第3.5話 田中君……天才かよ……

 京都市内を縦断するように通っている地下鉄烏丸線。

 そのうちの五条駅を降りて五分ほど歩いた場所にあるマンションの十二階にちひろの自宅はある。父親は単身赴任により不在のため、普段は母と二人暮らしだ。家に帰り、パートから帰った母親が作ってくれた夕食を食べる。いつもならこの後、二人で母親のはまっている韓国ドラマをリビングで一話だけ見る予定だったが、今日はそんな気分になれなかった。ちひろは食事を済ますと今日はやることがあると母親に告げ、自室へとそそくさと入っていった。部屋の扉を閉め、月明かりが微妙に差し込む部屋で電気もつけずそのまましゃがみこんだ。

(負けた……)

 別に絶対に勝てると思っていたわけではない。負けることだってあるのはわかっている。初めて出た大会だってボロボロに負けたじゃないか。そう自分に言い聞かせるが、気づけば涙が零れ落ちていた。

練習もいっぱいした。でも勝てなかった。自分で言うのは言い訳かもしれないと思い、心に蓋をしていたが、今日の負けでより一層思ってしまった。一人やるのは限界があると。

 ラップをする仲間がいないちひろにとって、対戦相手のほかにまず孤独と戦う必要がある。今日、一回戦で当たったMC花梨の取り巻きたちの歓声を正直羨ましくも思ってしまった。

「いいなぁ……」

 涙を拭いながら、ちひろはつぶやいていた。そして同時に、今日バトルの会場で会ったクラスメイトのことを思い出す。

「田中君……天才かよ……」

 達也の提案は切に仲間が欲しいちひろにとって非常に魅力的だった。本気でぶつかり合える仲間が学校のような身近な場所でつくることができたら、どんなにいいか。とにかく明日その天才に相談してみようと思い、緊張と疲労の糸が切れ、一気に夢の中へと誘われたちひろは、それに逆らうことなく、ベッドへと体を委ねた。

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