4-9 約束
──いって。お兄ちゃんはこの先にいる
人間に戻った女主人の保護と、周辺に残る
叔父の姿はなかった。代わりにナナギと対峙していたのは元人間の
結果、先程と同じように対象を人間の姿に戻すことができた。
カルマの中の〈灰色の子〉の力だ。自分の血で他者が傷つくことに苦しんでいた彼女が、自分の呼びかけに応えてくれたのだろうとカルマは思う。
「すまなかった」
長い睫毛を静かに伏せ、向かい合うナナギが言った。
「君が黒血になったのは僕のせいだ。あの日、僕がこの血で君を呪ったんだ。……その事実を、僕は君に隠していた」
さらりとした金髪が微かに揺れる。カルマの脳裏にかつての彼の姿がよぎった。この髪がまだ黒い色をしていた頃、自分は彼と出会ったのだ。
「呪われてなんかない。おれはうれしかったんだ」
あの屋敷でルダと出会っていたこと。ナナギに命を救ってもらったこと。
焼けるような腹の熱さと、ドクドクと血が流れていく心許ない感覚を憶えている。
あの不安が安堵に変わったのも。黒血になったことで健康な身体を持ついまの自分が在るのも。
すべてはナナギのおかげなのだ。文字どおり彼の血に救われた。
だからありがとう、とカルマは笑う。
「寂しかったんだ。ナナギと離れて、自分がわからなくて、でも」
「……」
「ナナギはずっと、おれを守ってくれてたんだね」
金髪の少年がはっと目を見開く。夜空を映した紺色の瞳に、白銀の星が散る。
「過程は続いてたんだなって思った。そばにいられなくても、ナナギはずっとおれの中にいたんだって。……だからもう大丈夫。いなくなりたいなんて二度と言わない」
「……カルマくん」
夜色の双眸にさざ波のような光が灯る。
やがて彼はゆっくりと瞼を伏せると、観念するように息を吐き、再び開いたふたつの目でまっすぐにカルマを見つめた。
「僕は君が大切なんだ」
凪いだ夜のように落ち着いた声で、彼は言う。
「君を生かすのが他人の心臓であることが許せなかった。君を閉じ込めるロニが憎くて、そこから君を救い出せない自分の弱さに何よりも苛立っていた」
「ナナギ……」
「だが、いま君は僕のそばにいる。叶うことならずっとそうであってほしい。だから……ロニのもとへは行ってほしくない」
息をのむ。カルマがここにきたもう一つの理由を、彼は最初から察していたのだ。
「ロニと話すつもりなんだろう。いまのやつに君の言葉が届くとは僕には思えなが……」
信じよう、と眼鏡の縁を押さえて彼は続けた。
「言葉には力がある。そのことをだれよりも知っている君が、どうしてもロニのもとに向かうというなら──僕も、いっしょだ」
「ナナギ……」
「ただ約束してくれ。無理をしないこと。危険だと判断したらすぐに逃げること」
「……うん。わかった」
「自罰思考に至らないこと。自分を何よりも大切にすること。
「は、はい」
「これからも僕との過程を続けていくこと」
カルマははっと目をみはった。ナナギが笑っていたからだ。
ほんのわずかに口許を緩めていた。注視していなければ気づかないほどの小さな笑みだったが、それはたしかにカルマの好きな彼の笑顔だった。
「ありがとう」
約束する、と返事をしようとしたときだった。
「──いい雰囲気のところ悪いけどよ。そろそろいいか?」
ザン、と風を切り裂く音とともに、黒い影がカルマたちめがけて飛んできた。
さっと剣を抜いたナナギがその影を斬り伏せ、カルマを自身の背中に隠す。その視線の先に立つのは女だった。
無造作に跳ねる赤い髪。手足とへそを曝け出すきわどい服装。
「グレートさん……!」
獰猛な笑みを携えて自分たちの前に現れた刺客の名を、カルマは呼んだ。
「今度のお守りはシェリーの息子か。面倒だが……関係ねえな!」
激しく右手を振り払い、グレートが叫んだ。
ナナギがはっと振り返るのと、カルマの足元に光の紋様が現れるのは同時だった。
「なっ……」
「転送魔術か……!」
紋様から放たれる眩い閃光に視界を奪われ、目の前にいるはずのナナギの手を掴むこともかなわなかった。
強烈な浮遊感。意識ごと別の空間に引きずり込まれるような感覚に襲われ、カルマは強く目を瞑った。
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