第7話 昼ごはん

 結局萌香は古着屋で計三セット分の衣類を購入し、俺もなんだかんだ二着ほど夏服を購入した。


 古着屋を出た時間がちょうどお昼時だったので、それから俺たちは近くにあったお馴染みのハンバーガーチェーンに足を運んだ。


 俺たちはそれぞれハンバーガーのセットを注文し、二階のテーブル席に向かい合う形で座って食べた。隣の席では女子高生と思われる四人組の集団が談笑している。


 「随分と美味しそうに食べるな」


 ほっぺを落とす勢いでハンバーガーを食す萌香に対して、俺はついそう呟いた。


 「だってハンバーガーなんてめちゃくちゃ久々ですもん!」

 「久々ねぇ……」


 いくら久々でもそこまで幸せそうに食べるものだろうか。週一のペースで食べている俺にはそこまでの感動はない。まあこっちとしては、そんな萌香を見ていて嬉しくないわけがないからいいけども。


 ……と、ここで、萌香の実家が鳥取の中でもかなり田舎の方にあることを思い出した。


 「もしかしてあれか、実家が田舎過ぎてこういうファストフード店が全然ないとか?」


 尋ねると、萌香はコクコクと頷いた。


 「全くもってその通りです。実家から一番近いファストフード店でも、車で一時間はかかりますから」

 「一時間……」


 あまりの衝撃に言葉を失う。一体どんな秘境に住んでいたのだろうか。


 そんなわけもあって、その後も萌香はとても幸せそうにハンバーガーを頬張っていた。


 すると、隣の席に座っていた四人組の女子高生たちが立ち上がり、依然として笑い合いながらその場を去って行った。


 萌香はそんな女子高生たちの姿を目で追ってから、ふんっと、つまらなさそうに鼻を鳴らした。


 「別に羨ましくなんかないですから! リア充JKなんてものはどうせまやかしです!」


 萌香が突然そんなことを口走った。そしてまるで苛立ちを示すかのように飲み物をジュルジュルと音を立てながら吸っている。


 「ちなみに萌香は、学校でどんなキャラだったんだ?」


 流れでなんとなく尋ねてみると、萌香は俺に軽い軽蔑の眼差しを向けてきた。


 「言ったじゃないですか、いじめられていたって」

 「そういえばそうだったな……。悪い」


 完全に忘れていた。そう考えるとあまりにも無神経な質問だった。


 しかし、一見誰にでも気さくそうな萌香がいじめられていたというのは、やはりどうも俺の中で腑に落ちないところがあった。


 「この際話しましょうか、いじめられていたこと」

 「無理して話さなくていいよ。話して嫌な記憶が蘇るかもしれないし」

 「たしかに多少嫌な記憶は蘇るかもしれませんけど、そういうことは誰かに話せるときに話したほうがいいような気もするんです。なんだか今になって、むしろ話したくなってきました」

 「話したい……?」


 言われて、ついキョトンとしてしまう。


 いじめられていたことを誰かに話して気晴らしにでもなるのだろうか。俺には全く想像できない範疇のことだった。


 「ずっと一人で抱え込んでいるというのも酷ですからね。信頼できる誰かと共有して痛みを分かち合いたいというかなんというか……」


 どうやらそういうことらしかった。そう言われては反論する理由はなにもない。


 「俺でよければ、聞くよ」


 快く了承すると、萌香は手に持っていた飲み物をトレーの上に置いてから口を開く。


 「ではでは。……まず、私ってそこそこ可愛いじゃないですか」

 「うん」


 頷くと、なぜか萌香は目を丸くした。


 「……意外と素直で驚きました」

 「まあ、事実だしな。でもそういう自意識過剰なところはあんまり可愛くないな。……いや待てよ、むしろ自意識過剰なところが可愛いっていう見方もできなくはないのか」


 俺は真剣に考えてみたが、どっちにしろ萌香が可愛いことには変わりなかったので、結局どうでもよくなった。


 「とにかく、私はそこそこ可愛いんです。それで……」

 「それで?」

 「いじめられていたわけです!」

 「なるほど」


 俺が理解を示すと、萌香はそんな俺に不思議そうな眼差しを向けてきた。


 「本当に理解しています?」


 疑われているようだったので、俺なりの解釈を述べる。


 「萌香が男子たちからチヤホヤされて、女子から反感を買った。つまりはこんな感じだろ?」


 そう言うと、萌香は静かにそっと頷いた。


 「お見事です。高校一年の文化祭で、他クラスの男子から告白されて振ったことが一番の原因でした」

 「ってことは、入学してから文化祭までの期間は普通に友達いたってことか」


 俺の言葉に、萌香は苦笑で応えた。


 「いわゆる高校デビューってやつですよ。私の実家はど田舎でしたけど高校はそこそこ街の方だったので、そりゃあ張り切りたくもなります。だから自分のキャラを装ってでもみんなから好印象を持たれようと努力したんです。結果的にスクールカーストで言うところの一軍グループに所属することができました」


