば、この母子は間違いなく、反逆者を匿った罪で処刑されるだろう。


 となれば選択肢はひとつか――


「使えない女だ。嘘もつけないのかよ」

「!?」


 自分から姿を現したアドに、母親は目を見開いて驚く。

 アドは手に展開した魔法陣を、あろうことか母親に向けていた。


「動くな。少しでも動いたら魔術を発動する」

「ナッ!」


 影の兵が声を荒げる。

 母親は反射的に両手を上げて無抵抗を示した。


「失敗したら殺すって言ったよな。この際、道連れだ」

「脅サレテイタノカ?」


 影の兵が母親に尋ねた。

 察しがよくて助かる。

 どうぞ善良な家畜を、極悪な反逆者から守ってくれ。


「た、助けて……」


 アドがこっそり目で合図を送ると、状況が呑み込めたのか、母親は影の兵に向かって声を震わせた。


「あ、あたしらは脅されて作らされただけなんだ。嘘を言ったのは、そうしないと何をされるかわかったもんじゃないからさ!」


 必死に弁明する母親。

 まずは母親が、アドと無関係であることを証明しなければならない。

 話をでっち上げてでも。


「兄ちゃん?」


 アドは天を仰いで後ろに倒れそうになる。

 状況を呑み込めていない奴が一人いた。


「邪魔だ」


 アドはカウンター横のエミールを蹴飛ばした。

 足の裏に内蔵の柔らかさを感じると、


「うっ……!」


 エミールは呻き声をあげて床に転がった。

 その顔が悲しげに歪み、腹を押さえてうずくまる。


「死ぬほど不味かったぞ、ここの飯」

「――え?」


 エミールが信じられないという顔で見上げてくる。

 アドはそんなエミールを虫けらのように見下ろし、母親を魔法陣で威嚇しながら出口に近づいていく。


「女を死なせたくなければボクに従え」

「殺さないで……」


 いい悪党っぷりだ。

 子供の目の前で母親を人質に取るなんて。


「くくく……」


 今まで静観していたシャドウアサシンが、喉の奥でくつくつと笑った。


「家畜に人質の価値があるとでも?」

「…………」


 ないのかよ。


「クソ」


 アドは背中を向けて駆け出した。

 視線の先には、出口。


「ぐっ……!」


 店の中で無数の駆ける音が連なる。

 木扉まであと一歩というところで、アドは腰に衝撃を受けて突っ伏した。


「母ちゃんのご飯は世界一だ!! もっぺん言ってみろ!!」


 やられた。

 後ろからエミールに体当たりされた。


「……っ!」


 アドの体に次々と影の兵がのしかかっていく。

 床に右頬を押しつけられ、息が詰まって苦しくなる。

 アドは歯を食いしばり、苦々しく顔をしかめるが、口元だけが笑っていた。

 ――遅いよ、エミール。

 もう少しで逃げ切ってしまうところだったじゃないか。


「家畜ノ子供、ヨクヤッタ」


 母親の悲鳴が響くなか、アドは地べたでもがいた。


「た、頼むよ、見逃してくれ! 腹が減って仕方なかったんだ! 家畜を殺す気なんてなかった! 飯を食ったら出るつもりだったんだ!」 


 我ながらいい演技だ。

 下っ端の悪党感がよく表現できている。


「服装ガ報告ト違ウヨウダ」

「変装ダ。腕輪ヲ確認シロ」


 影の兵に腕を捻り上げられ、関節に痛みが走った。


「アリマセン! 侵入者デス!」


 シャドウアサシンに向かって、家畜の腕輪がないことを伝える。

 この報告を以て、茶番は終了だ。

 エミールたちはアドに脅された善良な家畜。

 殺されないために従っただけで、自発的にアドを支援したという事実はどこにもない。しかもエミールはアドを押し倒した大手柄だ。共犯者の疑いを晴らすには、これ以上にない一手だったと言えよう。


「処分は追って下す」


 シャドウアサシンが母親に向かって言った。

 処分も何も状況証拠的に無罪だが、この期に及んでまだ疑ってくるか。

 疑り深い奴だ。


「腑に落ちんな。この家畜は〝断罪の悪魔〟を屠ったと報告されているが、まったく魔力を感じない。しかもこの弱りよう……こいつは囮で本命は別か」

「マサカ……!」

「もう一人、金髪の女がいたはずだ。そいつが本命だ、探せ」


 シャドウアサシンが店の奥を焦げるかと思うほど見つめる。


「外デス! 金髪ニ女ガ逃ゲマシタ!」


 店の外で見張りをしていた影の兵が焦ったように叫んだ。


「見失うな。追え!」

「ハッ!」


 ウィンターが機転をきかせてくれたようだ。

 指名手配されているのは、ローブの子供と金髪の女だけ。この二人がいなくなれば、店の中に隠れているリアラとジルに目がいくこともない。


「連れてけ」


 シャドウアサシンの命令で、アドは両手に手錠をかけられ、三体の影の兵に囲まれて歩かされた。後方をちらりと振り返ってみると、目を剥いて動揺しているエミールの姿が見えた。



