4-11 騎士

 上空からの攻撃を剣で受ける。ガキン、という鋭い音とともに火花が散る。

 軽やかに降り立った赤毛の女がすかさず拳を突き出してくるのを見て、ナナギは素早く後方にとび退いた。

 自身の足元から影のように伸ばした黒血の刃を女に差し向け、距離を取る。

 その一撃をかわす女と、血による刺突を受けたことで抉れる地面。

 ザザ、と赤い髪をなびかせて着地した女──グレートは、凶悪な笑みを浮かべて言った。


「必死だな。そんなにお友達が心配かよ」


 挑発するような女の態度にも、ナナギは動じない。無言で黒血の刃を飛ばす。

 右手でその攻撃を弾いたグレートが、ナナギに向かって叫びながら突進した。


「残念だったな。あいつは今頃大好きな叔父さんのところだよ。〈灰色の子〉の器として本物の化け物になんのも時間の問題だ」


 だから邪魔すんじゃねぇよ! とナナギに斬りかかるグレート。彼女の武器は、鉤爪のような形をした手首に装着するタイプの刃だった。

 次々と繰り出される鋭い攻撃を、剣で受け流す。

 血の刃で背後からグレートを狙った。その気配に気づいた彼女が、舌打ちをして横に跳んだ。


「……さっきから顔色ひとつ変えねぇで、気持ち悪ぃヤツだな! 父親もそうなのか!?」


 二人の間に再び少しの距離ができる。

 鉤爪を横に払い、燃えるような赤毛を無造作に散らして、女は笑った。


「シェリーが逃げ出す理由もわかるぜ。アメジスト家。黒血の自分たちが大好きなキチガイ一家だっけか」


 信じられねぇよ、とグレートが鼻を鳴らす。次にくる攻撃に備え、ナナギは静かに剣をかまえた。


「あたしらは逆だからな。黒血に生まれてよかったと思ったことなんか一度もねぇ。だからロニの計画に乗った。黒も白も、全部ぶっ壊して灰色にしてやるってきめたんだよ」

「……」

「お前も実はこっち側の人間なんじゃねぇの? 知ってるぜ。お前、たしか昔は黒髪だったろ」


 凶暴な光を宿すグレートの眼が、ナナギをとらえる。


「シェリーが言ってたよ。自分の旦那は髪も、目も、服も、ぜんぶ黒。娘と息子も父親と同じ真っ黒な髪で生まれてきて、自分の周りには黒以外のもんがないみたいで怖えって」

「……」

「何もかも真っ黒な自分の人生がいやになったって、あいつはあたしらの仲間になった。お前も黒に嫌気がさしたんだろ。あたしと同じだ。これでもあたしは、昔はきれいな黒髪だったんだぜ?」


 赤い前髪をぐしゃりと手で掻き分けるグレート。曝け出された額の端、その髪の根元はわずかに黒かった。


「呪われた血とおんなじ色にムカついて赤くしたんだ。なあ、お前もこっちにくるか? そしたら母親とも──」

「いや」


 簡潔な拒否。グレートの顔から笑みが消える。

 右手に握った剣を前方にかざし、ナナギは言った。


「僕は貴女とはちがう。母さんとも」

「あ?」

「貴女たちの嘆きを否定するつもりはない。黒血にこだわる父の在り方に疑問を持っているのも事実だ。だが、それは貴女たちが僕の友人にはたらく無体を見逃す理由にはならない」


 白銀の剣から滴り落ちる、ナナギの血。


「父への反抗心や自身の境遇への不満から髪色を変えたわけでもない。貴女のような人にはおそらく理解できないと思う」 

「は?」

「僕が金髪にしたのは──」


 風を切るように払われた長剣。漆黒の外套マントがぶわりと舞う。


「カンパニュラが金髪そうだったからだ」


 黒い影が、渦を描いた。

 嵐のように激しく、うねる鞭のようにしなやかに。周囲のすべてを巻き込むように踊る、血より生まれし漆黒の刃。

 その攻撃が、先程までとは比べものにならないスピードでグレートに襲いかかる。


「……ってめぇ!」

「対話を試みようとしたがこれ以上は難しそうだ。一刻でも早く彼のもとへ向かわなければ」

「てめぇはほとんど喋ってなかっただろ!」


 乱舞を始めたナナギの血を必死にかわすグレートだが、ヒュンヒュンと飛び回る閃光の如き猛攻に、身体の動きが追いついていない。

 闇夜のように黒い刀身が、その鋭い先端が。布を纏わぬ彼女の肌を次々と切りつける。

 その細い腕や脚、腰についた切り傷から滲む、純黒の血。

 盛大に舌打ちをしたグレートが、地面を蹴り宙に高く跳び上がった。

 瞬間、生まれる爆風。ドガン、という激しい音が鳴り響く。


「ぐあっ……!」


 グレートの背後で、噴水が砕け散ったのだ。

 血の刃でナナギが砕いた。前方にいる相手の動きを鈍らせるために。


「──貴女が黒血でよかった」

「……!」


 爆ぜるように吹き飛んだ瓦礫を背中に受け、呻くグレートにナナギは言った。


「僕の血で殺さずにすむから」


 転がるように地面に落ちたグレートが、はっとして顔を上げる。

 そんな彼女を覆う巨大な影。


「な──」


 グレートは大きく目を見開いた。

 二体の灰色人グレースケールが、左右の空から彼女をめがけて飛んできていた。


「まさかお前……」


 地面に片膝をつき、負傷した肩を押さえるグレートがナナギを凝視する。


「……自分の血で、灰色人やつらをここに運んできたのか……!」


 彼女に向かって飛んでいく化け物の体は、少年から伸びた長身の黒い刃に貫かれていた。


「……っふざけんな! いくら純血だからって、こんな……ガキのくせにっ……!」


 赤い髪を振り乱し、激昂する女が叫んだ。


「何モンだよ、てめぇはいったい!」


 怪物に突き刺した血を操作しながら、ナナギは静かに口を開いた。


「──僕はナナギ」


 歪んだ顔で自分を睨みつけてくる女に、答える。


「ナナギ・ヴァン・アメジスト」


 黒騎士でも、カンパニュラでもない。

 世界でいちばん大切な星を取りこぼした──あの日。


「彼の騎士になると誓った男だ」


 ドン、と。灰色人グレースケールがグレートを潰すように激突した。

 灰となって散りゆく化け物の体。

 その下で、全身から黒い血を流す赤毛の女が、白目をむいて気絶していた。

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