第34話 閑話:日向の車選び

 無事に医師国家試験を通った日向は、今後の5年間を研修医として働くためにある物を購入しようとしていた。


「う~ん、どれが良いのか解らない」


 国産、外車を含めた今年発売された、またはされる車種を網羅した雑誌。免許を所得した時に美穂が購入していた雑誌の最新版である。


「日向って結構ブランドが好きだから、外車にしておいたら?」


 ソファーで雑誌に目を通している日向の横に座り雑誌を覗き込んでいた美穂は、先程から堂々巡りしている日向を呆れた表情で眺めていた。


「外車かあ。何となく偏見だけど、外車より日本車の方が壊れにくくない? 何となく電装系が弱いっていうイメージがある」


 それこそ車好きの父親が良く口にする言葉を鵜吞みにしての発言だったりする。そんな父親に影響を受けているが故に、美穂は国産車のページを行ったり来たりしていた。


「そんな事は無いと思うよ? でも、最近は燃費重視で小型車人気になってきてるから、日向は運転に慣れていないからそれも在りかも」


「駐車場とかに入れやすいし小さい車も悪くないんだけど、事故したら怖くない? 美穂は外車で大きい車だよね? あの車も運転に慣れてるから、同じ車でも良いかなあ」 


 お医者様のお嬢さんである美穂は、ドイツメーカーで有名なHMW3シリーズに2年ほど前に乗り換えたところだった。普段は美穂が運転するのではあるが、ちょくちょく日向も運転を代わる為に慣れていると言えば慣れていると言えなくもない。


「う~ん、悪くはないけど、あの車って結構するよ? 車自体は気に入ってるからお勧めするけど」


「そっかあ、お勧めしちゃうかあ」


 美穂の言葉に雑誌から件の車を探して確認する。


 ハッキリ言って仕様だの何だのは全く良く解らない。車内のインテリアや、外観を見て、次に車の車体本価格を見る。


「結構、幅が広いね。でも、これ以外にも掛かるんだよね?」


「うん、自動車税やら何やらとプラスされるし、あと任意保険が結構高い。保険はプラン次第だけど、1年更新で都度15万くらいするかな?」


「毎月1万円強かあ、まあ無難と言えば無難なのかな? 生命保険もだけど、携帯料金とか地味に負担になるもの多いよね」


「まあね。私は自分で買ってないから良くわかんないけどね」


 実際の所、お金絡みで言えば日向にとって全く問題にはなっていない。それこそ、通帳の中には100億円以上のお金が入っている。問題はそのお金を自分が稼いだ訳ではないからこそ、使用には非常に慎重になる。


「う~~~ん、どうしようかなあ」


「もう2週間くらい悩んでいるよね? もうさ、今度の休みに一緒にディーラーへ行ってみよ?」


「このカタログとか雑誌見て空想している時が一番楽しくない?」


「それは分かるけど、いい加減決めないとだよね?」


「うん、わかった。そうする」


 その4日後、二人で朝のオープンの時間に合わせて日本車のディーラーへとやって来ていた。今日の間に候補とした3車種のディーラーを回る予定なのだ。


「うわあ、久しぶりの感覚」


 日向はディーラーへと入ると、美穂に聞こえないように小さく呟いた。勿論、美穂が運転する美穂の車に乗って来ており、車種が車種な為に年配の男性が慌てた様子で近づいてくる。


「ようこそご来店頂きました。本日は……」


 早々に私達に挨拶をしてくれる店員さんに、今日の趣旨を伝え展示している車の説明をして貰う。


「何と言っても燃費ですね。カタログスペック上の……」


 うん、前世でも有名な車でしたから、其処ら辺はアバウトには知っています。車の運転席に座ったりと感じを確認する。


「どう?」


「う~ん、狭いと言えば狭い」


「普段乗ってる車と比較しちゃ駄目だって」


 うん、悪くは無いと思うんだけど、決めてが今一つな感じかな? 研修医として美穂と別々の病院に行く可能性が高い為、普段使いの車としては悪くないのかもしれない。駐車スペースなども大きな車と比較すると絶対に楽だろう。