     *



「兄ちゃん、わざとオレを怒らせて……」


 エミールもようやくアドの意図に気づいたようだ。

 アドを押し倒してしまった両手を、わなわなと震えさせて顔を青くする。


「なのにオレ……何もわからず邪魔して……」

「あれでよかったです」


 リアラがエミールと目を合わせる。


「エミくんのおかげで、アドくんを匿った疑いが晴れました。もし処分が下されたとしても、おそらく命までは取られないでしょう」

「オレ……二回も助けてもらった……」


 利己的に自分の目的を追求しろと言う割には、アドはいつも人助けをしているような気がする。緑の妖精にもそうだし、リアラにもそうだし、エミールにもそうだ。彼が、世界から嫌われる死霊術師だとはどうしても思えない。


 もっとアドのことが知りたい。


「リアラ、どうする?」


 口ひげをミルクで濡らしたジルが見上げてくる。


「魔族の商人を探します」


 リアラは言った。


「それがアドくんの依頼だから」


 リアラはアドを騙して利用することをやめようと思った。

 その代わり、アドのことを信じてみようと思った。



     *



「オラ、サッサト歩ケ」


 急に立ち止まったアドに苛立って、影の兵がドンと背中を小突いてくる。


「……ねえ、この建物はなに?」


 目の前に屹立しているのは、真四角の白い建物だった。


「家畜処理場ダ。オマエヲココデ、処理スル」

「処理!?」

「そう怯えるな。まだ、殺さない」

「……!!」


 あとで殺すという意味か。


「どうやって侵入したか、たっぷり聞かせてもらう。痛いのは好きか」

「痛いって……何するの……?」


 シャドウアサシンの脅しを馬鹿正直に受け止め、アドは如何にも『悪党の下っ端です』といった感じで怯えてみせる。


「くくく」


 シャドウアサシンは笑うだけで何も言わない。


「い、嫌だ! 行かない!」


 アドはその場から逃げようとするがすぐに押さえつけられる。

 最初はエミールたちを助けるために始めた演技だったが、演じていくうちにだんだんと楽しくなってきた。


「この世で味わったことのない痛みを味わうことになる」

「待ってくれ! ボクに何する気だ!」

「死んだほうがきっと楽だ。だが、出来る限り生きてもらう」

「や、やめ、やめてくれ……」


 頭を抱えてうずくまる。

 目に涙をいっぱいためる。

 みっともなく命を乞う。


 これには影の兵たちもご満悦だ。恐怖で怯えるアドの胸ぐらを掴み、そのまま強引に引き起こすと、耳元で「地獄ヘヨウコソ」と囁いた。


「オラオラ、サッサト歩ケ」

「嫌だ……行きたくない……!」


 アドはぶるぶる震えながら、四角い建物まで引きずられていく。


 扉を過ぎて中に放り込まれると、まず消毒液のにおいがした。


「制圧済み」


 次にウィンターの声が聞こえた。


「ナニ……!?」


 地に伏せる数多の兵の中央で、金髪・金眼の吸血鬼が儚げに立っていた。


「あの女を殺せ!」


 シャドウアサシンがすぐさま指示を出し、自らも背中の剣に手をかけようとするが――


「なっ……動か――」


 びくともしない体に驚愕する。

 ウィンターの胸の前に浮かぶのは、底冷えすほど静謐な魔法陣。東洋の島に棲まう雪国の吸血鬼、その一族のみが許される特異術式を紡ぎ、金髪・金眼の吸血鬼はすでに美麗な魔術を発動していた。


 血冷魔術〈雪見凍籠ゆきみとうろう〉。


 シャドウアサシンも影の兵も全身が氷漬けにされていく。

 世にも奇妙な紅色の氷に。


 手錠の嵌められたアドの手の中で、魔晄結晶が粉々に砕け散った。昇華する紫色の蒸気を見ながら、「あーあ。残り三つだ」とつぶやく。

 結局使ってしまった。


「アド、どうする?」


 ウィンターが無表情で尋ねる。


「まだ、殺さない」


 あとで殺すという意味だ。


「この国のこと、たっぷり聞かせてもらわないとね」

「……!!」


 シャドウアサシンは朱い眼光を明滅させ、やがて頭部まで氷に覆われていった。

 瞬時に発生した氷の造形は、東洋の墓地でよく見かける置灯籠だった。


「な――消えた?」


 アドが思わず声をあげた。


 影の兵もシャドウアサシンも、氷漬けにしたのはいいが、氷の中で影がすうっと消え失せていた 。全身鎧と黒装束だけが氷の中に閉じ込められている。


 抜かりない、とアドは思う。


 おそらく魔王の仕業だ。情報漏洩を恐れたのだろう。危機に瀕すると自然消滅するように、影たちを造り上げていたのかもしれない。ダグラスにもう少し、研究施設の〝造り物〟について調べさせておけばよかった。

 おかげで、重要な情報源を失ってしまった。


「だいじょうぶ」


 唐突にウィンターが胸を張った。


「リザードマンがいるから」

「……へ?」


 ウィンターが何を言っているのかマジでわからない。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る