第3話

「ねぇ、もう少しで着くの?」

「一つ目の目的地にね。もうすぐだよ」

「どこか分かってるの?」

「……多分、山の麓なんだよ。目印は壊されてない限りあるはず」

 クリナムは歩き疲れて、鉄でない地面に座った。アセビもその隣に座って、周りを見る。そしたら驚いたような顔をした。

「すぐ近くだったよ。そこの鳥居」アセビはまた立ち上がったが、クリナムはそうではなかった。姉の背をしばし見て、また目線を戻す。歩き疲れたのだ。「そこに何があるの?」聞いた。これは怠けるためでもある。大した理由なく行く必要はないから。ただ、それはアセビも同じだ。

「来て。説明するよ」

 だるそうに駆け寄ると、一枚の手紙をバッグから取り出しているのが見えた。山の麓、木の根元、それなりに涼しいようで局地的に暑かった。鉄となった葉や幹が光を反射して、寒くなってきたといえ、昼間となればやはり陽の強いことよ。

 アセビはその手紙を木製のポストに入れた。クリナムはその目線を鳥居に寄せる。鳥居の前には大きな丸い石。彼女はこの場所を知らなかった。アセビは妹の方を向くと、説く。

「ホワイトパレットによって私たち以外の人は消えちゃったけど、ここはそんな人たちと出会える場所。亡くなった人の世界と今いる世界を繋げている場所だよ」

「でも、石が……」アセビは頷いた。

「そう。繋がっているとは言っても、行けるわけではないから」「じゃぁ、誰のための場所なの?」身寄りを失った少女は言った。同じく身寄りを失った少女に。安らかに答えが返ってくる。

「キッパリ諦めるためだよ、クリナム。決意。この手紙の返事が返ってこなくていいの。返ってきてほしくもないし」

「返ってきたらここに縋るから?」アセビはまた頷いた。

 アセビが投函したのは自分の遺書。返事はいらないとは言ったが、内心...そうではない。アセビはどこか期待しているからそのポストに、異界に委ねたのだ。遺書にしては感傷的でどこか悲観的で、なにかドラマの女優が彼と別れる感動の場面で語られる冗長で、フィクションのような体験談だ。

「クリナムは何かある?紙とペンならあるよ」義姉は提案したが、首を振って断る。

「私はもう、別の決め方をしたから」クリナムはもうすでに山の入り口まで戻っていた。帽子を目深に被り直して、足の関節を回す。

「姉ちゃん。姉ちゃんの目的地にサンスベリア献花台はある?」

「あるよ。場所はうろおぼえだけどね。もしかして知ってる?」クリナムは頷いた。

「私はそこに花を添えるから」「奇遇だね」

 少女はクリナムの所へ行く。そして今度は妹が先頭に立った。

 少し歩いて、クリナムは急にしゃがんだ。アセビが心配して近寄ると、その足元には血が落ちていた。

「クリナム……?」アセビは聞いた。

「だらけすぎが体に来たみたい。お姉ちゃんやすりある?」彼女は何を聞くこともなくそれをバッグから取り出して、言った。

「木陰にいって休んでいな。私はもうちょっとやりたいことがあるから」

 また少し経って、クリナムは自分の怠惰の現状を知った。

「足にへばりついているせいで……使えないね。あと腕も重い……」今まで気づいていなかった不調があらわになって初めて痛みが体を襲った。限界が来ている。人は限界を越えられない。

「どうしようかな……お姉ちゃんを心配にさせる気にもなれないし、そうはいってもここ山道に半分入ってるし、野宿は経験ないし……うーん」

 クリナムはやすりを置いて考えた。そろそろ陽が落ちる。これほど陽が落ちるのは早かったかどうだか?呆けているだけで時間は過ぎていった。姉は未だ帰って来ず、ただ何をするでもなく何かの到来を待っている。一度陰謀論に浸った脳、それをまた動かして、記憶を呼び起こしていた。


 「惑星ニビルは国が開発した、外交を有利にするための戦争兵器……それが暴走したからこうなった」「ホワイトパレットはなんちゃら教の神」「これは予言されていた終末だ」と。そんなことは起こった後に言っても意味がないというのに。理由付けに必死になって他の人を巻き込んでみんなで不安になってる。陰謀論は論説として好きだった。こういう辻褄合わせもあるのかと感心した。ただ、今になって考えて、それが単なる高尚気取りであると知った。だって、それを知ってなんになるの?こんな状況にもなってさ。

「ねぇ、クリナム?危ないよ」姉は座り込んで泣いている妹を初めて見た。それが怯えに含まれて言えば、彼女は終わり。

「……遅かったね」クリナムは文句を言った。姉は反論しない。片手には完璧な四葉のクローバーを持っていた。それと水の入った水筒。

「大丈夫だったの?足、痛そうだけど」

 クリナムは立ち上がれなかった。それどころか、現実から目を逸らすために具合を悪くしている。アセビは彼女の隣に座ると、二人で星空を見た。太陽のようなニビル、月のようなニビルは存在しない。もう知っている。ニビルは地球から去っているのだろう?それか、無力化して、どこかで誰かの食糧になっているのだろう?ただ、そんなことはどうでも良かった。ただ今パレットの上で白のフリをしている。

「歩けなくなったかもしれない」彼女は言った。

「そうなんだ……とても残念。これからどうする?」

「どこかに良い感じの棒があったら、それを伝手にするよ」

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