「うん、悪くはないけど、これっていう決定打には薄いかな」


 未来の車を知っている為に、どうしてもデザイン的な部分では魅力は今一つである。また、シート部分も普段から美穂の車に乗っている為に今一つに感じる。


 その後、来場者アンケートというものに記名して、次のディーラーへと向かうことにした。


「う~ん、車もだけど、今更だけど納車も結構時間かかるんだね」


「輸入車は国内に在庫があれば早いよ? あと中古車も早いと思うけど、中古車は嫌なんでしょ?」


「中古車って何かすぐ壊れるってイメージがある。新車が買えるのに態々中古車をという選択肢はないよ」


 前世では初めて買った車は国産車の中古車だったんだけどね。すぐにキズつける事も考えて中古車にして、日和が免許を取った後は日和が乗っていたことを覚えている。そう考えると直ぐに壊れる事は無いのだろうけど、それでも態々中古車を選ぶ選択肢は無い。


 次に向かったのはドイツで有名な小型車のメーカーだった。外見の形状が何とも可愛らしく、私的には第一候補だったりする。


「うん、やっぱり形は可愛いね」


「確かに、ただ、これ後ろって乗れないよね?」


 そもそも2ドアだから頻繁に後部座席に人が乗る仕様ではないのだろう。運転席に座ってみようと扉を開けた時にその重さに驚いた。


「うわ! 結構扉が重い」


「え? あ、ホントだ。さっきの車と比較すると全然違うね」


 ドアを前後に動かし重さを確認する。すると、ディーラーの説明員の人が安全の為にしっかりとした強度で作られていると説明してくれる。


「ドイツは何と言ってもアウトバーンと言って速度制限の無い高速道路もあります。事故を考えれば頑丈な車が好まれるんだと思います。その分、時流に反し小型車でも燃費は今一つですが」


 そう言って苦笑する説明員さんだけど、軽くなければ燃費が悪くなるのは仕方がないと思う。どこに安全性を求めるかという話でもある。


「あの、これって何ですか?」


「ああ、それは花瓶ですね」


「はあ? 花瓶?」


「え?」


 当初冗談を言われたと思った私達でしたが、真面目に花瓶なのだとか。得意げに説明してくれるんですが、その感性は日本人には無いだろう。


「まさか運転席に花瓶とは」


「恐るべしドイツ!」


 いえ、まあ取り外し可能ですし、邪魔であれば取り付けなければ良いだけの話ですよね。車内自体は実にシンプルで悪くはない気がします。


「この車ってバックカメラはオプションでありますか?」


「あ~~~、バックカメラは残念ですがありません」


 更にカーナビも標準では無いという事で、ディーラーオプションで別途取り付ける事になりそう。カーナビを付けると更に社内の運転席回りがゴチャ付きそうで悩んでいると、更に爆弾が投下された。


「え? 生産終了ですか?」


「愛好家の方も多数いる車種ではあるのですが、残念ながら年内で生産終了が決定されています」


「え~~~っと、そうするとメンテナンスなんかは?」


「それは引き続き責任を持ってお約束します」


 結局、生産中止でテンションが落ちてしまって、最後のディーラーに向かう事に。


「まさか生産中止とは思わなかった。人気ないのかな?」


「どうなんだろ? デザインとかが好きって人は結構いると思うんだけど」


「あの花瓶には驚いたけど、何か違う方向で突き進みすぎたとか?」


「ありえるかも」


 そう返事を返した美穂はクスクスと笑っているけど、本命の車で予想外の内容に私は思わず不貞腐れる。


「結局、美穂と同じ車にしそう。ドアが軽いのも不安になって来たし」


「あ~~~、それは思う。国産車も高級車はちゃんとドアも重いよね」


 燃費を獲るか、それとも安全を獲るか。昔、誰かがそんな事を言っていたような気がする。特に美穂の車には自動緊急ブレーキが搭載されている。国産車にもオプションなどで搭載が始まっているが、バックカメラと合わせて是非取り付けたい。


