第4話

 サンスベリア献花台は、元はと言えば戦争の跡形の一つだった。どの戦争かは彼女らは覚えていない。ただ、その献花台としての機能から、ホワイトパレットの起こるまではある種聖域のような扱いとなって、死者に手向ける花を捧げる場所となっていた。

「13時25分、花が捧げられました」毎年、このセリフを聞いていた。自分自身、今のような世の中になるために亡くした人に対する敬意はあるつもりだ。ただ、こう、行事になってくると、どうしても忌避を覚える。彼らを忘れないことも大切だが、いつまでもそれに縋るのもまた違う気がしていた。

 実際、彼らの勇姿とは、どのような形で残るのだろうか?文明の足跡、月に付けた感動も、いずれ風に攫われどこかへ行く。いずれも鳴動する自然その中で。では、ホワイトパレットというのは自然に帰す行為なのか?そう言われると、否と言えるだろう。自然は地球の内でのみ完結させるべきで、ただ自然を乱すのは神ではないし、悪の組織がどうとかではない。ただの運命だ。そう、クリナムは運命に不満を持っていたからこそ、絶対的な何かに縋りたかったのかもしれない。同情を求めぬ恐怖を、今もまだ振り撒く者もない。

 アセビは操り糸に縛られている!と騒がれていた世間に特段興味はなかった。ご飯を食べて、寝て、少し喋って、外を歩いて、狭いコミュニティの中で生活していたから。外に目を向けるのが怖かったのだ。殻に篭っても生きていけるのなら、ずっとそうしていたい。そう、ずっと。

 つまりは運命が嫌いだった人が残っているのだ。ただそれに耐えかねた人から運命に乗っていく。

 ……理不尽だ。そうというほかないだろう。黒黒しい朝が続いたのだ。あれはニビルで、太陽ではなかった。

「ねぇお姉ちゃん。あれって太陽?ニビル?」

「さすがに、太陽なんじゃないかな」北に浮かぶ星を見て、彼女らはそんな会話を繰り返いていた。


 アセビは早朝、妹のために自分の背丈の七割くらいの太い木の枝を調達した。傷跡は包帯できつく結んで、できるだけ地面に足をつけないように慎重に。献花台、彼女らをここまで生かした怪物は、じっと獲物の来るのを待っている。

「行くよ、クリナム。立てる?」

「……うん。よく寝れたから、それなりに動けると思う」

 彼女らは歯車で繋がった電線の下を通った。案山子がこちらを見ているような気もしたし、昼に食べた物の中から鉄片も出てきた。

 雨が降って、屋根の下に来た姉妹はリュックを置くと、水筒を取り出し、雨水を集め始めた。この状況であれば雨水も綺麗な物ではないと察せるが、彼女らはどうせ長く生きる予定もないのだ。

「虹、見れるかな。クリナム」姉が薄灰色の雲を見ながら言った。

「止んだら見れると思うよ。歪んでたり飛んでたりするかもしれないけど……」

「虹って綺麗だったっけ。あんまりよく覚えてないや」

「綺麗、だったんじゃない?私も覚えてないみたい」短い会話が続いた。だんだんと小さくなっていく声、聞こえなくなった声、それと同時に雨も止んだ。

「あとどれくらいだろう。私の記憶だと四キロとかそこら辺だと思うんだけど」

「そうだね。あと三時間もしたら着けると思うよ」

「つまり夜?」

「ここで休んでもいいよ」

「いや、行ってしまおう」

 なんか、息がしづらい気がする。喉に何かが絡まって取れないように、声も出しづらい。アセビはどうにかその元凶を取り除こうとして起きた咳を受け止めた手には鉄片と血が混じっていた。最初から希望を持たなくて良かったとさえ思った。サンスベリア献花台にまで行って、まだ未練が残っていたらどうしようと、考えなくていい。

 ふと振り向くと、虹のような七色の虹彩が棒状に空から降り注いできている。あれが今の世界の虹か。ひどく醜い。

「あまり綺麗じゃないね。思ったより」

「そうだね。でも、しょうがないよ。空しいじゃん」

 かの月は顔を出し、彼女らを照らした。そしてようやく辿りついた。サンスベリア献花台。数段の石段と、豪華さは無い飾り、そして花を乗せるための台、ただそれだけだった。クリナムはリュックを置いて、水筒を取り出す。

「意外と簡素だったね、献花台。来たことなかったからさ」

「そうだね、私は一回だけ来たことあるけど、もうちょっと装飾が多かったはず。撤去されちゃったのかな」水筒の蓋を開けると、中から水に浸された花を取り出した。キュパリッソスを現す糸杉の苗。二つ折りをしていたからもうその木は成長することがないが、その期をずっと待っていた。

「ここで笑ってみる?」妹は聞いた。

「怯えてみてもいいよ」姉は答える。妹がクスッと笑うので。姉も優しく微笑んだ。

 アセビは立ち止まり、クリナムは献花台まで歩いていく。彼女はなんのために花をあげるのだろう?陰謀がどうとかの時であれば、そんな風習に倣う気もしないだろう。

 彼女は黙って台の上に花を置いた。

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