 それだけ聞けば萌香が上手いこと高校デビューを果たしたように思えるが、そのまるで過去の自分を嘲笑っているかのような萌香の表情を見る限り、順風満帆でなかったことはすぐにわかった。


 「……なのに私は、努力して得たその居場所を心地よく感じていなかったんです。むしろ窮屈に感じていました。……それでも私は、自分で自分を騙しながら日々を過ごしていました」


 萌香は一拍置いてから、再び口を開く。


 「そして文化祭の日です。私は隣のクラスの男子から体育館裏に呼び出されて告白されたんですけど、振りました。思いっきり振りました」

 「でも振っただけだろ? そんなことで友人関係に亀裂が入るようには思えないんだが……。もしかしてあれか、その男子のことを同じグループの誰かが好いていたとか」

 「まあ、そんな感じです。その男子は度々カッコいいと話題になるくらいの人気者でしたし、確かにその男子を好いている女子も周りにいました。なので女子から嫉妬心を抱かれたことは事実です。……でも、私がいじめられることになった一番の原因は、告白に対する私の『振り方』にあったんです」

 「振り方……?」


 すると、萌香は軽く息を吸ってから目に力を入れて言い放つ。


 「キモい、消えて」


 放たれた言葉の下劣さに、俺は言葉を失ってしまう。


 「これが、私が彼を振ったセリフです」


 事実を告げる萌香の力強い眼差しが俺に向けられていた。


 「……要するに、そういうセリフを吐かなければならない状況だったんだろ?」


 俺が言うと、萌香は感心したように目を見開いた。


 「圭太くんは随分と察しがいいんですね」

 「そりゃあだって、萌香がなんの理由もなくそんなセリフを吐くとは思えないからな」


 萌香は俺の言葉を聞いてから再び口を開く。


 「私はその男子にこう言われたんです。『付き合うのが無理なら、そういうことをするだけの関係でもいいから』って。つまりはセフレになってくれってことですよ。あぁ……思い出すだけで寒気が……」

 「そいつはよっぽど自分に自信を持っていたんだな……」

 「それで私は恐怖心に駆られてさっきのセリフを発し、その場から逃げたんです」

 「普通に賢明な判断だろ」

 「……本当の恐怖はここからだったんですけどね」


 そう言う萌香の顔はほとんど無表情に近いものだった。萌香はその後も淡々と事実を述べ続ける。


 「その男子は私に拒絶されたことが気に食わなかったのか、ありもしない噂を流し始めたんです。例えば、私が複数の男子と体の関係を持っているとかなんとか。おかげで私は周りから避けられるようになり、次第に嫌がらせを受けるようになりました。ざっくりとこんな感じですね」


 萌香はそう言って話を締めくくった。


 俺はそれを聞いて、やり場のない怒りのようなものに駆られていた。言うまでもないが、萌香は何一つ悪いことをしていない。完全に被害者だ。こんなことでかけがえのない高校生活が奪われるというのは、あまりにも理不尽過ぎる。


 「……萌香は、悔しくないのか」


 自然とそんな言葉が口からこぼれていた。


 萌香は少し考えてから返す。


 「悔しくないと言ったら嘘になりますけど、昨日も言った通り、私は夢を叶えるために高校をばっくれて家出をしたんです。たしかにいじめられていたのは辛かったですけど、挑戦もしないで夢を諦める方が辛いですから。今となっちゃ、そんなこともあったなぁくらいです。……ていうか、そう思わないとやってられないですよ。いじめられていたことが原因で高校を辞めて、それで人生が狂うなんて、そんなのは御免です。私はあくまでも、他の誰でもなく自分の意志で今ここにいるんですから」


 荒ぶることのないその冷静な口調は、どこか決意に満ちているようにも感じられた。


 そんな萌香に対して、俺は心強さのようなものを感じた。


 「強いんだな」


 俺が言うと、萌香は腕を組んで胸を張った。


 「ゴミ箱少女舐めるなですよ!」


 そのフレーズがあまりにおかしくて、思わず笑ってしまう。


 「なんだそれ」

 「私の異名です!」


 萌香は依然として胸を張って言ったのだった。

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