第8話 手料理

 帰宅した頃には、時刻はすでに午後六時を回っていた。


 当初は萌香の服を買いに行くという名目だったが、なんだかんだその他の雑貨――主には萌香と二人で生活するのに必要な物を買い揃えることになったので、それなりに時間を要することになったわけだった。


 かなりの量の荷物を持って帰宅した俺たちは、家に着くなり仕まえるものだけ仕まってからお互いベッドに腰を下ろして一休みした。


 「買い物ってこんなに疲れるもんなんだな……」


 俺が呟くと、萌香は頷いた。


 「ですね。……ていうか、なんか完全に私が圭太さんのお家にお世話になるという流れになってますけど、本当にいいんですか?」

 「だって行く当てないだろ」

 「それはそうですけど……」

 「ならしばらくはここに居ろよ。別にいつ出て行ってもいいし」


 俺の言葉に、萌香は納得しきれていない様子だった。萌香が俺に対して多少の申し訳なさを抱く気持ちはわかるが、この状況では誰かを頼ることが最善の選択だろう。


 「迷惑じゃありませんか……?」


 弱々しい声で萌香が尋ねてきた。


 「全く迷惑なんかじゃない」


 俺はきっぱりと答えた。


 それに対して、萌香はこれ以上何も言わなかった。さすがに納得せざるを得ないという感じだろうか。なんにせよ、しばらくの間は二人で生活を送ることになる。俺は今一度決意を固めた。


 「今は俺を頼れ」

 「……はい。ありがとうございます」


 俺の言葉に、萌香は素直に頷いてくれた。


 それからもう少しだけ、俺たちはベッドで肩を並べて疲れた体を休ませた。


 そしてしばらく経ったところで萌香はふと立ち上がり、「よし!」となにやら張り切った声を出した。


 「夕飯作りますね!」

 「おう。何か手伝おうか?」

 「大丈夫です。圭太くんはゆっくりしていてください」

 「そうか、悪いな」


 萌香は張り切った様子でついさっき冷蔵庫に閉まった生クリームとマッシュルームを取り出しに行った。どうやらパスタを作ってくれるらしい。俺にとってのパスタは基本レトルトの簡単なやつなので、ソースを一から作ると言う萌香には少々驚いた。


 出来上がるのをただ待っているというのは手持ち無沙汰で仕方がないが、こういう時にあんまりしゃしゃり出ても逆に迷惑になる気がするので、ここは大人しく読みかけの文庫本でも読みながら時が経つのを待つことにする。


 我が家はワンルームだが、台所と風呂場だけは隔離されているので今座っているベッドから直接萌香の調理している姿は見えない。それでも音や匂いは確かに感じられる。それは普段全く料理しない俺を非日常的な気分にさせた。


 そして文庫本に目を通すこと約二十分。ついに台所から萌香が出てきた。


 「もうすぐできますよー」

 「わかった」


 俺はそう答えてから文庫本に栞を挟み、さっさと本棚に仕まった。


 机の上を見ると少々物が散らかっていたので、まずはそれらを片付ける。それからフォークやらコップやらを持ってきて食卓の準備を整えていった。こうして食事の準備をするという行為自体、俺からしたら新鮮そのものだった。


 やがて萌香が皿に盛ったパスタを机に運んでくる。


 「お待ちどうさまでーす」


 皿が机の上に置かれたのと同時に、チーズのクリーミーな香りが鼻をつついてきた。


 「なにこれめちゃくちゃうまそうじゃん」

 「私自慢のクリームパスタです!」

 「いやすげぇよ……」


 その出来栄えには思わず感激してしまう。


 「さあさあ、食べましょ食べましょ」


 萌香も待ちきれないといった様子で今日新しく買ったばかりの座布団に腰を下ろした。


 そして俺たちは手を合わせる。


 「「いただきまーす」」


 丁寧にスプーンの上でパスタを巻いてからそれを口に運び込むと、一瞬にしてチーズと生クリームのクリーミーさが味覚を襲った。それから少ししてマッシュルームの風味とガーリックで炒めたベーコンの香りが鼻に立ち込めてくる。


 端的に言って、想像を遥かに超える美味しさだった。


 「めちゃうまい」


 俺はそう言わずにはいられなかった。


 「よかったです! こうして自分の作った料理を褒めてもらえるというのは、なにものにも変え難い嬉しさがありますね」

 「普段から料理はするのか?」

 「そうですね、休日はよく作っていました。料理自体は普通に楽しいので好きです。高校でも一応料理部でしたし」

 「そりゃあこのうまさにも納得だわ。一五〇〇円で出されてもいいくらいだと思う」

 「そこまで褒められると照れますね」


 萌香はさぞかし嬉しそうな顔をした。


 それから俺は何度もうまいうまいと呟きながら萌香の作ったクリームパスタを頬張った。このパスタの素晴らしいところは、クリームパスタなのに食べていてくどさを感じないところにあった。


 たいらげてもなお特にくどさを感じることはなく、ほどよいクリーミーな味わいがまだ口の中に僅かに残っているだけで、それはとても良い後味だった。


 「「ごちそうさまでした」」


 俺たちは食後に再び手を合わせた。


 「もし萌香がよかったら、今後もご飯を作ってもらえると助かる。食費はもちろん出すから」


 そう提案すると、萌香はすぐに頷いた。


 「喜んで作ります! でもさすがに、食費やらなにやら全部圭太くんに出してもらうのは気が引けるので、私、バイトをしようと思います」

 「たしかに今後のためにもバイトはしておいた方がいいな。……だったら、俺が今バイトしているカラオケとかどう? 二十四時間やっている上に、時給も割といいからおすすめだけど」

 「いいかもです! 圭太くんがいるっていうのも心強いですし!」


 萌香は身を乗り出す勢いで賛同してきた。


 「ちょうど人手も足りてないから、多分すぐに働けると思う」

 「これで晴れて無職脱出ですね!」


 萌香は小さくガッツポーズをしながら言った。


 「ちなみに萌香は将来的に専門学校とか行く気あるのか? だってほら、イラストレーターになりたいんだったら、そういうところに行くもんじゃないの?」


 なんとなく尋ねてみると、萌香は少し悩ましげな顔をした。


 「圧倒的な才能があれば専門学校なんか行かなくてもいいんでしょうけど、私の現状の実力を鑑みた上で、行かないというのはさすがに無謀な気がします。なので私としては行けるなら行きたいです。そのためにも、今から資金を蓄えておいて損はないですね」

 「間違いないな。ちょうど明日バイトあるから、萌香のことについて話だけでもしておくよ。萌香のことは、そうだな……とりあえず親戚ってことにしておく」

 「ありがとうございます! お願いします!」


 なんだかんだで、萌香は俺と同じ職場で働くことになりそうだった。


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