 で、美穂の家がお付き合いしているディーラーさんへとお邪魔したんですが、それはもう満面の笑みでお出迎えされました。


「お待ちしておりました。お父様からご連絡いただいております」


 付き合いが長い方が色々と優遇してくれるだろうという事で、美穂のお父さんから今日訪問することは連絡してもらっていた。その為、美穂の家の担当に思いっきり待ち構えられていた。


「一応、展示車を見せて貰いますね」


「勿論です」


 美穂が表に立って展示車を案内してもらう。


「小型の車もあるんだよね。う~ん、同じ車を2台にするより小型のを買った方が良い?」


「どうかな? でも、こっちの2ドア格好良くない?」


 美穂が乗っている車は4ドアのセダンタイプだ。だから別のタイプの車にすれば気分を変えられて良いかもしれない。そう考えればスポーツタイプも悪くないかも。


 並べられている車を見ると、やはりデザイン的にも格好良い。もともと、私はどちらかというと実用性より見た目で選ぶ傾向にある。これは前世から同様で、特にお金に余裕がある事を知っている為に日々自制するのが大変だったりする。


「カッコいいね、うん、悪くないかも」


「うん、失敗したなあ。セダンじゃなくお父さんにこっちを強請れば良かったかも」


 美穂も私の横で似たような感想を述べる。もっとも、二人そろって隣に建てられているプレートからは敢えて視線を外している。うん、はっきり言って私が車を買おうと思って想定した価格の倍近い。


「う~~~ん、悩むけど、そもそも判断基準が揺れ動いている」


 最初は乗り易さを考えて小型の車を想定していた。それがディーラーを回るにつれて変わって来た。価格ありきで考えていなかった分、精神的に無理して小型車を買うのはどうかと思う自分が居る。


「給与が貰えるようになったって研修医の給与は低いからなあ。想定金額よりオーバーしてるんでしょ?」


「うん、想定の倍以上」


 私達はコソコソと小声で内緒話を始める。


 これも驚いた事なんだけど、国家資格を取って無事に医師になったとはいえ研修医の間は給与が結構低い。新卒の収入と比較して手取りで25万無いくらいは多いと言えなくはないけど、奨学金や教育ローンの返済があればカツカツだ。私は幸い丸々自由になるとはいえ、学生時代と違い支出は確実に増えていた。


「とりあえず見積を貰おうか」


「だね、実際の価格がどれ位になるか知りたい」


 美穂の言葉に従い見積書の作成をお願いする。そして、担当が席を外している間に二人で会話をする。


「で? 日向は幾らまでなら許容できるの? 見積をお願いするくらいだからソコソコいけるんでしょ?」


「う~ん、はっきり言って今の身分だと贅沢品な気はする。ただ、10年乗れば元は取れる?」


 そんな話をしていると、担当さんが見積を持って来る。


「ん? 意外に値引き金額が少ない?」


 私と同じ感想を美穂も持った様に、見積自体の金額は想像していたよりも大分高い値段だった。


「良く言われます。ご説明いたしますと、車の買い替えなどの下取り価格は大きく設定させていただいています。その為、事前にその価格を想定して差額のでローンを組む事もできます」


「残価設定型自動車ローンですか。う~ん、5年毎に車を買い替えないととか、残価が予定金額より下がる可能性もあるんですよね」


 説明を聞くと良さそうに聞こえるけど、何となく制約に縛られそうなのが気になる。それこそ、事故でも起こしてしまったら一巻の終わり? それはそれで嫌だなあ。


 そんな事を思いながら交渉を進めていく。


「ところで、此処で即決をしたら更に価格は下がりますか?」


「え? そうですねえ」


 チラチラと私と美穂の表情を伺う担当に、美穂が追加で追い込みをかける。


「ちなみに、この人も私と同じ棚田医大の同級生。今回初めて車を買うから一緒に今日はディーラー巡りしてたんだけど、私が無理行ってここに連れて来たの。うちのお勧めの車だから」


