第2話

 「ホワイトパレット」とのちにそれは呼ばれた。オカルトの間だけで囁かれていた毎年出てくる終末予想それに当てはまらないただの運命。サンスベリア献花台に花が添えられた時、天宙の色が反転し、それは姿を現す。惑星ニビルそのものが、地球に非現実的な変化を及ぼしたのだ。最後には世界は文明の跡形をのこさずに消える。そこから先、また新たな文明が励起するような気もしない。世界は変わったのだ。


 クリナムは揚げ物屋であろう場所から商品棚の中にある砂鉄と磁石の集団を発見した。これはコロッケだったのだろうか。その隣は鶏皮揚げのような変形した鉄板、店頭には揚げパンもしくはカレーパンがあった。大部分は鉄に覆われているが、これは内部まで浸透はしていないらしかった。

「これは、まだ食べられるのかな」懐からナイフを取り出して少女は言う。パンを手に取ると、鉄を巻き込まぬよう大げさに抉った。そして、それを開けた瓶の中に入れる。

「まぁ、最悪煮たり焼いたりしたら大丈夫だしね」

 そうして自己暗示をかける。居住スペース、2階はもうすべてかっさらわれた後で、保存食なんてものは残っていなかった。棚の上に写真を見つけた。ありし日の写真立てはビスマスの枠になり、収めている写真は花畑のようだ。遠くに風車が見える。夫婦と思われる人がカメラに向かって肩を組んで、ピースしている。また周りをみると、生活感がそのままに人だけ消え去ったという表現が適切に思えた。

「幸せだったんだろうね……かわいそうに」


 パレットというのはキャンバスに絵を描こうとした段階から色を持つようになる。それは洗い流せば元通り、しかしホワイトパレットというのはパレットに載せた単色や混合色すべてを白に置き換えることを指す。つまり、世界のリセットなんてものではなく、ただの強引に世界を無くしていくだけ。

 文明を持つことのできない生物は直ちに死んだ。体組織の中が多く鉄に置換されると生きていく上でどうしようもないのだ。人間は手術なりなんなり手を施すことができる。ただそれはホワイトパレットの影響が灰色の色調になることとそれだけだったらの話だ。


 ホワイトパレット範囲内で笑うか怯えの表情をすると、二時間後に周囲の無機物と同化する。ある、鉄の置換によって臓器移植が必要になった患者が、検証段階の危険な手術に名乗りを上げた。この時、たとえば脳に鉄が、心臓に鉄が、とか。救いようのない場合は倫理的処置をしていた医療サイドであったが、この患者には無事に成功した。

「ありがとうございます!これでまだ……」

 と、患者は笑顔で言っていたらしい。手術中は緊迫していて自分の唾を飲み込むのすら忘れていた医者もその時には患者のベッドの前に立って「大変だったなぁ」と笑い合った。その二時間後、彼彼女らはいなくなったわけだが。

 他にもある。目の前で人の死やら変形を見た人はどう思うだろうか?目を覆い隠した自分の愛する人が近寄ってきて、その隠している手の隙間から鉄の冷ややかな反射が見えたらどう思うだろうか?すべからく人は慄き、怯え、その場を一刻も早く逃れようとするだろう。二時間後、永遠の愛と共に彼彼女は消えるわけだ。その面、あの姉妹はなぜ生き残れたかと言えば、不明だ。ただ、感情が表に出ないタイプなだけかもしれないが、それが納得できるのは見た目的にアセビの方だけだ。

「こんな世界は生きている価値ある?このラジオが聞こえているなら、もうやめにしてよ。きっと世界を、それ自体を消してくれる何かがいるから」夜、眠ろうとしていた時にラジオから唐突に聞こえてきた声は泣いていた。

「ははっ。私は最後の時間をどう過ごせばいいの?前みたいに動物は愛でられないよ。植物だってこんなに醜いのに。空も、自分の手ですらも。結局生き残った方が不幸だ。そうでしょ?笑いたいなら、こっちに来なよ」

 ラジオは誰かが砂利、もしくは砂鉄道を歩いている音と若干の呼吸の音、苦しさが伝わってきた。呼吸はだんだんと離散的になる。

「……いやだよ。私の愛した場所だもの。ははっ、こんな簡単に終わるなんて不条理だって」足音は止むと、屈んだ時の服の擦れが聞こえた。小川の淵に立っていた。「誰かに聞いてほしいがためにこんなことするなんてね。だって、それってまだ自分がこの世界に居場所を求めてるってことでしょ?ふふ、本当にバカ」クリナムの寝たことを確認してから、アセビはラジオについているボタンをゆっくりと押した。

"1,5 4,3 2,1 9,4 3,1 7,1"

「ふふ、ありがとう。さっきは変なこと言ってごめんね。きっと君は違うだろうからね。今はやっと分かったよ。私は死にたくなかったって。もう手遅れだけれども」「だから……またね?」

 そうして通信は途切れた。持っていたであろう発信媒体はその小川に落ちて、重さで流れることもなく、そのまま息を絶やした。


「クリナム?そこにいた?」妹は姉の声でハッとして我に帰った。寝たふりをしたあの時のことを思い出して、つい棒立ちのまま食料を探しにすら行っていなかったからだ。

「いたよ。今下に降りるね」

 写真立ては持とうとするとビスマスが刺さって痛かったから、そのまま、過去のままにしておいた。

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