「棚田医大の学生さんですか」


「あ、二人とも既に卒業して研修医です」


 私が其処の所を訂正する。で、何故かというと研修医の収入を勘違いしている人って結構いるんですよね。高給取りだと思っている人が何と多い事か。それこそ、うちの父親を筆頭に。


 それでも研修が終わり専門医となれば一気に給与が上がるのは確かなんだけど、それには後5年ほど掛かる。この頃の労働環境ってこんな物かと思うのだけど、サービス残業も多い。賃金に見合っていないし、理不尽な事は多々あるけど、これは幸い美穂の一族のお陰で軽減されていたりする。


「日向、即決っていいの?」


「まあね。美穂の家の紹介でもあるし、まあ納得できればかな。あ、ちなみに支払いは現金一括でお願いします」


「あ、はい! それでは再度検討してきます」


 担当が再度奥に引っ込んでから、美穂が驚きの表情で訪ねて来る。


「現金一括って大丈夫なの? 多分だけど結構な金額になるよ?」


「うん、そこはお母さんに話してある。ローン組むくらいなら自分が貸すからって。それに、やっぱり良い車を見ちゃうと駄目だわ」


「まあ、普段から私の車に乗ってるからね」


 実際にそうなんだよね。使い勝手がって思いは今もあるんだけど、それでも良い車ってやっぱり良いんだよね。うん、自分で言ってて何言ってるんだって思うけど。


「あああ、こういう所で父親の血を感じる。はあ、日和だったら絶対にこんな買い物の仕方はしないだろうなあ」


「ん? 日和ちゃん? まあ、大人しい感じするけど、そうなの?」


「うん、あの子だったら最低2,3か月は悩む。そして、最後はこっちに相談して来るかな? あの子って一万円くらいの買い物でもすっごく悩むから」


「あ~~~、なんか分かる気がする。でもさ、日和ちゃんって大人しそうで結構隠れファン多いよね? ただ、ガードが堅いっていうか、友人以上に進めない連中が多いらしいけど」


「うん、日和ってそういう所あるかな。何か恋愛系だと自己評価が低いね。私の妹なんだし、コーデとかも私が教えて来たから其処まで悪くないんだけどね」


 そんな会話をしていると、漸く見積書を持って担当が戻って来る。そして、実際にそこまで大きな値引きにはならなかったけど努力はしたって感じの金額を見る。


「次回購入時の下取り価格で頑張らせていただきますので」


 もう購入する積りになっているのを見抜かれたのだろうか? ただ、私は結局のところ購入する事を決めた。


「しっかし、レッドかあ。また派手な色に」


「一番早く納車されるのがレッドだったから仕方がないでしょ!」


 購入を決断したあと、何色にするかを決める際に納車状況を確認した。すると、ホワイトやブラックは3か月くらい掛かるのに対し、レッドは契約後1か月くらいで納車可能という事だった。


「まあ、良いけど。ただ目立つよ? まあ、日向が結構目立ちたがりだって知ってるからいいけど」


「目立ちたがりで申し訳ありませんね! もう、美穂と一緒の時は美穂の車だから良いでしょ?」


「え? でも、私もあの車運転してみたいし、あの車で大学へ行こうよ。良いでしょ?」


「今まで美穂のお世話になっていたんだから勿論良いけど、そうすると多分美穂の車だって思われそう?」


「あ、有り得そう」


 私がそう告げると、美穂も笑いだすのだった。

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気が付いたら逆行転生しちゃいました。家族みんなの幸せな未来を目指します。 南辺万里 @beityen4569

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